たんぽぽの心の旅のアルバム

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フランクル『夜と霧』より-第ニ段階収容所生活-発疹チフス収容所に行く?

2024年12月20日 19時51分45秒 | 本あれこれ

フランクル『夜と霧』より-第ニ段階収容所生活-収容所のユーモア

「だが、わたしの幸運はこれにとどまらなかった。

 四日後に夜間シフトの労働中隊に配属されることになったとき、わたしの死はもう決まったようなものだった。ところが、医長がふらりと静養棟にやってきて、発疹チフス患者が集まっている収容所に医師として勤務することを志願しないか、と言ったのだ。友人たちが懸命にとめるのを聞かず、またほかの怠惰な同業者の打算的ふるまいを尻目に、わたしはその場で志願した。労働中隊に入ればまもなく死ぬことは目に見えていた。どうせ死ぬなら、意味のある死に方をしたい。どう考えても、医師としてすこしでも病気の仲間の力になれることは、腕の悪い土木作業員としてかろうじて生き、あげくくたばるよりも意味がある。

 これは単純な比較の問題であって、英雄的な犠牲的行為ではなかった。

 その軍医は、発疹チフス患者がいる収容所に勤務することを志願したわたしたちふたりの医師に、移動するまで静養棟にいられるよう、ひそかに手を回してくれた。たしかに、わたしたちはあまりに憔悴していたので、そうでもしなければ医師二名が使い物にならなくなり、収容所に死体が二体増えただけだっただろう。

 強制収容所の写真を見せられたとき、記憶はこうしたすべてのことを、まるで魔法のように、わたしの心の目にありありと描いて見せた。わたしがすべてをかたると、相手は、わたしがその写真をちっともひどいとは思わないことや、そこに写っている人びとがこれっぽっちも不幸だと感じていないとわたしにはよくわかるということを、理解してくれた。

 すでに述べたように、価値はがらがらと音をたてて崩れた。つまり、わずかな例外を除いて、自分自身や気持ちの上でつながっている者が生きしのぐために直接関係のないことは、すべて犠牲に供されたのだ。この没価値化は、人間そのものも、また自分の人格も容赦しなかった。人格までもが、すべての価値を懐疑の奈落にたたきこむ精神の大渦巻きに引きずりこまれるのだ。人間の命や人格の尊厳などどこ吹く風という周囲の雰囲気、人間を意志などもたない、絶滅政策のたんなる対象と見なし、この最終目的に先立って肉体的労働力をとことん利用しつくす搾取政策を適用してくる周囲の雰囲気、こうした雰囲気のなかでは、ついにはみずからの自我までが無価値なものに思えてくるのだ。

 強制収容所の人間は、みずから抵抗して自尊心をふるいたたせないかぎり、自分はまだ主体性をもった存在なのだということを忘れてしまう。内面の自由と独自の価値をそなえた精神的な存在であるという自覚などは論外だ。人は自分を群集のごく一部としか受けとめず、「わたし」という存在は群れの存在のレベルにまで落ちこむ。きちんと考えることも、なにかを欲することもなく、人びとはまるで羊の群れのようにあっちへやられ、こっちへやられ、集められたり散らされたりするのだ。右にも左にも、前にも後ろにも、なりは小さいが武装した、狡猾で嗜虐(しぎゃく)的な犬どもが待ちうけていて、どなったり、長靴のかかとで蹴りつけたり、あるいは銃床(じゅうしょう)で殴りつけたりしながら、ひっきりなしに前へ後ろへと追いまわす。わたしたちはまるで、犬に嚙みつかれないようにし、隙さえあればわずかばかりの草をむさぼることで頭いっぱいの、欲望といえばそんなことしか思いつかない羊の群れのようだと感じていた。

 そして、おびえて群れの真ん中に殺到する羊そのままに、だれもかれもが、五列横隊の真ん中になろうとし、さらにはできるだけ全中隊の中ほどにいようとした。そうすれば、中隊の横や先頭やしんがりにいる監視兵から殴られにくいからだ。さらには、中ほどにいれば風がまともに吹きつけないという利点もあった。

「強制収容所に入れられた人間が集団の中に「消え」ようとするのは、周囲の雰囲気に影響されるからだけでなく、さまざまな状況で保身を計ろうとするからだ。被収容者はほどなく、意識しなくても五列横隊の真ん中に「消える」ようになるが、「群衆の中に」まぎれこむ、つまり、けっして目立たない、どんなささいなことでも親衛隊員の注意をひかないことは、必死の思いでなされることであって、これこそは収容所で身を守るための要諦だった。」

(ヴィクトール・E・フランクル、池田香代子訳『夜と霧(新版)』2002年 みすず書房、80-83頁より)

 

 


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