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書評 「南京事件論争史」 その最終回   文科系

2020年08月21日 19時32分19秒 | 文化一般、書評・マスコミ評など

 「南京事件論争史」の現段階  

 これは、この14日拙稿『書評「増補 南京事件論争史」』の続きで、この内容紹介の三回目に当たるもの。この論争については今や、安倍首相も国会など正式な場所では「事件はなかった」と言えず(国際問題になって負けるから)、「南京なかった」組織に集まった自民党議員らがあちこちで嘘論議を組織的にばらまき続けるなどに落ちぶれている。ここに至った経過について、「南京なかった」側が決定的敗北を喫した事件をもう一度おさらいしてみよう。

 まず始まりは、社会科教科書検定内容を違憲と訴えた・第三次家永訴訟。南京事件の記述をも含んだこの訴訟は最高裁まで争われ、1997年8月に「(この検定は)違憲」という判決が確定している。

 次いで2番目は、稲田朋美弁護士らが訴えた、「南京事件における『百人斬り競争』記事は名誉毀損である」訴訟。これも2006年に最高裁判決が出て、稲田らが敗訴している。つまり、二人の少尉による捕虜など「百人斬り競争」は実際にあったと裁判所が認めたのである。

 三つ目は、南京事件当時8歳で日本兵によって銃剣で刺された被害者、夏淑琴さんを「ニセ被害者」と書いた東中野修道を、夏さんが名誉毀損で訴えたもの。この結末は、こうなった。2009年2月5日、最高裁は東中野と展転社の上告棄却を決定、一審判決通り両者に対し合計400万円の賠償を命令する裁判が確定した。2009年4月16日にこの賠償金は支払われた。

 最後が、以前にも書いた日米学者共同研究の成果について、この共同研究を中国首脳との間で取り決め、スタートさせた安倍首相自身が無視しているに等しいこと。この研究の日本側座長であった北岡伸一が「日中戦争は侵略戦争であった」と認めているのに、安倍はあくまでも侵略とは言わないのである。「侵略の定義が学会でも定まっていない・・・」とか、なんだとか?

 これだけ敗北を重ねてくると、「南京なかった」派は学者などにも屍累々、残っている歴史学者はほとんどいない有様。西尾幹二はドイツ文学者だし、藤岡信勝は教育開発学者である。なのに・・・と、この本の作者は南京虐殺を巡る日本の現状をこう嘆くのである。「日本会議に集まる自民党など多数議員は未だに南京事件はなかったと吹き回っている」。嘘も百ぺん言えば・・をやり尽くして、過去の醜い日本を隠そうとしているのだが、一体何のために。著者は、その「目的」をこう述べている。

『現在に続く、教科書議連の教科書攻撃を組織的に大きく支えているのが、1997年に結成された日本最大の右翼組織「日本会議」である。日本国憲法を「改正」し、天皇中心の日本、「戦争する国」を目指す「日本会議」の方針を、国政において実現しようと同時に組織されたのが、超党派の「日本会議国会議員懇談会」・・・・
「日本会議」は、歴史認識の問題でも、「南京虐殺はなかった」「従軍慰安婦はでっち上げ」「東京裁判は誤り」「首相は靖国神社を参拝せよ」「大東亜戦争は祖国防衛・アジア解放の戦争だった」「植民地支配では良いことをした」などと主張している』

 本気でこんなことを考えているのだろうか。にわかには信じ難いのだが、「『夢』の実現のためには、史実でも何でも乗り越えていく」と、そんな狂信者も多いのかも知れない。ヒトラーの夢は、史実として狂信者のそれと今なら世界が知っているのだが、その狂信者が世界史を握りかけた時期もあったのである。

コメント (11)
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