李人稙,波田野節子 訳「血の涙」光文社 (古典新訳文庫 2024/6).
この文庫の望月通陽によるカバーイラストは,咋今 具象的かつカワイイ方向を向かっていると思う.
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日清戦争の戦場となった平壌。砲弾が降り注ぐなか、多くの市民が逃げ惑い、家族の生死もわからずにいる。親とはぐれた七歳のオンニョンは情に厚い日本人軍医に引き取られ、新しい人生を歩むことになるが……。運命に翻弄される個人の姿を描く、「朝鮮で最初の小説家」と称えられた著者の代表作。
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訳者解説によれば,韓国の文学史では,古典と近代小説のあいだに「新小説」というジャンルが挟まっている.この「血の涙」は新小説である,というのことを大学の受験生は記憶しなければならないとか.新小説の特徴は「文章の言文一致」「素材と題材の新時代性」「人物と事件の事実性」だというが.訳者はあとがきでは「偶然の濫用」も指摘している.
1906 年に宗教機関誌に連載開始.「吾輩は猫である」の刊行年である.猫は苦沙味家でうろうろしているだけだが,こちらの舞台は朝鮮・日本からアメリカにまで発展する.太平洋上で「地球は丸い」論議があったり.登場人物が世界観・結婚観を披露する場面もある.
ただし文庫本 150 ページ弱に一家の運命を詰め込んだ大河小説の趣があり,筋を追うのに忙しい.かって映画雑誌では「風と共に去りぬ」を 1-2 ページに要約していたが,ああいう感じもある.上編でいったんハッピーエンドとなり,続く下編は尻切れトンボ.
「血と涙」というタイトルはそぐわない,とおもっていたら,この小説自体が 1912 年に「牡丹峰」と無難に改題され,内容も書き直された.それまでに朝鮮は独立を失った.著者自身起きたことは巻末の「年譜」に記載されている.
この小説には現在韓国が持つ反日感情はない.
図書館で借用した.
おもしろかった.
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