Sixteen Tones

音律と音階・ヴァイブ・ジャズ・ガラス絵・ミステリ.....

うらなり

2006-07-23 11:02:03 | 読書
小林信彦「うらなり」文藝春秋(2006/6).

「漱石の妻」につづき,なつめさんの祖先つながりでもう一冊.さすが文豪は100年のときを隔ててなお,文筆家にネタを提供している.「うらなり」はあの坊ちゃんに出てくるさえない男.この小説はうらなりを主人公にかれのその後を描いている.ハードカバーだが新幹線片道で読んでしまった.純文学というのは歯ごたえがないものだ.

小説は山嵐とうらなりの銀座での再会から始まる.うらなりはその後何度か見合いの末,きれいな奥さんと一緒になる.年増となったマドンナが現れてうらなりを誘惑するが,うらなりは彼女に幻滅する.その後奥さんには先立たれたものの,うらなりはまあまあの人生を送ったようだ.

坊ちゃんは名なしで登場する.たしかに「坊ちゃん」本編でも彼には名前がなかったが,ここではうらなりに名前を思い出してもらえないのだ.「江戸っ子っていうのは,みなああなんですか」と,うらなりは山嵐に訊いているが,坊ちゃんの言動は彼の理解を超えており,その言動は不条理劇のように映る...という立場でこの小説は書かれている,

あとがき代わりに著者の創作ノートなるものが添えてある.これが本編くらいおもしろい.小説「坊っちゃん」は喜劇を透かして悲劇が見えるのだそうだ.たしかに狸や赤シャツという権威に対して,坊ちゃんたちのやることは蟷螂の斧という構図だ.山嵐とうらなりには権威に反抗する理由があるのに,江戸っ子の坊ちゃんは理由もなく軽薄に付和雷同して損するところが,うらなりには不条理に思える.

東京育ちの私には坊ちゃんの軽薄な付和雷同ぶりはかなり本能的で自然ななりゆきのように思える...というより,多くの読者にそう思わせたところが漱石の深慮遠謀かも.
コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

reading

/Users/ogataatsushi/Desktop/d291abed711d558e554bf7af66ee57d7.jpg