先輩のジャーナリストからの投降です。
ちょっと長い記事ですが、とても良い分析です。 楽石
「労働者派遣事業報告」「有効求人倍率」(厚生労働省)の各紙報道
2007年12月29日 大西五郎
厚生労働省は12月28日「労働者派遣事業の平成18年度事業報告の集計結果」を
発表した。
これは厚生労働省が労働者派遣事業者に平成18年度の業務実績について報告を求め、
これに回答した23,938事業所の事業運営状況をまとめたものである。
各紙ともこれを29日朝刊で報じたが、朝日、毎日、読売、中日、日経の各紙の記事を、
インターネットで取得した厚生労働省の報道発表資料と照らし合わせながら比較した。
◇日経3段、中日2段、読売横2段、他は1段ベタ記事
まず、見出しの表現と段数、記事の行数から、各紙のこの問題の重視度を
見てみる。
朝日「昨年度は321万人 派遣労働者最多」 1段 21行
毎日「派遣労働者数最多の321万人 06年度」 1段 34行
読売「派遣労働者、最多の321万人 06年度26%増 会社側マージン3~4割」
横見出し2行 1行2段組31行 グラフ付き
中日「派遣労働者数321万人 06年度26%増で過去最高」 2段 37行
日経「派遣労働者26%増 昨年度321万人 賃金は0.5%増 3段 44行
で、読売の記事が一番詳しかった。
◇派遣労働者の賃金に触れても、登録派遣労働者の賃金の低さを問題にせず
次に記事の中で説明していた事項について比較する。
厚生労働省の報道発表資料には[概要]と[詳報][表・図表]があったが、
[概要]のデータだけで記事にしたもの、
詳報によって解説を加え、表のデータを引用して記事を完成させたもの、
の二通り分かれた。
また、派遣労働者の数の増加に重点をおいた記事と数の増加に加え賃金問題にも
目を向けたものとに分かれた。
(この項の一覧表は上手く転載できませんでしたので割愛します。)
・全ての記事が「派遣労働者が321万人で前年比26.1%増で過去最多」に
なったことを伝えていた。
・派遣労働者のうち、派遣会社に常時雇われている常用雇用労働者が
87万人(42%増)、仕事があるときだけ派遣会社と雇用契約を結ぶ
登録型派遣が234万人(21%増)で、
常用型の増えた率が多いことを指摘した記事(中日)があったが、
実数は登録型の方が圧倒的に多いことを指摘したのは1社(朝日)だけだった。
・派遣労働者の増え方を全般に前年と比較していたが、
過去にまで遡って比較した社もあった。
(読売は「99年の3倍になった」、
毎日は86年以降の推移「99年に100万人を超え、02年に200万人、06年に300万人を超えた」)
・派遣料金は一般労働者派遣事業が15,577円(前年比2.1%増)、
通訳などの特定労働者派遣事業で22,948円(同0.3%増)だったが、
派遣労働者の賃金は8時間換算で一般が10,571円、特定が14,156円と
派遣会社のマージンの多さ(3~4割)を指摘したのは読売と中日だけだった。
・派遣労働者の賃金についての厚生労働省の発表は、
常用雇用と登録者を分けずに平均値を出していたが、
厚生労働省の資料からも、登録者に多いと思われる
「建築物清掃」の賃金が6,995円(8時間労動の場合)で、
常用雇用が多いと思われる「ソフトウェアー開発」15,167円、
「機械設計」13,315円に比べ約半分の賃金になっていることがわかる。
こうした点に目を向けた記事はなく、記者の問題意識の希薄さが現れていた。
◇有効求人倍率の記事でも同様のことが
厚生労働省は同日「11月の一般職業紹介状況」を発表し、
有効求人倍率が0.99倍となり、前月を0.03ポイント下回った
(有効求人は前月比-3.1%、新規求人は同じく-10.9%)という記事が
28日の各紙夕刊に掲載された。
厚生労働省の発表では、概要説明でも
「正社員の有効求人倍率は0.63倍となり、前年同月比を0.03ポイント下回った」と
正社員の採用数が求職数に比べ大幅に少ないことを明らかにしていたし、
付表を見れば「常用的パートタイム(派遣労働者・契約社員を含む)の
有効求人倍率が1.31倍」で、
平均の有効求人倍率の数値をパートタイムの数値が
押し上げていることが分かる。
◇ジャーナリズム精神の衰退を嘆く
厚生労働省担当記者は、このところ年金問題、薬害問題で連日
忙しくて大変なことは分かるが、
今ワーキング・プアという言葉に象徴される貧困と格差が
大きな問題になっており、
新自由主義経済政策の下で、非正規雇用が広がったことが
その原因としてきされている中で、
本来なら厚生労働省に登録派遣労働者の賃金の詳細なデータを
要求すべきであるのに、それをしなかったものと思われる。
単に官庁の発表文をそのまま引き写したような記事で、
派遣労働を単に増減の数値だけで伝えるのは記者・編集者(デスク)の
ジャーナリズム精神の衰退を表していると言える。
◇どこに視点をおくのかの問題
同様なことはトヨタ自動車の過労死事件の判決確定報道でも見られた。
トヨタ自動車の過労死事件の名古屋地裁判決について国側が控訴しないことを
決め、地裁判決が確定した。
12月15日の各紙朝刊は、トヨタの「CQサークル活動は時間外労働に当たる」と
認定されたことから、
今後トヨタがこの問題をどう扱うかが問題となると一様に指摘していた。
つまり、職場の能率向上を図る「カイゼン運動」を
トヨタが会社の指揮・命令の及ぶ所業と認めて、
労働時間として扱うのかどうかが問われたのだが、
しかしその視点は「今回の判決確定を受け、
トヨタが両活動(註「CQサークル活動」と「創意くふう提案」)を
すべて業務として賃金を支払えば、
労務コストが増加して競争力の低下を招く」(毎日)という
解説に見られるように、
過労死を招くようなトヨタの労務政策こそ問われなければならないのに、
その指摘は弱く、むしろ経営の視点から確定判決の影響を見るものだった。
(了)