ザックにときめいている(その2)
前置き
十月十二日のサッカー日韓戦が終わって今日まで、僕はザッケローニ監督にときめきっぱなしだ。この四日に初めてあずかったチームで、八日に世界五位のアルゼンチンに勝って、このニュースはたちまち世界を駆け巡った。十二日の韓国戦は、日本優勢の裡に引き分けている。この間負け続きで、相性が悪いと言うしかない相手だったのだが。こういう結果に僕が目を見張らされたのは言うまでもないが、それよりも何よりも、そこからうかがえた彼の才能の煌めきに、一人でうなっている。どんな才能なのだろうか。
たった二つの改善で
アルゼンチンや韓国の監督は当然、日本の激変に驚きの声を上げている。どこに驚いたのか。球際の強さが一際目立ったが、これは岡田監督が南ア大会直前に阿部勇樹をボランチに起用した辺りからのことだ。これを十分に踏まえた上で、ごく少数の改善がなされたというのが、今回の特徴である。それは主として、たった二つの事だと知られている。
1 味方前方からの圧力を密着して厳しくし、敵ボール保持者をサイドライン側に追いやるように指導した。その際、相手のパス先を塞ぐべく他の個々人の位置取りなどを細々と指導してきた。ディフェンスの中央を二列にして、非常に固くした上のことだ。
2 鋭い縦パスを、長いのも含めて使うなどから、攻撃が非常に速くなった。これによって、相手ディフェンスを下げさせる力が増えた。合わせて、味方ディフェンダーを、スピードと縦パス能力とを重視して選び直し、その位置も随分高くしている。
このたった二つの改善で、ザックがこれだけのことを成し遂げたことに、僕は先ず痛快な驚きを覚えた。彼が本来、こういうタイプの人間ではないと知っているからである。
ザックがイタリアで名をはせたのは、なによりもこういうことだった。弱いチームの選手を育てながらチーム力を長期に渡ってじっくり積み上げていき、やがて大きく熟成させていくタイプの名監督として。そういう人物が、こんな短期に、こんなに大きな結果を出した。しかも、イタリア以外では指揮したことがないはずの彼が、文化も何もかも異なった遠いアジアのこの国において。こういう出来事は、サッカー界でも極めて珍しいものに違いない。人として並々ならぬ才能、賢さを感じずにはいられないのである。
つまり、大局も応急手当も見ることができて、なおかつ短期速成の教育実践にも大成功する人物。そんな人間はなかなかいるものではない。これは組織運営というものに少しでも関わったことがある人ならば気付くはずのことだが、それにしてもこんな短期間で? 僕は頭をひねってさえいる。
彼の思考過程
彼はそもそも、何を考えてこの二点の改善に手を付けたのか。ごく短期間付き合ってきた代表チームに関わる彼の発言の変遷を、追ってみよう。その思考の経過が見えるのではないかというわけである。
1 来日後初めてのチーム作りに関わる発言は、こうだった。
「チームとしての攻守のバランスを重視したい」。
2 これが、教え始めたころには、こうなった。
「日本の技術、球回しは世界でもトップクラス。攻めが遅いだけだ。もっとも、FWにも大変良い選手を見つけた(多分、前田遼一と岡崎慎司のことだ。森本は前からよく知っているのだから)。ただし、日本の選手たちが、自分の高い能力に気付いていない事に驚く(これを気付かせるのも私の仕事だろう)」
3 アルゼンチン戦に勝った後では
「私の選手たちに抱いていた印象が『確信』に変わった。選手たちは、もっと自信を持って欲しい。Jリーグの監督さんたちには、本当に素晴らしい仕事をしていると申し上げたい。ただ、この勝利は嬉しいが、長期に力を積み上げていくことこそ大事だと言いたい」
4 韓国戦を終えて
「サイドのスペースを上手く突ければ、日本はどんな相手に対しても、かなり怖い存在になれると思う。(中略)普段、私の選手たちは技術が優れているので、ボール回しで今日のように多くのミスをすることはない。ピッチコンディションも不利に働いた」
結論
第一の改善点、前方からの組織的圧力は、前任の岡田が土壇場になって諦めた代表防御の「理想形」だった。岡田はこれを、失点が多いと見て諦めた。他方ザックは、ちょっとした手直しでこれを完遂してしまった。一方では、敵への組織的圧力をちょっと手直しして。他方では、長短の縦パスを使って日本の攻めを速くし、敵を押し込めることによって。こんなに短期間で成功したのを観ると、これらの手直し技術も日本には全てそろっていると見抜いた上でのことだろう。こうして、岡田の理想型を実現して、失点もセロだ。
賢い人は違うもんだ! 代表も、前途洋々である。