先日の金沢旅行で卯辰山に登りました。(といっても車です。)
そこで出会ったのが川柳作家・鶴彬(つるあきら)の句碑です。
暁を抱いて闇にゐる蕾
今年は、鶴彬生誕100年ということで、
「鶴彬・こころの軌跡」というドキュメンタリー映画が製作、
上映されているそうです。
鶴彬は、川柳作歌としてのペンネーム。
本名は喜多一二(きたかつじ)、石川県かほく市高松生まれです。
手と足をもいだ丸太にしてかへし
代表作のひとつです。
「あそこの息子さん、命拾いをして帰還したけれど・・・」
と、いうヒソヒソ話が聞こえてきそうです。
表立っては言えぬことをグサリと。
川柳ならではの一句です。
初めは、ロマンチックな句をつくっていた少年、
喜多一二は、社会主義運動の高まりのなかで、
戦争の現実を直視していきます。
21歳の時、金沢歩兵第七連隊に入営。
日本共産青年同盟の機関紙『無産青年』をもちこむなど反戦活動をし、
治安維持法違反で逮捕され、懲役二年の刑に。
日中戦争の始まった昭和12年には、
万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
屍のゐないニュース映画で勇ましい
などの句を発表しています。
ニュース映画の「ヤラセ」を皮肉った句も。
そして、ふたたび治安維持法違反で、東京の野方署に留置され、
翌年、赤痢に感染、病院で亡くなります。
28歳でした。
金沢の第七連隊での事件では、鶴彬など3人が憲兵隊に逮捕されました。
なかの一人が、新聞記者で、戦後に、CBCの創立に深く関わったK氏。
この時の取調べの様子を回顧録に、こんな風に書いています。
「お前は日本の天皇制をどう思うか」
「現在の天皇をどう思っているか」と同じことを
来る日も来るも聞かれるのである。
少しでも前回と違ったことをしゃべると、そこを鋭く突っ込み
えぐるようにして本音を吐かせようとするのである。
だから毎日毎日が飽き飽きして退屈でしょうがなかった。
考えることといえば食うことばかり・・・
鶴の川柳は「日本ペンクラブ・電子文藝館」で
読むことが出来ます。
そういえば太宰治も生誕100年ですね。