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小説「歩く」 文科系

2020年08月12日 00時31分14秒 | 文芸作品

 二台並んだエレベーターの出入り口外が、そのままホールになっている。このフロアー入所者全員の倍も座ることができるほどのリビングダイニングのホールで、四方の廊下や小部屋の機能までを取り込んだような広々とした空間である。ベージュや薄いクリームなど明るい茶系統でまとめられ、壁や天井なども直線や角を消して曲線、曲面を多用している。安らぎをコンセプトとしたとでもいうような、柔らかさに徹した設計のようだ。そして、一つ一つの椅子上面と背もたれに張ってある布の緑をこの空間全体のアクセントとして設計しているらしく、これは「入所者が主人公です」という主張ではないか。この広く、明るく、ソフトで、優しい空間の緑の上に身をのせて、今、数十人の老人たちが夕食をとっている。
〈いつも思うけど、こんなに多くの人たちの言うならば『会食』が、なんと静かなこと。動作がゆっくりで、おしゃべりをしないからだ〉
 改めてこの空間全体を見回しながら森本次郎はつぶやいた。老人集団の端っこの椅子から、背もたれの上に両腕とアゴをのせたスタイルで、前後逆さに腰掛けた待機姿勢をとって。
 老人保健施設M、6月中旬十八時の光景である。発足一年ほどのMの職員森本は、この静けさに未だに慣れることができない。ちなみにいつも思い浮かぶことだが、〈子どもがこれだけいたら、収拾もつかないよなぁ〉。彼は、Mと同系列の養護施設から、介護士の資格を取ってここへ志願デューダしてきたのだ。年齢三八歳、二児の父親である。

 その時、同じ広間の一角から、巨大なテレビジョンがことさら大きな声を張り上げたように聞こえた。入所者数人が、頭をゆっくりとそちらに向けるのが、森本の目にはっきりと見える。
「僕は人というものを殺してみたかった。若い未来のある人はいけないと思ったけど、表札の名前を見て、年寄りらしいと分かったので」
 つい最近この県内で起こった主婦刺殺事件の分析報道で、容疑者の高校生が動機に関わって話したものらしい。母親がいない彼は祖父母と同居の四人家族だが、彼らがいつもこんなふうにこの子を育ててきたのだろうか。「私らはもうどうでも良いけど、お前はかけがえのない跡継ぎなんだよ」などと。この祖父はもと教師、父も教師らしい。人間を機能としてだけ見ている。ありそうなことだ。こんな想像が森本の頭をかすめる。
〈たしかに日本の老人たちはみんな自己主張が苦手で、とても我慢強い。『預けっぱなし』の『老健施設タライ回し』がいっぱいで、それが常識だとベテラン職員は言うけど、それにしても『終わり良ければ全て良し』と言うじゃないか!死ぬときがその人の人生の結果なんだと。そのころにこれだけ邪魔者扱いされているような今のお年寄りは、その人生をどう決算したら良いんだろう!〉

 森本は、目の前の老人一人一人を改めて見つめてみた。アゴを突きだし、いつも目をつぶったままゆっくりと噛み締める、体も顔もまん丸の加藤さん。職員に食べさせてもらわないとまったく進まないこともある、赤いほっぺたが可愛い、小さな小さなカオルさん。そんな時の彼女は、なにか拗ねるようなことを抱えてでもいるのだろうか。大川さんがさっさと終えてしまって、両隣など周囲の器までを整理し始めているのはいつものことだ。
〈戦争の中で大人になってきた人たちだ。その後はみんな、働いて働いてきた。学校では『お前らの命は鳥の羽毛よりも軽い』などと教えられて育ち、その子どもたちは今度は『地球よりも重い一人一人』なんて言われ始めたから、今の老人の自己主張下手は当たり前って、誰かが言ってたなぁ〉
 そういう人たちがある日突然倒れる。心臓病、あるいは脳溢血、いずれにしても自分にも周囲にも寝耳に水で訪れる病だ。ただただ呆然としているままに、しばらく病院にいて、歩く練習もそこそこにやがてここへ。一人歩きができない車椅子の老人が寝付いていくのは瞬く間である。その瞬く間に頬の肉、顔色、表情が失われ、生気は消えていき、老いが人間まる一人全てを破壊していく。この破壊は惨いもので、たまにしか訪れない家族は〈あれよあれよ〉と傍観するだけだ。いま森本にはそんな例ばかりが思い浮かぶのだが、何か眼が潤んでくるようだった。
 この頃疲れすぎて、ちょっと鬱病気味なのかも知れない。無理もない。全く面識もない、これまでの世界も年齢も違う急ごしらえの職員仲間が、二千年度の介護保険制度発足前にはと、志だけで突っ走ってきたような一年だったから。森本はしばらくの間目を閉じて、頭を空っぽにしようと努めてみた。


 ふっと頭に浮かんだことがあって開けた目を、森本は佐伯律子の席に向けた。今年間もなく九十歳になるという小さく痩せた律子は、曲がった背骨のせいで随分前屈みになって口を動かしている。水晶体代わりだという分厚い眼鏡で空中の一点を見つめるようにしながら。三年前の左脳内出血、その出血が脳室圧迫にまで進んで死にかけた人、発病時は寝たきり生活約四か月、右半身不随の後遺症、加えてさらに全失語症で読み書きはおろか話もほとんどできず、他人の話は少しは分かるという。ただし、痴呆は全くなく、意識は極めて正常。森本が調べた律子の病歴である。
〈律子さんとこは『預けっ放し』とは違うけど、あれは律子さんが注文してるからかなぁ?〉
 今、こんな疑問を自分に出してみながら、森本は昨夜八時過ぎの出来事を思い浮かべた。
 その夜、夜勤の職員たちの一部で、ある会話が交わされていた。丁度その時、佐伯親子が、以前のように「回廊一周歩行」をしている真っ最中だったという、そのことについてである。ここ十日ほどの彼女は、職員が手を引いてももう歩くことができず、車椅子だけで移動するようになっていたので、話題になったらしい。
 律子が息子の雅実に右手を支えられてゆっくりとフロアーを歩く。右膝が曲がったままだし、背骨が右前への傾きをさらに強めているようだが、律子は歩いている。厚いレンズで前方を見つめ、左腕を大きく振って、皺の多い口許を心持ち引き締め、律子が歩いている。そして二人がリビングダイニングの広間にさしかかると、居合わせた入所者の幾人かからいつも声がかかるのだ。
「おおっ、律子さんやっとるな! ええなぁ、がんばれよ!」
「息子さん、えらいねぇ。ホントにありがとねぇ」
 励ましとは違ったこの種のお礼の声が、歩いている二人によくかけられるのであるが、森本はいまだにこれに慣れることができない。雅実が律子の手を引くことで、当然声の主も大切にされているというニュアンスなのである。
 この光景直後、事務室の会話はこんなふうに続いていった。
「律子さん、休みなしで一周しちゃったよ。それに、なんか、歩き方が違ってた。一歩一歩が前より大きいし、なんで急に歩けるようになったんかなぁ?」
「律子さんは、脚は強いよ。家族がしょっちゅう起立訓練してるし。歩けないのは、真っ直ぐ立つ姿勢の平衡感覚の問題なんだって、リハビリの先生が言ってた。息子さんがその訓練したんだよ、きっと」
「確かにここんとこずっと『キヲツケ』とか言って、姿勢の練習ばっかりやってたわね。やっぱり家族の力があるとねぇ」

 森本は改めて、目の前の律子に視線を合わせ直した。
 確かに佐伯の家はここでは珍しい存在である。入所半年になる今でも、来訪者は週のほとんどの日にあり、毎週末の金曜夜か土曜日には雅実に連れられて自宅泊まりへと帰っていく。この毎週末「外泊」というのは、ここの発足以来他には例がないものだ。中心になって通ってくるのが息子の雅実、つまり男性だというのがまた珍しい。彼は、仕事を終えた夜七、八時に通って来て、門限の八時をかなり過ぎてから帰っていく。また、ずっと共働きを続けてきたと聞く妻など家族の来訪者はもちろん、律子の友人とおぼしき人の一部でさえが一定の決まったリハビリに律子を、導いていくというのも、職員がその成り立ちをいぶかるようなことだった。リハビリ室まで出かけて器具で両肩を回し、椅子やベッドの端っこに腰掛けた律子の両手をとって二十回ほどの規律訓練を行い、手をつなぎあって『回廊一周歩行』。最近はこういうコースが普通だった。
〈『終わり良ければ全て良し』と言うなら、律子さんは『全て良し』かも知れない。そして、これは律子さんの人生の結果で、子どもさんたちにやってきたことのお返しなんだろうか、どんな人生だったんだろう?〉
 ここまで来て森本は、こういう問いが、律子という人物が、みずから選び直した職業の将来を左右するような重い疑問符になってきたようだと考え込んでいた。
〈とにかく、事実を見てやろう。話を聞くのはそれからでよい〉
 心の中で呟いた、大きな決意だった。


 同じ日二十時過ぎ、森本に、定例コースを終えて部屋に入っていく二人を開け放たれたドアの外やや遠くから見る機会が訪れた。森本はその場で仕事らしきものを見つけて座り込み、さりげない観察を始める。
 律子がまずベッドの端に座る。次いで雅実がその前に立ち自分の両手をつかませて、例の「キヲツケ」をやらせている。そのうちの何回かは、立った時の律子の右膝を雅実が右手で伸ばす。「きゅっと真っ直ぐ!」、いちいちそんな言葉が森本にも届いて来る。
 起立の後は、伝い歩きによるトイレ行、入れ歯を外してのうがい、パジャマへの着替えへと続いた。雅実はほとんど手を出さずに、ただ見つめている。森本も改めてあきれるほどに一つ一つの行為がゆっくりで、延々と続いてゆく。トイレなどは中でうたた寝でもしているのではないかと、いぶかられるほどの長さだ。
 そして着替えは、まず腕を袖に通した上着の前で指が何度も何度も行き来している。ボタンの掛け違えなどで律子自身が困ってしまった経験が、後遺症となって残っているようだ。近視力がおぼつかなく、ボタン掛けを指の触覚に頼らねばならぬことの結果らしい。やせ細って、かさかさで、右手に麻痺があるはずの指では、この触覚頼りも随分心許ないだろう、そう森本は見て取った。
 次に、パジャマのズボンの方がまた、大仕事である。脱ぐのとはくのとで二回、座ったベッドから柵を杖にして立ち上がらねばならない。はくときで言えば、座ったまま両脚をそれに通して、それからおもむろに立ち上がり、両手を交互に使ってゴムの部分を腰上までたくし上げていくというやり方だ。その間、残りの片手を震わせながら突っ張って、直立姿勢を支え続けねばならぬというわけである。こういった悪戦苦闘の着替えが結局、正味二十五分も続いたろうか。
 ゆったり座ってこれら全てを見つめていた雅実が、着替えが終わった瞬間に拍手を贈る。褒めていると言うよりも、できたことを喜んでいるという様子だ。律子は大きく肩を下ろして、ニソッとした笑いを返して見せた。
〈ほんとに、残った自立の力を大切にしようというやり方だ。僕らのような仕事の流れでの付き合いなら、とてもここまでは待てないね。そうしてみると毎日の『回廊一周』は、こういう自立の力を維持していく一番の基礎になると、十分知ってやってたんだよ。たしかに、これができる間は寝たきりにもならないし。それにしても律子さん、なんであんなに頑張れるんだろう。このエネルギーも、息子さんのあの気長さも、二人ながらこんな家族はちょっと見たことがないなぁ〉
 森本は、初めて意識して観察したこの結果に、ゆっくりと幾度かうなづいていた。しかしすぐ後に、彼の肝腎の疑問はこう続いていく。
〈それにしても、自立を大切にするにしても、それが、あの熱心さの訳ということじゃないでしょう? 看る側か看られる側かどっちかが諦めちゃう場合だってあるはずだし?〉
 雅実が帰る素振りを見せた。ベッドに横向きに寝ていた律子が、不自由な右手をひらひらさせながら差し出し、いっぱいの笑顔を贈る。感謝のしるしのようだ。すると、雅実がその手を握り返して、握手となった。最近の帰りの儀式らしい。以前の『さよなら』の儀式は、律子が壁に沿って伝い歩きで部屋の外まで出て、そこで雅実がエレベーターまで歩くのを見送り、手を振って別れ合うというものだったはずだ。彼女は来訪者全てに、そうしていたものだ。 

 森本が次に佐伯親子を観察するチャンスは、その数日後にやって来た。その日勤務が終わった十九時頃、二人が屋上にいると同僚に聞いて、行ってみることにした。親子がそこでこの頃よく何か「パーティー」をやっているらしいと小耳にはさんだからである。
 屋上エレベータールームの物陰で初めに目に入ってきた光景はこんなものだった。
 夕日が真西にあり二人が東のベンチに座っているとしたら、森本の位置はさしづめ南西というところだろう。既に幾分暗くなった朱一色の光景の中の二十メートルほど先に、遮る物なく親子が見えた。ハーモニカの音が響いている。雅実が吹いているのだ。風が遠い西の山脈から運ばれて来て、律子の細い白髪を絶えずふるわせている。外は意外に涼しいらしい。小さな木製のテーブルには、飲み物の缶がのっている。一本はビールのようで、その脇にあるのはピーナッツだろうか。
 ハーモニカの曲名は覚えていないが、旋律は森本にも確かに聞き覚えがある。それも、学校の音楽の授業で習ったものだ。吹奏二回目に入ったところで、森本は一番の歌詞を口ずさんでみた。律子が目をつぶり曲に合わせてアゴを出し入れしているのが見える、その動きに合わせながら。
 ”いくとせ故郷 来てみれば
 咲く花 鳴く鳥 そよぐ風
 門辺の小川のささやきも
 慣れにし昔に変わらねど
 荒れたる我が家に
 住む人 絶えてなく”
 (注 イギリスの歌。日本曲名は「故郷の廃家」。犬童球渓作詞)

 曲が終わって、目を開けた律子が雅実にほほ笑む。職員に人気のある、人の警戒心が解けていくようなあの「可愛い笑い顔」である。いや、あれよりもくつろいだ、小さなほほ笑みと言うべきだろう。それから、雅実がビールらしきものを飲むと、律子が真似をするように缶をゆっくりとあおる。雅実がピーナッツを口に放り込むと、律子もそれをつまんで口に運ぶ。また、西の方から風が来たらしく、二人の髪が揺れ、細められた視線が風上に向けられる。今日二人はもう幾度夕日を見つめたのだろうか。
〈今の律子さんには、日々の楽しみの全てが雅実さんなんだ。彼の来訪自身が、凄く大きい楽しみというだけじゃなくて〉
 森本が、様々な律子の言動の記憶をたどりつつ、見つけた感じをふっと表してみた言葉である。一人では歩けない。字も読めない。テレビ番組も、言葉が速すぎてまず分かりはしないだろう。他人との交歓でさえ普通のやり方ではおよそ不可能で、彼女はもうほとんど諦めかけているようだ。そんな律子にも、こういう楽しみがあった。
 夕風、夕日、飲み物、ハーモニカ、そして、これら全てを彼女とともにする雅実。今、森本には、目の前の二人のこれまでがほとんど解きほぐされて来るような気がしていた。

「生きていてくれるだけでよい」とは、ここでもよく聞く言葉である。しかしその気持ちがこういう相手にきちんと伝わるには、大変な行為の積み重ねが必要とされよう。これだけの弱者は嫌でもひねくれてしまうのが普通ではないか。「こんなじゃ、生きていても仕方ないねぇ」、よく呟かれる言葉だ。けれども、周囲の他人が無意識にせよこの言葉を真に受けた体で現に振る舞うとしたら、それはもう論外というものではないだろうか。本人が意志を持ってここまで生き続けてきたという事実が眼前にあるのだから。
 こんな言葉や、それらへの日頃の疑問、抵抗を改めて反芻してみながら、森本は目の前にある夕焼けの中へゆっくりと歩き出していった。

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