九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

これってホント?   落石

2009年07月29日 12時51分17秒 | Weblog
日本の女性たちが就きたがらなかった職業、ホステスが最近、
堂々と、あこがれる高所得の職業として人気を集めている。
今年、東京の文化学研究所が女子高生1154人を対象に世論調査を行ったところ、
ホステスが40種の人気職業のうち12位になったという。
公務員は18位、看護師は22位だった。

 こうした現象の裏には、日本では高卒の若い女性の就業機会が
非常に少ないという現実がある。
ところが最近、深刻な不景気の影響で、多くの女性が抵抗感なく
ホステスなどの職業を選ぶ傾向が増えている。
日本でホステスとして1年間働くと、難なく10万ドル(約1億2000万円)
以上稼げる場合もある、と米紙ニューヨーク・タイムズは報じた。

           (朝鮮日報から)





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これが横綱相撲か???自民党の民主党批判!!   老行司

2009年07月29日 11時31分41秒 | Weblog
 政府自民党も堕ちたものである。
 民主党のマニフェストが出された途端の政府閣僚による総攻撃である。
 「倒産スーパーの大バーゲン」だの「鳩山党首の顔が暗くて、政権交代後は暗い世の中になる」だの批判の体をなしていない低俗批判が続出。みっともない限りである。
 衆議院で三分の二を占めていた大横綱の言動とは思えない。
 マニフェスト提案も一番遅れ、他党の出方を見ての後だしジャンケン。

 横綱らしく堂々と受けて立つ気迫はと余裕が無くなったらしい。
 やっぱり交代する他はなさそうである。
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テレビを買ったらNHKと自動契約なの?

2009年07月29日 11時11分34秒 | Weblog
★裁判員制度の強制でもそうですが、このNHKの受信料支払の強制の判決にも驚きました。私も東本さんの懸念に賛成します。   (ネット虫)

(東本さんのメールより)

東京地裁は本日28日、「政治的介入を許したり、受信料の不正流用を行うNHKに受信料を支払うのは、思想良心の自由を定めた憲法に反する」などとして放送受信料の支払いを拒否していた東京都内の30代と40代の男性2人に同受信料の全額の支払いを命じる判決を出しました。各紙が報じています。

■NHK受信料:未納の原告に全額支払い命令…東京地裁判決(毎日新聞 2009年7月28日)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090729k0000m040058000c.html
■NHK受信料未払いはダメ!東京地裁「自由意思で契約、解約できた」(産経新聞 2009年7月28日)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090728/trl0907281537010-n1.htm
■NHK受信料、支払い命じる判決 東京地裁(朝日新聞 2009年7月28日)
http://www.asahi.com/national/update/0728/TKY200907280318.html
■NHK受信料、憲法に違反せず 未払い訴訟で東京地裁判決(共同通信 2009年7月28日)
http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009072801000854.html
■NHK受信料不払い、男性2人に支払い命令(読売新聞 2009年7月28日)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090728-OYT1T00880.htm
■NHK受信料の支払い命じる=督促訴訟で東京地裁(時事通信 2009年7月28日)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009072800640

納得のできない判決です。

たとえば上記の報道のうち毎日新聞が一番詳しい記事を書いていますが、同紙によれば、「2人は『支払いを免れるには受信機を廃止しなければならず、民放の視聴を妨げられ、知る権利を侵害され違憲だ』とも主張した」が、「判決は『放送法はNHKの放送を受信できる受信機の設置者に受信料支払いを強制している。民放の視聴を妨げる規定ではない』と述べた」と言います。

一方、判決は「解約には受信機の廃止が必要」であることも認めています。

解約には受信機の廃止が必要で、その受信機、すなわちテレビそのものを廃止すれば、民放の放送も見ることができなくなるのは当然の理です。それを「民放の視聴を妨げる規定ではない」とはどういうことでしょう? この裁判官のアタマの構造が私にはよくわかりません。
                        東本高志@大分
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随筆 「僕がギターを奏でるということ」   文科系

2009年07月29日 09時18分14秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など
ここ数年、所属同人誌でもギター関連のことばかりを書き続けている。この「好きさ」を何とか分析、表現してみたいと考えるからだ。というよりも、表現しなければ気が済まないという、そんな気持ち。
文章そのものの起源ってもちろん「記録」なのかも知れないが、「個人的文章」の起源は間違いなく人の喜怒哀楽の激しい奴ではないかと思っている。だから「僕のギター」を「僕の文章」にという、ごく自然な心のおもむきなのだ。が、これが難しい。書けたなと思えたことがない。またまた、まだまだ、「痒い所に手が届いていない!」、こんなのばっかりだ。ついにはどうしてなんだろうと考えた。これだけの「熱中」も単なる自己暗示ではないかとも。はて、俺の人生がそうだったら、ちょっと大変だ!

さて、なぜちょっと大変なのか。この「好きさ」を、「本当の好きさ」とか「人生にとって自然な好きさ」とか「こうこうだから、これだけ好きなのだ」とか、大声で主張したい自分がいるからである。どうも、いい年した息子のゲーム好きや、従兄弟の大河ドラマ好きなどとはちょっと違うはずだとでも言いたいらしい。さらにこんなことまでを叫びたいらしい。たった一度しかない人生の楽しみの選択を人任せにしているような世の風潮を苦々しく思い、次から次へと産み出されてくる『お仕着せ文化』の『消費者』にされてたまるかと、そんな感じなのだろう。
そう言えばギター弾きのスタイルもそんなふうだ。「この曲こそ」と思い入れしたある曲は、これを目いっぱい弾き続けてもう三年目に入っている。主体性を貫いている、「聴くよりも弾くほうがさらに能動的なはずだし」などと言えば格好良いが、ひょっとしたら「自己暗示」か「幻想」のスタイルなのかも知れないのである。音楽の好みなどというものは、常にこういう「幻想」の可能性をはらんでいるといえる。「好き」の対象が美術作品のように目に見えもせず、料理のように指や舌で触れもしないのだから。
コメント (3)
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