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新聞の片隅に載ったニュースから(224)   大西五郎

2016年03月01日 19時11分36秒 | Weblog
待機児童増加をめぐる発言で首相「うれしい悲鳴」撤回せず(16.3.1中日新聞)

 安倍首相は二十九日の衆院予算委員会で、待機児童の増加をめぐり「女性の就業者が増えたから無理もない。うれしい悲鳴だ」とした発言の撤回を拒否した。民主党の山尾志桜里氏が撤回を求めたのに対し「待機児童が増えてうれしいと言うわけがない」と反論した。
 首相は昨年十一月に「今年、待機児童は前年より増えてしまった。(第二次)安倍政権発足以来、女性の就業者が九十万人以上増えたから無理もない。その意味でうれしい悲鳴ではあるが、『待機児童ゼロ』は必ず成し遂げなければならない」と述べた。
 山尾氏が首相発言を取り上げたのは三回目。保育所に子どもを預けられず、政府の対策の不備を批判するインターネット上の投稿に支持が集まっていると紹介し「待機児童の当事者、それに対して広がる共感の声を知っても発言を撤回しないのか」とただした。
 首相は「待機児童が増えたことを『うれしい悲鳴』と言ったことはない。「その意味」とは、就業者が増えたというところに置いている。普通の読解力があれば分かる」と述べた。首相の発言は待機児童増も歓迎しているようにも受け取れるため、生活のために就労を余儀なくされている母親からは「首相は浮かれている場合ではない」との反発が出ている。

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 国会でのやりとりはきのうNHKで中継されました。安倍首相の答弁を聞いていて、この問題
に限らず首相の答弁が長舌なのが特徴です。起承転結がはっきりしないまま長々と話が続く場合
が多いように感じます。そして「普通の読解力があれば分かる」など相手(質問者)を小馬鹿に
したような物言いをします
 今年1月の衆議院予算委員会でも、野党の質問で、労働者の実質賃金が下がっていることを指
摘されると「景気が回復し、雇用が増加する過程において、パートで働く人が増えれば、一人当
たりの平均賃金が低くでることになる。私の妻は働いていなかったけれども、景気が上向いてき
たから働こうというわけで働き始めたら、月収で私が50万、妻が25万あったとしたら家庭の収
入は増えるが、2で割ったら一人当たりの平均賃金は下がることになる」と答弁しました。「パ
ートの月収25万」に対して「社会の貧困の実態に無理解すぎる」という非難が巻き起こりまし
た。すると安倍首相は「妻がパートで25万とは言っていない」と言い張りました。「パートの例
を出したのは、景気が回復し始めると、今まで働かなかった人が働き始める。働く人が増えると
1人あたりの平均賃金が低くなることを説明するためだった」と云いました。
この言い訳は通りません。1人あたりの実質賃金が下がる例として「私が50万、妻が25万」
と云っています。「25万」が何処かから飛んできたわけではありません。自分の非を認めず、
相手が誤解していると言い張ります。
 待機児童の例といい、パート収入25万円といい、安倍首相の言葉が軽いのが気になります。
言葉を弄ひ、得意になっているようなところも見受けられます。もっと慎重に、国民に対して真摯な態度で臨んでほしいと思います。                大西 五郎
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僕の世界観に関わって(9) 随筆「死にちなんで」   文科系

2016年03月01日 11時04分31秒 | 文芸作品
 心臓カテーテル手術をやった。麻酔薬が入った点滴でうつらうつらし始めてちょっとたったころ、執刀医先生の初めての声。
「これからが本番です。眠っていただきます」
 ところがなかなか眠りに入れない。眠っても、間もなく目を覚ます。痛い。するとまた、意識が薄らいでいくのだが、また覚醒。そんなことが三度ほど繰り返されたので、「痛いです」と声をかけた。執刀医の先生、かなり驚いたように何か声を出していた。
 さてそんなときずっと、いやに冴えている頭脳である思いにふけっていた。大事故の可能性もある手術と、聞いていたからでもあろう。手術自身はちっとも怖くはなかったのだけれど、こんなことを考えていた。
〈このまま死んでいっても良いな。死は、夢を見ない永遠の眠り、か〉
 知らぬ間に生まれていたある心境、大げさに言えば僕の人生の一つの結実かも知れないなと、噛みしめていた。

 小学校の中ごろ友人を亡くして、考え込んでいた。「彼には永遠に会えない。どこにいるのだ」。ひるがえって「僕もそうなる」。それ以来自分が死ぬということを強く意識した。ほどなくこれが「永遠の無」という感じに僕の中で育っていって、何とも得体が知れぬ恐怖が始まった。この感じが寝床で蘇って、何度がばっと跳ね起きたことか。そんな時はいつも、冷や汗がびっしょり。そしてこの「症状」が、思春期あたりから以降、僕の人生を方向付けていった。「人生はただ一度。あとは無」、これが生き方の羅針盤になった。大学の専攻選びから、貧乏な福祉団体に就職したことも、かなり前からしっかり準備した老後の設計まで含めて、この羅針盤で生きる方向を決めてきたと思う。四人兄弟妹の中で、僕だけが違った進路を取ったから、「両親との諍い」が、僕の青春そのものにもなっていった。世事・俗事、習慣、虚飾が嫌いで、何かそんな寄り道をしなかったというのも同じこと。自分に意味が感じられることと、自分が揺さぶられることだけに手を出して来たような。こうした傾向を、二十歳の春から五十年付き合ってきた連れ合いはよく知っており、「修業している」といつも評してきたものだ。
 ハムレットの名高い名台詞「生きるか、死ぬか。それが問題だ」でも、その後半をよく覚えている。「死が眠りであって俺のこの苦しみ(父王を殺して母と結婚して王位についた伯父という問題を抱えている)がなくなるとしたらこんな良い終わり方はないと言えるが、この苦しみがその眠りに夢で現れるとしたら、それも地獄だし?」というような内容だったかと思う。この伝で言えば、僕のこの「症状」ははてさて、最近はこんなふうに落ちついてきた。

「夢もない永遠の眠り。それに入ってしまえば、恐いも何もありゃしない」
 どうして変わってきたのだろうと、このごろよく考える。ハムレットとは全く逆で、人生を楽しめてきたからだろう。特に老後を、設計した想定を遙かに超えるほどに楽しめてきたのが、意外に大きいようだ。ギター、ランニング、同人誌活動、そしてブログ。これらそれぞれの客観的な出来はともかく、全部相当なエネルギーを費やすことができて、それぞれとても楽しめてきた。中でも、ギター演奏、「音楽」はちょっと別格だ。自身で音楽することには、いや多分自分の美の快に属するものを探り、創っていく領域には、どういうか何か魔力がある、と。その魔力ぶりは僕の場合、こんな風だ。

 この二月から、ほぼある一曲だけにもう十ヶ月も取り組んできた。南米のギター弾き兼ギター作曲家バリオスという人の「大聖堂」。楽譜六ページの曲なのだが、ほぼこの曲だけを日に二~三時間練習して先生の所に十ヶ月通ってきたことになる。長い、下手なままの一人習いの後に六十二歳から先生について六年という手習いで、こんな上級者向け難曲。通常ならとっくに「まー今の腕ではここまでが、限界。ひとまず終えましょう」なのだ。習って二ヶ月で暗譜もし終わっていたことだし。が、僕の希望で続けてきた。と言っても、希望するだけでこんなエネルギーが出るわけがない。やればやるほど楽しみが増えてくるから、僕が続けたかったのである。「この曲はもっと気持ちよく弾ける……その為には」。ギターの構えから、長年の悪癖のいくつかまでを、この曲の為に苦労して修正してきたほどだった。こんな熱中ぶりが、自分でも訝しいのである。
 ギターを習い始めて、これと同類の事をもういくつか体験してきたように思う。

「何かに熱中したい」、「人が死ぬまで熱中できるものって、どんなもの?」若いころの最大の望みだった。これが、気心の知れた友だちたちとの挨拶言葉のようにもなっていたものだ。今、そんな風に生きられているのではないか。日々そう感じ直している。
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東亜日報より  らくせき・愛知自民を落とそう

2016年03月01日 09時38分50秒 | Weblog
最近の映画に関する話題は断然、 映画「鬼郷(クィヒャン) 」と「東柱(ドンジュ)」だ。

旧日本軍慰安婦を扱った映画「鬼郷」は、公開5日目の28日、観客動員数100万人を超えた。投資家がいなくて撮影が中断されたこともあった。メジャーでない中小会社が配給する映画の実績としては驚くべきだ。映画を作ったチョ・ジョンネ監督すら「1日1日が奇跡のようだ」と表現するほどだ。

日本による植民地支配期、詩人、尹東柱の人生を描いた白黒映画「東柱」も、公開11日目の27日、観客動員数50万人突破した。製作費6億ウォンの低予算の映画がうわさになり、公開の1週目よりも2週目のほうが上映館が増え、長期興行が予想される。

このように植民地支配を背景にした大衆文化コンテンツが、最近、大きな反響を呼んでいる。

植民地支配を描いた映画は「失敗する」というのが業界の俗説だった。しかし、昨年「暗殺」が観客動員1000万人を突破して以降、植民地支配を背景にした大作が次々に製作されている。今年下半期に公開予定の「密偵」(監督・金知雲、主演・宋康昊、孔劉)は、独立運動団体「義烈団」の話を、来年公開予定の「軍艦島」(監督・柳昇完 、主演・ファン・ジョンミン、蘇志燮)は、強制徴用され、命がけで脱出を図る約400人の朝鮮人の話だ。

昨年9月、MBCのバラエティ番組「無限挑戦」が、植民地支配期に韓国人が強制労役した端島を扱ったのも視聴率16%(ニールセンコリア)を超えて話題になった。また、尹東柱の詩集の復刊がベストセラーになり、尹東柱を素材にしたミュージカルやレコードが出るなど異例の「尹東柱ブーム」も起きている。

これらのコンテンツは、目をそらしたい収奪の歴史、被害者としてのアイデンティティを強調するのが特徴だ。植民地支配を扱った既存のコンテンツが独立活動家や乱世の英雄を前面に出してカタルシスを与えたのとは違う点だ。専門家たちは、安倍晋三政府になってからギクシャクした日韓関係や最近の慰安婦像の撤去問題などが大衆の歴史的関心、責任意識を刺激したとみえる。映画評論家のカン・ユジョン氏は「『鬼郷』と『東柱』は、映画の完成度や面白味と別に『歴史意識を持っているなら必ず見なければならない映画だ』と認識されている。最近の韓日関係や慰安婦像問題が重なり、植民地支配のコンテンツに対する大衆の注目度が高まった」と分析した。

歴史的悲劇の犠牲になった平凡な個人を前面に出したことが、近頃の若者の共感を呼んだという分析もある。実際に、「鬼郷」の主人公は術なく慰安婦として連れて行かれた無力な10代少女であり、「東柱」で描かれた詩人尹東柱は、民族闘士というよりも善良で個人主義的な文学徒であるにもかかわらず日本の圧迫を受ける。

文化評論家のキム・ホンシク氏は、「不条理な植民地支配の時代に自分の意志に関係なく犠牲になった若者の話が今日の観客に説得力を持って迫った」とし、「それだけ世の中が不合理で自分の思い通りならないと感じる若者が多いという証拠でもある」と説明した。



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