OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

The Beatles Get Back To Let It Be:序章

2020-08-21 19:33:03 | Beatles

尽きせぬアーカイヴ商法に批判あれど、しかしそれでも世界中を騒がせてしまうのがビートルズという偉大な存在であり、いよいよ今年は「レット・イット・ビー」50年周年ということで、本来なれば遮二無二盛り上がっているはずが、全く終息する気配がないコロナ禍によって、9月に公開が予定されていた新版「レット・イット・ビー」とも云える映画「The Beatles:Get Back」の封切が1年ほど延期されるという発表がっ!!?!

皆様ご存知のとおり、ビートルズ最後の映画である「レット・イット・ビー」が紆余曲折を経つつ、1970年に一般公開されたのは今や歴史であり、ビートルズが結果的に活動停止となった様々な要因がそこに凝着しているとの負の遺産も、逆に言えば、だからこその真実真相を求めてしまうのが我々人間の悲しい宿業なんでしょうか……。

現在までに残された音源や映像は公式・非公式を問わず、その全てを知り尽くす事は出来なくとも、底知れぬ魅力に満ちたビートルズの素晴らしさ、そして凄さを現世で体現出来る絶好の記録であり、大いなる楽しみに外なりません。

ですから、これまで夥しい研究資料や論文、エッセイや流言飛語の類も含めて、そこにある映像や音源からは様々な問題提起や論争が巻き起こされて幾年月、ついに「50周年」という大義名分によって、ひとつの答えが提示されるというのであれば、サイケおやじとしても、この機会に思うところをあらためて書き記しておこうと思う次第です。

もちろん、実は以前、2003年にビートルズが新版「レット・イット・ビー」という位置付け(?)として出した「ネイキッド」、つまりは虚飾を排除した「レット・イット・ビー」というアルバムを出しており、サイケおやじとしても、そのムーブメントに便乗しつつ、拙サイト「サイケおやじ館」において、「THe Beatles / Let It Be の謎」と題した特集を連続掲載しておりましたので、あれから既に……、17年!?

正に光陰矢の如しの現世において、今日まで関連するブツも様々に新しく出回り、と同時にサイケおやじとしても、件の拙文を改稿しながら、此度の連続掲載に臨む所存です。

そこで本日は、まず今回制作された新作映画「The Beatles:Get Back」の概要から、簡単に述べさせていただきますが、例え何であろうとも、ビートルズが立ち上げた会社組織である「アップル・コア・リミテッド」が製作の主導権を握っている事は重要!

そして配給がアメリカのウォルト・ディズニー・スタジオ、また監督が「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズのピーター・ジャクソンという事も、これまた賛否両論の火種になりかねませんが、しかしピーター・ジャクソン監督は一方ではアーカイヴ映像の蘇生利用に長けている事は、2018年に製作された、例の第一次世界大戦の実写フィルムを巧みに使った疑似ドキュメンタリー作品「THEY SHALL NOT GROW OLD / 彼らは生きていた」で知られる様になったと思いますので、ここは虚心坦懐に鑑賞するのがビートルズ崇拝者ならずとも、人としての道じゃ~ないでしょうか。

と、またまた大仰な事を書いてしまいましたが、マイケル・リンゼイ=ホッグ監督の指揮下、1969年に撮影された肝心のオリジナルフイルム映像は現存する情報として約55時間以上、また音源はアルバム制作セッションも含めれば、140時間を超えていると云われていますので、それが今回、どこまで公にされるのか?

その期待感は怖さと裏腹ではありますが、それと云うのも件の映画「レット・イット・ビー」にはメンバー間の感情の縺れが滲み出ている場面が確かにあり、結果的にグループとしての活動が停止されてしまった現実がある以上、今回の再編版「レット・イット・ビー」という企画そのものが、そのあたりを取り繕うが如き狙いがあっての構成や編集に変えられているのだとしたら、事態は尚更に混迷するんじゃ~なかろうか……?

なにしろ例によって、ポール・マッカートニーは肯定的なコメントを出していますし、リンゴ・スターも、また然り!?

そして、この世の人ではないジョン・レノンとジョージ・ハリスンの遺族達も、協力的だったという制作側の発表がある以上、後は実際に出来上がった新作映画「The Beatles:Get Back」を鑑賞するしか我々に進むべき道はありません。

既に述べたとおり、残された夥しい映像や音源の記録は、その何れもが、これまで何らかの形で違法流通、つまりブートの売れ筋商品になって来た現状を鑑みれば、やはり感慨深いものがある事は確かです。

あぁ~~、凄く楽しみだぁ~~~!


あきまへん…

2020-08-20 20:04:53 | Weblog

と、思わず関西弁の嘆き節が出てしまうのは、もちろん関西の大切な関係先から、後継者の問題等々で廃業するという連絡が入った所為で、それも所謂青天の霹靂!

親子や嫁姑の確執は、そりゃ~同族会社なればこその問題かもしれませんが、初戦は家庭内のゴタゴタでしょうに……。

長年守ってきた暖簾や信用を捨ててしまうなんて、勿体無いじゃ~済まない話というのは、衆目の一致するところです。

そんなこんなで、現在も善後策を協議中も、家庭内の問題に口出しするのも、またサイケおやじの流儀に反するもんですから、自己矛盾です (~_~;

失礼致しました <(_ _)>


山下達郎との出会い

2020-08-19 19:56:56 | 山下達郎

DOWN TOWN / シュガーベイブ (ナイアガラ / エレック)

それはサイケおやじが希望に燃えて(?)の学生生活をスタートさせたばかりの昭和49(1974)年5月中頃、なんとか入れてもらったバンドの先輩から、「ビーチボーイズ、好きだったよねぇ~」と声を掛けられ、手渡されたカセットテープが、今となっては最初の出会いでありました。

それは無造作に「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」とラベルに書かれただけのコピーカセットでしたから、おそらく件の先輩がサイケおやじの趣味性に合わせて作ってくれたビーチボーイズの選曲集かと思ったので、何を今更……? だって、「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」はサイケおやじの愛聴盤であるビーチボーイズの「サンフラワー」に収められている大名曲ですからねぇ~~! そんな生意気な気分も打ち消せないまま、とにかく自宅で再生してみたら、これが吃驚仰天!

なんとっ!

何処の誰かは知る由もなかったんですが、ちゃ~んとファルセットやベースパートまで歌ったハーモニーコーラスを使うビーチボーイズ系がモロのボーカルグループが、そのビーチボーイズやエヴァリー・ブラザーズ等々のオールディズヒットを演じていたんですねぇ~~!

それも、見事にっ!

もちろん、これは皆様ご存知のとおり、山下達郎がアマチュア時代に仲間達と自主制作したLP「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」からコピーされた音源だったわけですが、そんな事は当時のサイケおやじには知る由もなく、当然ながら、後に日本の歌謡界に大きな足跡を残す山下達郎という偉人の存在についても、また然り!?

ただただ、この世の中には奇特な趣味人が居るんだなぁ~~、なぁ~んていう驚きと羨ましさに気持ちが揺れ動かされましたですねぇ~~♪

ちなみに説明不要かもしれませんが、件の自主録音された各楽曲は、きっちりとボーカル&演奏パートがステレオミックスされ、ダビング作業も丁寧に行われているあたりは、所謂「宅録」でありながら、極めてプロ意識(?)が高く感じられ、それは後に知った事ではありますが、その頃にヤマハから発売されていた簡易汎用ミキサーが使われていたというのですから、やっぱり成功する人は最初っから本格志向だったと感服するばかりです。

そして、そんなこんなの感想と感謝御礼を先輩に伝えたところ、件のLPは既に2年前に製作販売されていながらも、あんまり実売数は無かった様で、その先輩にしても知り合いからの貰い物だったそうですが、山下達郎が人気を集めて以降はファンクラブでも販売されているので、気になる皆様は、一度は聴いてみる価値があろうかと思います。

閑話休題。

しかし、既に述べたとおり、それが山下達郎との最初の出会いだったとしても、サイケおやじが山下達郎という名前を意識的に確認するに至ったのは翌年初夏の事でした。

それが本日掲載したシングル盤A面曲「DOWN TOWN」で、とにかく最初にラジオで聴いた瞬間、流れて来たイントロが、その頃のサイケおやじが夢中になっていたアイズリーズの傑作アルバム「3+3」に収録されている「If You Were There」にクリソツ! しかも曲全体から如何にもの影響が濃厚に感じられたのですから、たまりません♪♪~♪

率直言って、リアルタイムの我が国じゃ~、アイズリーズはロックをやっている黒人グループみたいな受け取られ方さえあったほどの継子扱いでしたから、そんな雰囲気の楽曲を日本語で演じているシュガーベイブって、何処のだぁ~れ!?

そんな興味津々に突き動かされ、ゲットしたのが掲載の私有盤というわけなんですが、もちろん、この名曲名演にしても、リアルタイムじゃ~ヒットしたどころか、マスコミ的には注目されるまでは至らず、どうにか大瀧詠一が子飼のバンドらしいという存在感がやっとだったという気がしています。

しかし、同時期に発売されていたシュガーベイブのLPは殊更アメリカンポップスをメインに好む洋楽マニアには評判になっていた様で、そこには業界の一部からの熱烈な支持もあったもんですから、サイケおやじとしても前述したとおり、大好きなアイズリーズ系のバンドという認識に縋りつつ(?)、今となっては唯一残された公式アルバム「SONGS」をゲットし、ここでようやく山下達郎に辿り着いたというわけです。

で、本日のお題となったシングル曲「DOWN TOWN」は、そのLPのA面の2曲目にも収録されていたんですが、一聴してアルバムとシングル盤では曲の印象が妙に違っているあたりが気になりましたですねぇ……。この感覚は今でも不思議なんですが、最初に聴いていたシングル盤の「DOWN TOWN」が発売された昭和50(1975)年にしては珍しいほどのモノラルミックスで、厳密に聴けば、完全なるモノラル仕様では無いとは思うんですが、だからこそ、アルバムに収録された「DOWN TOWN」のチープなステレオ感が逆に疑似ステレオっぽく聴こえてしまったというのが、素直な感想です。

このあたりはプロデュースを担当した大瀧詠一の如何にもの趣味性がモロに出たのかもしれませんが、それを許容した作詞:伊藤銀次&作曲:山下達郎のソングライターコンビの意図も、当時は測り難いものに思えましたですねぇ……。

ちなみに演じているシュガーベイブは前述したアルバム裏ジャケのクレジットから山下達郎(vo,g,key,per.etc)、大貫妙子(vo,key,etc)、村松邦男(vo,g,etc)、鰐川己久男(vo,b,etc)、野口明彦(ds,per,etc) というのが基本メンバーだったらしく、そこへ上原裕(ds)、木村真(per)、布谷文夫(vo)、そして大瀧詠一(vo) が加わってのレコーディングが実相だったらしいんですが、サイケおやじが唯一接した彼等のライブギグでは、メンバーチェンジが行われていた様で、それについては追々に記する所存ですので、本日はここまでとさせていただきます。

皆様ご存知のとおり、リアルタイムではアルバムもシングル曲もヒットしなかったのは、やはり制作が大瀧詠一の個人レーベル「ナイヤガラ」であり、発売元がこれまたインディーズの「エレック」だったという現実がある事が否定出来ません。

特に当時、発売元の「エレック」は昭和45(1970)年から吉田拓郎の初期作品群を製作発売した事から急速に大きくなった活況も今や昔、放漫経営の果てに吉田拓郎や泉谷しげる等々の看板スタアに逃げられ、事実上倒産していたというのですから、こ~ゆ~ところも所謂名盤誕生に纏わる伝説といえば、贔屓の引き倒しでしょうか……。

しかし、後に知ったところでは、シュガーベイブは山下達郎の完全なるワンマンバンドだったらしく、そのレコーディング現場の仕切りも比較的自由に行えたというのは、発売元の不安定な状況が逆に良い方向へと作用していたと思うのはサイケおやじの妄想と暴言かもしれませんが、今となってはルーツ・オブ・ニューミュージックの傑作が、この「DOWN TOWN」と思うばかりです。

ということで、まだまだ山下達郎については書き足りず、またサイケおやじの稚拙な文章力では、とてもとても全てを正確に書き記す事も出来るとは思いませんが、とりあえず本日は、山下達郎との出会いについて、サイケおやじの原体験を皆様にご一読していただきまして、心から感謝申し上げます。

う~ん、あの日は遠くなっても、忘れられないのでした。


佐藤由美が素直に好きです

2020-08-17 19:33:22 | Singer Song Writer

19歳のトモ / 佐藤由美 (インビテーション / ビクター)

我が国の歌謡界に所謂ニューミュージックが定着しつつあった頃、その土台となっていたのはシンガーソングライターの存在である事に異論は無いと思います。

だからこそ、昭和50年代には同系数多の自作自演が出来るボーカリストやグループがレコードデビューしていたわけで、逆に言えば、オリジナル曲を持っていなければ、プロとはいえ、何時までもハコバンやクラブシンガーから抜け出せない現実の厳しさがあったのですが、さりとして演奏が抜群に上手くても、あるいは素晴らしい歌唱力があったとしても、ルックスという問題も避けてとおれず……。

ですから、殊更女性シンガーソングライターの場合、曲作りの才能とそれなりのルックスが最初っから求められたのがプロの世界であり、加えて歌唱力が必要だった事は言わずもがな、そこには三位一体となった雰囲気さえも大切なポイントだった様に思えます。

で、その意味でサイケおやじが当時、大いに注目して好きだったシンガーソングライターのひとりが、本日掲載のシングル盤A面曲「19歳のトモ」で昭和52(1977)年末にデビューした佐藤由美で、もちろん作詞作曲は本人が担当した、これが哀切の歌謡フォークであり、楽曲に潜むソウルっぽさを引き出しているのが乾裕樹の施したアーバン風味のニューソウルなアレンジなんですねぇ~~♪

実際、スローテンポである意味、演歌っぽい歌詞の世界観を所謂「コブシ」では無い、それでも日本人好みの「泣き節」に導いているのは、そこに効果的なニューソウルなストリングスやメロウ&ソウルフルなギターの響きでありまして、だからこそ彼女の程好く気持ちの入った雰囲気ボーカルが伝わってくるんですよ♪♪~♪

現実的には大きなヒットにはならなかったんですが、その頃の飲み屋の有線とかラジオの深夜放送では、しっかり流れていた隠れ人気曲だったんじゃ~ないでしょうか。

告白すれば、サイケおやじは昭和52(1977)年12月末、加山麗子主演の日活ロマンポルノ「肉体の門(西村昭五郎監督)」を鑑賞しに行った劇場の休憩時間に流れていた有線で、この佐藤由美が歌う「19歳のトモ」を初めて聞き、妙に気持ちが高揚したまんま、件の有線の事務所に電話で楽曲情報を教えてもらったのでした。

そして、彼女の才能と魅力はレコード会社にも認められていたのは、続けて翌年に発売されたアルバム「ロンリー・ガール」でも全開の素晴らしさ!

なんとっ!

自作の楽曲に加えて、アメリカのソウルバンドで人気も高かったウォーの意訳カバー曲まで違和感無く披露しているのは、彼女のクールで熱い節回しの歌いっぷりがあればこそっ!

これは追々にご紹介させていただく所存ではありますが、この傑作はCD化されているんでしょうかねぇ~~?

このあたりの嘆き節は彼女の諸作に限らず、同時代のシンガーソングライターのシングル盤やLP全般に言える事じゃ~ないでしょうか。

サイケおやじは事ある毎に、そんなこんなを憂いてしまうんですが、皆様にも機会があれば、佐藤由美のレコードだけでも、お楽しみいただきとうございます。

うむ、彼女の弱点としては、ありきたりな芸名(?)かもしれません。

しかし、歌の世界は魅力満点であります。


愛車限界

2020-08-16 19:44:32 | Weblog

お盆休みも今日で終わりということで、買い出しに行こうと愛車に乗り込んだまでは良かったんですが……。

何とっ!

やはりコンプレッサーがイカレている所為でしょう、クーラーを強くすると加速がガタ落ちするし、カーナビやオーディオも不安定というテイタラク…… (>_<)

しょ~がないので窓を全開して走っている状況は、車内「三密」を避けている様に見えているんでしょうか?

走行距離も、15万キロ近くだし、寿命なんでしょうねぇ~~ (>_<)

なんとか……、来年までは乗りたいし、乗り潰す覚悟で安全運転に勤しみます。

失礼致しました。


ビーチボーイズはアメリカ産

2020-08-15 17:02:02 | Beach Boys

Made In U.S.A / The Beach Boys (Capitol)

  A-1 Surfin' Safari 
  A-2 409 
  A-3 Surfin' U.S.A. 
  A-4 Be True To Your School (single version) 
  A-5 Surfer Girl 
  A-6 Dance, Dance, Dance 
  B-1 Fun, Fun, Fun (single version) 
  B-2 I Get Around 
  B-3 Help Me, Rhonda (single version) 
  B-4 Don't Worry Baby 
  B-5 California Girls 
  B-6 When I Grow Up 
  B-7 Barbara Ann (single version) 
  C-1 Good Vibrations 
  C-2 英雄と悪漢 / Heroes And Villains 
  C-3 素敵じゃないか / Wouldn't It Be Nice (remix version)
  C-4 Sloop John B. 
  C-5 神のみぞ知る / God Only Knows 
  C-6 Caroline, No 
  D-1 恋のリバイバル / Do It Again (single version) 
  D-2 Rock And Roll Music (album version)
  D-3 Come Go With Me 
  D-4 Getcha Back 
  D-5 Rock 'N' Roll To The Rescue
  D-6 夢のカリフォルニア / California Dreamin'

    ※新曲扱い

今日まで、何かとベスト盤やコンピレーション盤を数多出しているビーチボーイズではありますが、掲載したのは、1986年に発売された、これが当時としては、なかなかに有用で、嬉しい2枚組LPでありました。

なにしろ最後の2曲、「Rock 'N' Roll To The Rescue」と「California Dreamin'」が堂々の新曲扱いでありましたし、その頃に我が国では容易に聴くことが叶わなかったモノラルミックスのシングルバージョンまでもが、しっかりと入っていたんですねぇ~~♪

ご存知のとおり、ビーチボーイズ全盛期の諸作、つまりは1960年代中頃までに発売されたレコードはリーダーのブライアン・ウィルソンの意向が強く反映されたと云われていますが、とにかくモノラルミックスを最初っから想定しての制作だったそうで、このあたりはビーチボーイズだけではなく、例えばビートルズも同様の姿勢ではありましたが、それでも時代の要求からアルバムはステレオミックスを望んでいたキャピトルレコードとしては、モノラルミックスのマスターテープから勝手に独自のステレオミックスによるLPを発売し、それは左右に音の位相を少し変えただけの所謂「疑似ステレオ」盤でありながら、主力商品として流通させていたのですから、始末が悪く……。

例えば、そんな「疑似ステレオ」によるアルバムとしてはキャピトルレコードにおける1962年の1st「サーフィン・サァフリ」、1965年の「トゥディ」「サマーディズ」「パーティ!」、1966年の「ペット・サウンズ」、1967年の「スマイリー・スマイル」と「ワイルド・ハニー」という、今となっては歴史的黄金期の諸作がモノラルミックス優先で制作されていたという現実には驚いてしまう皆様も必ずやいらっしゃると思いますが、一応はリアルタイムで出回っていた日本盤にしても、モノラルと疑似ステレオのトラックが混在したLPがありまして、それでも当時は、そんな真相(?)に気づかなかったのがサイケおやじの本性でした。

ところが、ビーチボーイズを聴いていく過程おいて、どうやら前述したとおり、ビーチボーイズのモノラル偏向主義は、ブライアン・ウィルソンの強固な意志によるところが大きいという真実に触れ、しかもちょうどタイミングが良かったのは、1980年代も中頃になると、我が国でもアルバム「ペット・サウンズ」を高く評価する動きが殊更業界やポップスマニアの間で広がっていましたので、「あの曲のシングルバージョンは云々」等々という情報が耳に入って来ていたのですから、たまりません♪♪~♪

実はサイケおやじも、その頃に仕事でアメリカへ行けた時には積極的に中古レコード店に赴き、その猟盤活動ではアナログのシングル盤も獲物として狙っていましたので、それなりに存在を確認し、幾枚かは蒐集出来ていたのですが、ついにそれらが纏まってLP化されたのは朗報という他はありませんでした。

そこで掲載のベスト盤「メイド・イン・USA」の収録曲は上記したとおり、正にビーチボーイズの演目の中でもド有名な歌と演奏ばかりで、しかもA面初っ端の「Surfin' Safari」からD面1曲目の「Do It Again」までがモノラルミックスなんですねぇ~~♪

そして既に述べたとおり、そのほとんどが基本的にシングル盤で発売された、所謂シングルバージョンであり、具体的に注釈を入れたトラックについては、まず「Be True To Your School」がチアガールっぽいコーラスが入った勢いのある楽しいテイク♪♪~♪ これなどは、全くビーチボーイズ全盛期の証の様な仕上がりだと思いますので、これだけでも、このベスト盤の価値があると思ったほどでした♪♪~♪

同様に「Fun, Fun, Fun」は発売当時から立派なリアルステレオバージョンが作られていて、それはアルバム「シャット・ダウン Vol.2」のステレオ盤に収録されているんですが、ここに収録のモノラルミックスによるシングルバージョンは、それに比べるとフェードアウトが長くなっているのが特徴的です。

ただし、個人的な感想を述べさせていただければ、件のステレオバージョンのフェイドアウトは演奏パートが先に消え、ボーカル&コーラスがアカペラの如く残るので、サイケおやじは、これが実は大きなという事を告白させていただきます。

また、「Help Me, Rhonda」は、アルバム「サマーデイズ」所収のテイクですし、「Barbara Ann」はフェイドアウトで終わるので、シングルバージョンと知れました。

それと「恋のリバイバル / Do It Again」はエンディングの効果音が入らない事が有名なシングルバージョンですが、そのあたりの価値観は十人十色かもしれず、最初からコーラスが全開のアルバムバージョンが収録された「Rock And Roll Music」も、然りと思います。

さらに気になるのは、ここに収録された「素敵じゃないか / Wouldn't It Be Nice」が、今ではマニアの間で「バージョン 2」と呼ばれている別ミックスだという情報が入っていたので、大いに楽しみにしていたのですが、ちょっぴりボーカルが違う様な気がするだけというか……、あんまり個人的には???

さて、そこでいよいよ眼目と言えるのが、新曲扱いだった「Rock 'N' Roll To The Rescue」と「夢のカリフォルニア / California Dreamin'」で、前者はマイク・ラブとテリー・メルチャーが共作した、このアルバムのための新曲と言いたいところなんですが、実は結成25年記念アルバムの制作が企図された中にあって、それが頓挫した結果としてのベスト盤「メイド・イン・USA」という裏話(?)が囁かれているのですから、その「Rock 'N' Roll To The Rescue」にブライアン・ウィルソンのリードボーカルがあろうとも、なんとも「らしくない」アップテンポのハードロック調は、これまた個人的には???

なんか……、ドラムスの音からして、馴染めないんですよ、サイケおやじには……。

さらに「夢のカリフォルニア / California Dreamin'」は説明不要、誰もが知っているママス&パパスの大ヒット曲をカバーしたという、これに期待しないのはビーチボーイズのファンならずとも、アメリカンポップス&ロックの愛好者にはいないはずと思うばかりのトラックで、しかもバーズのロジャー・マッギンが象徴的とも言えるエレクトリックの12弦ギターで参加しているのですから、これが素敵じゃ~なかったら、ウエストコーストロックの神話が崩れるという恐れさえ……。

結論から申し述べれば、サイケおやじは……、何度、ど~聴いても、イマイチ好きになれません……。

実は……、直後に知った事なんですが、この「夢のカリフォルニア / California Dreamin'」のレコーディングは既に数年前に基本的なところは出来上がっていて、それが1983年にマイク・ラブとディーン・トーレスが組んで企画発売したカセット仕様のオムニバスアルバム「ロックンロール・シティ」の中にビーチボーイズ名義で収められていたトラックがオリジナルだとすれば、それをベスト盤「メイド・イン・USA」用に改編するにあたり、前述したロジャー・マッギンの12弦ギターをダビングするに関した作業は、バーズをメジャーデビューから売りまくったプロデューサーのテリー・メルチャーが、ここでも手腕を発揮したという事なのかもしれません。

ちなみに、テリー・メルチャーはドリス・デイの息子であり、幼少期から芸能界には馴染んでいたのでしょう、それなりに音楽的な才能もあった事から、1962年にコロムビアレコードと契約し、テリー・デイ名義のレコーディングも行いましたがヒットを出せず、裏方へ云々というストーリーは良く知られているところでしょう。

そして以降、ブルース・ジョンストンと組んだブルース&テリー名義でビーチボーイズのカバーを出したり、同系サーフィン&ホットロッドのグループをプロデュースした事から、ビーチボーイズとの繋がりも深まり、そんなこんなの関係は容易には書き尽くせませんので、本日はここまでとさせていただきますが、今となっては、ブライアン・ウィルソンに見捨てられたが如き1985年頃からのビーチボーイズに裏方スタッフとして参画し、前述「Rock 'N' Roll To The Rescue」と「夢のカリフォルニア / California Dreamin'」を具象化したばかりか、それに先立つ久々の大ヒットシングル曲「Getcha Back」を出せたのも、テリー・メルチャーの存在があれがこそっ!?

しかし……、それでも、ここでの音作りは妙に新しくて、ドカドカ煩いドラムスや品性が感じられないサックスの音色等々、これまた「らしくない」違和感が……。

ということで、最後の最後に肩すかしが待っていたとはいえ、サイケおやじとしては、このベスト盤には愛着がありますし、例え問題作(?)であろうとも、件の「Rock 'N' Roll To The Rescue」と「夢のカリフォルニア / California Dreamin'」が今でも容易に聴けるのは、このアルバムが最良かもしれません。

あっ! 書き遅れてしまいましたが、「Rock 'N' Roll To The Rescue」は当時流行のリミックスした「12インチバージョン」が2~3種類は制作流通していたはずなんですが、サイケおやじとしては既に述べたとおりの失望感がありましたので、入手しておらず、今となっては後悔モードにどっぷりであります (>_<)

うむ、ビーチボーイズの奥の細道も、険しい……。


諸事変調

2020-08-13 20:43:22 | Weblog

お盆という事で墓参りに行ってみれば、毎年馴染みの花屋が閉店していて、吃驚仰天!?!

噂では、「コロナ」云々らしいんですが、いやはやなんとも、お供えを揃えるのに予定外の時間を費やしてしまいました。

また、菩提寺の住職が膝を悪くして、正座が出来なくなったとかで、何処も彼処も……、おかしなこと事になっているのを実感……。

明日からは、気持ちを入れ替えて、前を向いていく所存です <(_ _)>


謹告

2020-08-12 19:53:56 | Weblog

この春頃から、サイケおやじのコレクションの中でも、SM関連の雑誌やエロ本、あるいはエロ映画関係の資料等々を譲って欲しいというメールをくださる方が数人、いらっしゃいます。

最初は丁重にお断りの返信を出しておりましたが、しつこい人も中にはおられまして、矢の催促に近くなっているという現状を鑑み、本日は、この場にて、きっちり全てをお断りする意思表示をさせていただく事に致します。

ちなみに、この大きな原因は、サイケおやじの本サイト「サイケおやじ館」を長期間放置している事と自覚しておりますので、それにつきましては、心からのお詫びを申し上げます <(_ _)>

そして、繰り返しますが、サイケおやじは現在のところ、そ~ゆ~コレクションを手放す気持ちは、全くございません。

とうか、よろしくご理解お願い申し上げます <(_ _)>