橋下の読むのも恥ずかしくなるような発言、しかも公の立場で得意げに、沖縄の米軍司令官にまで説教を垂れたというのだからもう呆れ返るしかないのだが、本日、予想通り石原という人がこれを擁護する発言を繰り返している。
一方では、高市という自由民主党政務調査会長が、村山談話の見直しと侵略などはなかったのではという趣旨の発言をしている。
こうした発言や、歴史認識に対する修正の勢い、さらには昨月の170人近くの国会議員が揃って靖国に参拝するという行為などが、安倍内閣の成立とともに、むしろ安倍氏の姿勢におもねるように増加しつつあることは誰の目にも明らかである。
これにより、中韓などの近隣諸国から強い抗議と不快感が表明されているのはむろん、アメリカからさえもあまりの逸脱に深い懸念を表明されるにおよび、菅官房長官のブレーキ発言や、安倍総理自身の国会答弁での後退などが見られるものの、事態は収まりそうにない。
これらは明らかに、いうかいわないかだけで、根っこのところでは安倍氏の歴史認識と完全にリンクしていて、従って、一見跳ね返っているようにみえる連中も、実のところではその立場上、公にはいえない安倍総理に代わっての言動なのだという意識なのであろう。
それから、安倍総理の一つの論拠であり、今回の橋下発言でも引かれている、「侵略の定義の曖昧さ」であるが、これをメディアが放置するのはおかしな話だ。
というのは、侵略の定義は国連で明示されていて、日本もそれを批准しているからである。
だから安倍総理がいっている侵略の定義は、彼の頭脳のなかで曖昧になっている(その原因は明らかな侵略をそうでないと思い込みたいための混乱)だけで、国際的にもまた事実の問題としても明らかだというである。
以下の国連定義に照らして、かつての日本の行為が侵略ではなかったと強弁することは極めて困難であろう。
http://www1.umn.edu/humanrts/japanese/JGAres3314.html
それにしても品性も欠片もないなんという野卑でおぞましいチームワークだろう!