九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

韓国・中央日報の社説です。    らくせき

2013年05月05日 19時15分47秒 | Weblog
日本の右傾化現象がますます加速している。その背景には、保守右翼の人々が結集した“日本会議”の存在がある。政財界、文化界など日本全体の右翼活動に連帯感や理念的論理を提供する団体だという。この団体が究極的に目指すところは、改憲を通じて天皇制を復活させ、自衛隊を海外攻撃が可能な一般の軍隊に変えて東アジアの覇権を掌握することだ。

慰安婦の否定妄言、日本の侵略の歴史を謝罪した村山談話・河野談話の否定、教科書歪曲、独島(ドクト、日本名・竹島)問題の浮上、靖国神社参拝などますます露骨になっている極右化の動きの主役が、まさにこの団体の会員たちだ。日本の右傾化現象に対する警戒心を高め、これをけん制するための韓国政府と民間の活動が一層強化されなければならない状況だ。

日本会議は、47都道府県に本部を、330の地方自治体に支部を置く全国組織だという。会員数が3万人に達し、傘下の右翼団体まで含めれば仲間意識を持つ人員だけで800万人だ。安倍晋三政権の閣僚19人のうち13人が日本会議に所属しており、国会議員数は与野党を含め252人、地方議員数は2000人超だ。“日本会議国会議員懇談会”の最高顧問がまさに安倍首相でもある。彼らはデモを行ったりインターネットで活動したりする通常の右翼団体などとは別に国家政策を主導している。どの政党よりもさらに強力な影響力を持つのだ。

私たち韓国は、日本の右傾化現象に対して漠然とした警戒心を持ち、事件が起きるたびに鬱憤を爆発させるやり式で対応してきた。しかし昨今の日本の右傾化現象は、より根本的で組織的な対処を要求している。韓国政府は、日本の右翼の活動が波紋を起こすたびに批判すること以上の対策を模索しなければならない。日本の良心ある知識人、政治家たちとのきずなを強化する体系的な努力がなされなければならない。一般の日本国民はもちろん国際社会全体の世論が右翼勢力に対して批判的な立場をとるような環境づくりをする努力も強化されるべきだ。

日本では、こうした動きに対する危機感が弱いように感じますが・・・
どうでしょう?


コメント (2)
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 「よたよたランナーの手記」(2) 一歩一歩   文科系

2013年05月05日 07時04分33秒 | 文芸作品
 走れるということに、僕がなぜこれほどに拘るか。有酸素運動能力の諸効能を重く見ているからだ。酸素摂取能力の高さが僕の身体にもたらしてきたと考えられるものとして、こんなことがあげられる。ギターを3時間弾き通すような毎日でも、肩、肱、手首などどこもほとんど痛めたことがない。ブログを4時間やり通しても目が疲れないし、肩こりも腰痛もない。乳酸などの疲労物質を酸素が自然に運んでくれるのだろう。お酒も弱くなっていないし、毎日飲んでいても肝臓も悪くしたことがない。酒の毒であるアセトアルデヒドは、酸素で分解するということだ。あちらの方の能力も、血流というか酸素摂取力が関係するらしく弱くならないとは、ランナー仲間では周知の事実である。とにかく、人間にとって酸素摂取能力の威力は絶大なのだ。これらの効能を考えると、ランナーはどうしてもやめられなかったのである。ランナーを止めれば、僕の基本的生活スタイルを変えねばならぬと理解しているのである。それで、10年の2回手術後も、未練たらしく粘ってきたというわけだ。
 さて、その後どうなったか。

手術後初のランニングマシンは、前回に書いたように15分で1.6キロに過ぎなかった。12年9月23日のことである。次いで、その3日後には30分走れて、その走行距離は3.3キロになった。体と相談しながらおっかなびっくりでマシンの時速を上げていった僕としては、望外の結果だったといえる。平均時速7キロ弱であり、最速時には7.5キロ時まで行ったと思う。まだまだ速歩に近いよたよたではあったが、とにかく3年ぶりほどで30分走れたのだ。その日、なんと良い気分だったことか。光明が見えたというのが、その時の実感である。
 それからは、階段往復とジム・マシン・ランニングとの併用、時々ロードレーサーというやり方が今日まで続いている。やがて、平均心拍数も1分に150ほどは問題なしとも分かってきた。ただ、なるべく140台に納まるようにはしている。僕のような心臓既往症持ちがランニング・マシンで走るというのは、いつも時速が分かっているから良いのだ。これによる客観的運動強度と、心拍数とをいつも確認しつつ走るということだ。心拍数は、不整脈があると分かった昔から心拍計を付けて、常時分かるようにして走っている。
 さて、以降は30分の走行距離でこうなっていった。11月24日には3.7キロ、12月8日には3.9キロ、同15日には4キロである。風邪を引いたり、どこかが痛かったりして中断した時期もあって調子の波はあるのだが、とにかく今日まで心臓の変調はない。その結果が最近のこういう数字になる。4月11日、4.05キロ。5月2日、4.07キロ。この速度になると、最高時速は9.5キロほどになり、やっと走っていると実感できる。でも、今の所は時速9キロを15分続けるのが難しい段階と言える。何せ僕の場合、この速度だと心拍数が155になるのだから。苦しくはないのだけれど、僕の心臓としては限界に近い。ただ、こんな希望的数字もある。同じ時速8キロでも、少なくとも1日おきくらいで走り込むと心拍数が減っていき、最初155であったものが今は145を切っている。時速9キロでも同じ事が起こりうると考えている。
 72歳でも、3年ブランクがあっても、人間結構できるものだ。階段往復だけはいつも絶やさなかったのが良かったのかも知れない。
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