【社説①・03.09】:民具収蔵庫の不足 地域とともに考える契機に
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①・03.09】:民具収蔵庫の不足 地域とともに考える契機に
庶民の暮らしで使われ、工夫が凝らされて伝わった数々の「民具」を、どう保存し、継承していくのか。全国各地の博物館は、収蔵スペースが足りないという悩みに直面している。
昨年7月、奈良県の山下真知事は、県立民俗博物館の収蔵庫が満杯になったとして、所蔵する農具や生活道具の整理と部分廃棄を提案した。「価値のないものも引き受けてきたのではないか」と疑問を投げかけた。
これに対し、日本民具学会は、文字で記録されにくい民衆の生活史を物語る貴重な資料群であると反論し、知事の提案は「博物館や学問の理念そのものを脅かす」と声明を発表した。
1974年開設の同館は、県内から収集、寄託された農具や民具など有形民俗文化財4万5千点を所蔵する。設備の老朽化から、資料の半数を廃校舎や土木事務所に仮置きしている。
このため、県は専門家の委員会を設け、収集や保存に関する基準を策定した上で、3次元データで残すデジタルアーカイブ導入や、基準に満たない資料は市町村や民間への譲渡か、廃棄で集約する方向を示した。
ただ、民具は複数あることで比較研究でき、後で価値が見直されることもある。地域の生活と密接に関わり、土地から切り離せば意味を失いかねない。安易な現物廃棄は避けたい。
京都と滋賀の施設でも、増え続ける民具の置き場は課題だ。
特に過疎化や高齢化が進む地域では、増加する寄託や寄贈を引き受けられない事例も多い。収蔵品があふれ、プレハブ倉庫や公民館に仮置きする施設もある。職員たちは「住民共有の財産を簡単には処分できない」というジレンマを抱える。
高度経済成長期、失われゆく民具の収集運動が盛り上がり、各地で博物館や資料館ができた。半世紀以上たち、自治体の財政が逼迫(ひっぱく)して予算や人員が削られる中、多くの施設は収蔵庫を増設する余裕がない。
法政大の金山喜昭教授らが全国の公立施設に収蔵庫に関して尋ねたアンケート調査で、3割超が「入りきらない資料がある」とし、4割以上が「ほぼ満杯状態」と答えた。
問題は、どのような資料を収集し、どう活用するのか、理念と指針が不明確なままであることだ。廃棄や散逸を見過ごせない難しさもあっただろうが、議論を尽くし、一定の基準づくりは欠かせない。
一方で、複数の館が連携し、農業や漁業など分野別に分担して保管する動きも出ている。愛知県では、公立3館が共同収蔵庫を設ける計画を進める。
顧みられなかった生活道具に価値を見いだす「民芸」という言葉が誕生し、今年で100年となる。何を残し、伝えていくか。民具を最もよく知る地域の住民たちが関わり、ともに考えていくきっかけとしたい。
元稿:京都新聞社 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2025年03月09日 16:00:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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