人は何のために働くのか。この問いにきちんと答えられる人がどれだけいるだろうか。私たちは働くという日常的実践的なる行為を通して自分の資質を生き生きと表現できているのだろうか。働くことがあまりにも当たり前になりすぎているために、私たちは自分へのこうした問いかけを忘れてしまっているのではないだろうか。現実に私たちは、職業人として働いている。職業は私たちの生活空間の中で大きな位置を占めている。私たちは人生の大部分を職業人として過ごす。現代社会では、自ら参加していくというよりも、それを当たり前のこととして職業生活に参加していく。そして、社会からの一定の期待に答える行動として職業生活を営む。職業活動には、すでに一定の規範と役割が存在しているのであり、それは、個人的裁量に基づいて行われるものではない。期待される役割がある。職業人として働く私たちは、一定の社会的役割を負っている。こうした職業活動は、私たちの幸福にとってどのような意味をもつのか。お金のために辛抱して働くというのではない、自らやっていることとしての働くということ、人間のこととしての働くということをここで改めて考えてみたい。この論文で働くことの意味を結論づけることはできない。学びの場、成長の場、自己確認の場であるという視点を考えてみるに留まる。
まず、資本主義の中での労働ということについてあらためて考えてみると、私たちが所有する労働力は、商品とみなされ、私たちは匿名的な存在となりやすい。経済が人間のための手段ではなく目的になってしまっているのだ。市場経済システムは<経済的>人間が<本来的>な人間であり、したがって経済システムが<本来的>な社会であるという誤った結論を避けることをほとんど不可能にした。社会全体が経済主義的思考様式へ転換させられた。また、資本主義経済の市場において、労働は本来商品として生産されるものではないのに、土地・貨幣と並んで市場で自由に購入される商品に転化させられている。生活のために労働力を売るしかない人たちと、たえず利潤を求めて動く人たちとが存続するかぎり、市場経済は生き続こうとするし、市場経済が制約なしに一般化しているかぎり、その社会での人間生活を全面的に侵蝕しないではおかない。経済人類学者K・ポランニーは、人間が人間らしい相互関係を保ちながら生活するために、無軌道な剰余価値生産経済に対して警告した。今日我々が直面しているのは技術的には効率が落ちることになっても、生の充足を個人に取り戻させるというきわめて重大な任務である、と。働く人間が労働を、その目的の明確な、労働対象を正確に掌握した、仲間との連帯をしっかりしたものにするという希望が生まれてくる。技術の進歩による生産の限りない独走と利潤追求の猛烈な競争とを制御し、人間と自然との調和した交流を見失わぬ労働でありたい。[i] 生きた人間生活を取り戻すことが求められる。
組織にとって匿名的な存在である個人の主観は問題ではない。T・ルックマンの次のような記述を引用したい。社会構造がいくつもの制度に分割されることによって、個人と社会秩序全体との関係は大きく変わった。“社会的存在”としての個人は、専門化した社会的役割の遂行にあたっては、匿名的な存在となる。したがって、その際には、一人の人間としての存在とか、その人間の個人史にかかわる意味の問題といったものは重要でないものとなる。・・・制度領域での行為の意味付けは、人間の個人史にかかわる意味づけの文脈とは遠く隔たっている。制度上での行為の意味づけを、主観的な意味体系に統合できなくとも、経済的政治的制度の機能を効果的に動かすうえでは支障ない。たしかに、社会的場面での行為者としては、個人は制度的規範の支配から免れることはできない。しかし、制度的規範の“意味付”は、個人のアイデンティティにはほとんど影響を与えない。またそれは、主観的な意味体系の中では、“局外者的”な立場しかとらないので、意識形成の面では個人は制度的規範からの影響をかなりの程度免れている。機能的合理的な制度に基づく専門的な役割の匿名性が増大するに従い、個人は取り換えの聞く存在となる。より的確にいえば、行為に際しての主観的で個人史にかかわる問題は、制度的領域の観点からは取るに足らない問題となる。[ii] このような労働の場においては、私たちは常に行き止まりの路地を歩いていることになる。両手を縛られ、目隠しされたまま日々働いていることになる。どのような職業についているかということは、人々を識別するための主要なてがかりとなるが、現実にサラリーマンが職業を言うとき、固有の意味の職業のかわりに属している会社その他の組織体を使う場合が多い。組織人であるということの中に自らを閉じ込めてしまっているのだ。組織の生活の中で個人はその運命を自分の手の中にもぎとらなければならない、とホワイトは述べている。組織人としてではなく「個」として私たちはあらねばならない。労働によって人間が非人間化されることを望む人はいないはずだ。労働を通じて私たちは己を社会的世界に関係づけるのだ。[iii]
黒井千次は、僕にとっての企業とは、自分をも含めて現代において<生きる>とはいったいどういうことなのかをきわめて日常的な姿で学ぶ場であった。学ぶことは取材することによってではなく、企業の中の日常を生きることによって得られた。そこには様々な形で指摘される現代の諸矛盾が生々しく横たわり、あるいは未来を垣間見ることができるのではないかと思えるような緊迫した現象が傷口のように赤く口を開いていたりしていた。つまり、そこは「人間喜劇」の集中的表現の場のように思われた、と述べている。そこは一人の人間のささやかな、しかし彼にとっては全てである誕生から死滅までの軌跡をすくいあげるには不十分だが、現代における広大な空間を形成するものであったのだ。黒井は、企業組織に属することによってそれまでの自己確認の方法の非力を悟らせられたことを次のように記述している。黒井の自己確認への衝動は10代に始まった。10代の時には、目で見ることができ、手で触ることのできる、狭くはあっても確実な世界があった。しかし、学生時代を終えて自分で選択した企業の中に身を浸した時、ぼくは突然自己の姿が目の前から消えて行きそうになるのを感じた。完全に消え去ることはもちろんありえなかった。しかし、それまで幅も厚みもあり、重量も、水分さえも含んで感じられていた現実的な自己というものが、急にスクリーンの上に動く影にも似て平面的なものへと変貌してしまうことに気づいた。日向から闇の中にいきなり踏み込んだ時、そこにあるものの姿を認めることができないようなものだったのかもしれない。つまり、それまでぼくが持っていた自己確認の方法は、闇の中に動き出した自己を捉えるのにはあまりに弱いものだった。しかも、闇の中の錯綜する他との関係を通して、捉えようとする対象である自己自身が複雑に変化し始めている。以前とは違った環境の中で、以前とは異なった動きを示し始める自己を捉えるのに、自己の内部から自己を見るという単軸の構造は無力だった。動いていく自己を捉える主体である自己自身も当然動いていく。この中で自己を確認するためには、自己の外側に一つの客観軸を確立することが不可欠となった。このように企業に勤めることによって起こった自己確認の変化は、単なる一つのきっかけにすぎなかったかもしれない。しかし、現代社会の中に生きる以上、現代社会のゆがみと矛盾の集中的な表現の場であり、微やかな可能性の実験の場でもある、現代の企業という場所において改めて自己に向かい合ったことの意味は大きく重いものである。企業社会は常に現代社会そのものの凝縮体に他ならない。黒井は現実の社会機構の中に意識的な成員として組み込まれた中で始まった自己確認においては、自らも変化し続ける運動体であると述べる。そこに動こうとする自己へ対自的な接近は、いわば運動する自己への探索であり、運動を通しての自己確認であるといえる。自己を客観的な軸の座標により明らかに動くものとして把握する行為は、自己確認から自己実現へと僕を立ち向かわせるもののように思われる。なぜなら、ここにおける自己は運動体なのであり、それは一瞬、一瞬に位置を買え、その運動のエネルギーによって自らも変化し続ける存在だからである。運動体である自己には当然運動の法則があり、法則の中における運動方向の自由な選択があり、運動の結果に対する認識がある。つまり、動く自己を可能性として捉え、その極限にまで自己をおいつめてみたいという衝動が生まれる。自己を取り巻く生の枠組みが強固であり、そこに残されている自由の幅が狭ければ狭いほど、ぼくは自己のもつ自由の限界をさぐり、次にそれを突破する可能性を探さないわけには行かなくなる。それは自己確認から出発しつつも既にその枠を超えた可能性としての自己実現の衝動に他ならない。この可能性は現実性ではないわけだから、その衝動が実現する保証は常にはない。しかし、そのことは今ほとんど問題にならない。なぜなら、可能性は可能性として人間のうちに孕まれることが重要なのであり、そこにこめられる熱い願望の密度が問題なのであり、現実性への転化の打率によっておしはかられるものではないからである。人間の生の全体は、行為の結果の総計として捉えられるものではなく、行為の中に籠められた熱い思いによってもまた。測られねばならぬものだろう。[iv] 黒井の記述を長く引用したが、様々な葛藤を経験する日常的な労働の場は私たちにとって変化し続ける自己の確認の場であるということが言えるだろう。社会的世界の中で他者との対応を通じてこそ、私たちの自己確認は可能となる。自己の位置確認と存在証明は、他者たちとのコミュニケーションと社会的世界への参加を通して行われる。何が厄介といって、人間関係ほどむずかしいものはない。逃れようにも、こればっかりはどこまでも付いて回る。私たちは、この煩わしさを引き受けなくてはならない。[v] 組織に入れば、すでにそこには人間関係がセッティングされていて、その中に自分が入っていかなければならないのだ。好きも嫌いも言ってはいられない。相手がどんな人であろうと、否応なしに、その人たちは同僚となり先輩となり上司となる。自分が間違っていなくても謝らなくてはいけないこともあるし、愛想笑いをしなければならない時もある。理不尽だと思いながら、時として、こういうことも受け入れなければならない。彼ら彼女たちは、他人と接するときは自分の感情をコントロールしなければならないと思い込んでいる。でも、それが苦手でしょっちゅう失敗する。そんな自分は社会に適合しない、ダメな人間だと考え、悩んでいるのだ。彼ら彼女たちにとっての毎日は、壊れたイスに無理やり座らされているように居心地が悪く、背骨が痛くなる日々なのだ。[vi] そうした中で私たちは自己に向き合う。自己は日々変化する運動体なのだ。
やむことのない自己確認への衝動に駆り立てられた黒井は、「サラリーマン」という言葉によって一群の人間を捉えることは間違っていると述べる。黒井が述べるところによれば、一人の人間の生活の全体、または主要な部分を取り出してそれに名を与える時、この呼び名は衰弱した印象しか与えない。「サラリーマン」という表現は職業を表わすものではなく、給与生活者という経済的な生活形態を表現するものである。しかしこの言葉が使われ、それによって名指される一群の人々の問題が論じられる場合、そこには抜きがたい「サラリーマン」のイメージが定着している。「サラリーマン」というとき「哀歓」とか「悲哀」とか言う言葉が連想される。このような貧血的なイメージしか沸いてこないのは、「サラリーマン」という言葉には、結果についての表現しかないからだ、と黒井は述べる。つまり、ある人間が給料を支払われるのは、それが労働の結果だからであるのに、この原因の部分が脱落してしまっている。「サラリーマン」からは何の労働のイメージも生まれてこない。そこには消費のイメージはあっても生産のイメージは拒まれている。うずくまる悩みの湿気を感じることはあっても、ダイナミックな苦しみや怒りの熱を見出すことは困難である。このようなことは、「サラリーマン」の実生活において「労働」が意識面から追放されている、または追放することが熱望されていることによって起こる。自分のことが自分で決められない一つの機構の中に埋め込まれた、いつでも取り換えのきく一片の歯車のようだという捉え方は「サラリーマン」の敗北性に関係がある。企業体の目的を遂行するために機構はあるわけだし組織は生み出されるのだから、組織の中で生きる人々の問題を生身の人間の側から考えていくためには、組織が作り出された目的そのものと人間との関係を明らかにしなければならない。組織の原点と人間の原点、この両点の衝突の場に「労働」はある。そして「サラリーマン」という言葉の中からは不思議にこの「労働」の部分だけがするりと抜け落ちている。ここに「サラリーマン」という言葉の欺瞞性がある。自分を「サラリーマン」であると認めたとき、あるいは「サラリーマン」と他人によばれることを自らに許したとき、彼は自分で自分を騙したことになる。なぜなら、そのとき彼は自分の「労働」から逃げ出して、無責任にも自分を曖昧模糊とした「サラリーマン」という名の影に売り渡したことになるのだから。彼がどのように巧妙に自己を欺いたとしても、朝になれば彼は職場に出かけていくのだし、二日酔いであろうが寝不足であろうが出勤すればそこに厳としてかれの労働が彼を待ち構えているのだから。[vii]
以上のような黒井のサラリーマンについての記述は「被差別者の自由」を享受するOLにも当てはめて考えることができるのではないだろうか。ここで、この論文の視点であるOLに立ち返りたいと思う。OLという言葉には、すでに繰り返し記してきたようなイメージがあり、そこには、生きがいに結びつくような労働は抜け落ちている。仕事はお金を得るための手段と割り切って働き、私生活での充実を求める。OLにとって労働は、収入を得るためにやむを得ず引き受けるものであり、常に厭わしいものである。このような生き方では、「職業に生きる」ことはできない。私たちが到達し得る生きがい、確保し得る幸福は職業生活の外側だけにあり、したがってそれはハーフハピネスでしかない、と尾高邦雄は述べている。[viii]では、私たちが日々苦痛と感じ抜け出したいと願っているのは労働そのものなのか。否、私たちが脱出を願っているのは、現在の労働または現在の労働のシステムなのではないだろうか。OLにとって、人間と労働との真の出会いであり、労働という行為がその中に本質的に持っている創造機能が瞬間的であれ活動する、[ix]という場面は極めて稀である。さらに労働からは目的が奪われている。自分の仕事の結果がどのような意味をもつのかを私たちは知ることができない。組織の中で部分的な労働にしか携わっていないので、全体像が見えてこない。全体が見えなければ部分を正当に把握することもまた不可能になる。企業活動における各機能の把握とは、いわば抽象的な視点を企業内に据えたものであるのに対し、労働を見つめる視点はむしろ具体的な個人の中に根ざしている。労働の主体である個人の中にありながら、その視線は個人を超えて直接的に生産者と消費者を結びつけてしまう。その視線の中に初めて僕らの労働の全体像は浮かび上がる筈なのに、この目を労働の細分化の中で私たちは奪われているのだ。[x]
では、労働の中に働きがいを見出せないことを私たちはどれだけ深刻に自らの問題として意識しているだろうか。巨大な管理組織の中で自分自身を探し出すことはほとんど絶望的な作業ではあるが、別の方向から光をあててみるならば、いわば管理社会の小典型である企業組織の中でこそ、人間はどのように生きることを望むものであり、どこにその手がかりを得ることができるかが先駆的に問われているのであり、その答えを求められている。決して生きよくはない組織の網の目の中で人間として直立するためには、先ず自らの労働に目を向け、そこに自己の原点を探り直し、その地点に突破口を見出す以外にないのではないだろか。そのためには意識面で労働から逃げ出すことを自分に拒絶することから全ては出発する。[xi] フロムに沿っていえば、私たちには本来「ありたい」という欲求がある。私の中心は私の中にある。私のある能力と自らの本質的な力を表現する能力とは、私の性格構造の一部であって、それを左右するのは私である。持つことは何か使えば減るものに基づいているが、あることは実践によって成長する。理性の、愛の、芸術的、知的創造の力、全ての本質的な力は表現される過程において成長する。[xii]
OLの仕事は見たところ、受動的である。しかし、自らの労働に目を向け、組織の中にあって「個」を失わない、具体的には、仕事を通して自己の内面を律することのできる「職業意識」を求めている状態は、フロムが言うところの、行動としての主体を経験しない「疎外された能動性」の状態ではないと考えたい。職業意識だけが、管理組織そのものに内側から対決していくことができる。会社とはいくつかの職業が一つの目的に向けて組織された場所に過ぎないが、職業とは産業社会において人間の自立を保障する根源的な支えである。[xiii]OLに大切なのは、職業人としての自立意識ではないだろうか。キャリアは単に仕事・経歴をさすものではなく「生涯に経験する全ての職業、行動、考え方、姿勢」まで含む、自己実現、人生そのものをいう。[xiv]キャリアを充実させるためには、自ら良き指導者との出会いを求めて主体的に動いていくことの重要なことを松永真理は述べている。岐路に立ったとき正しい判断ができる助言を得られるメンターとの出会いは、誰にもある才能を生かすきっかけを生む。日本型雇用慣行の中で多く見られた男性管理職者は、自分の体験した枠組みでしかものをとらえられない、自分たちとは違う価値観や違うやり方を理解しようとしない。彼らは女性や若手にとって指導者ではなく、監視者である。松永は、勤勉の先が見えなくなってきている今の日本企業に、仕事を指示するだけの上司ではない、個人の力の結集を組織の力につなげてあげる良き指導者、メンターの存在が働く者にとって重要であることを強調する。これまでの組織長は、がんばれば課長にする給料をあげると言っていればよかった。つまり、出世のメカニズムにのっとって、ニンジンを鼻先にかかげていればよかったのである。ところが、今やポストはない。原資も少ない。そうなると、誰がいったい組織長についていくというのだろうか。これまでなら、人間として尊敬できなくてもニンジンさえあれば、人はついてきてくれたものだ。だが、もうそれは期待できない。だとしたら、人は何のために働くのだろうか。松永はこう述べている。出世だけでもない。お金だけでもないとしたら、それは、自分の能力が開発される喜びを得たいためである。これまで、日本人は自分を犠牲にしても組織のために働き続けてきた。そうするだけのメリットを手にできたからである。しかし、日本企業の中で、出世のヒエラルキーは崩れつつある。組織の中で働く者は、監視者ではなくコーチングできる人、つまりメンターの存在なくしては働く意味がなくなってきている。[xv] 組織には必ず目標があり、それに向かって私たちは仕事を行っている。しかし、組織の目標が個人の目標や生きがいになっているとは限らない。むしろそのギャップはどんどん広がっていると思われる。個人の目標の見えにくい時代になった今、私たちは共通の組織目標を大切にしながらも自分で自分の目標を創り出す力が求められている。[xvi]
『日本株式会社の女たち』に、大手電機メーカーの関連コンピューターソフト会社で業務部次長をつとめる41歳の女性が紹介されている。彼女を特徴づけているのは、自分のやりたい仕事の実現に必要な条件を、自力で調達しようとする自分へのひたむきな忠実さである。彼女の励みは、米国で著名なコンピューター研究者と意見交換したときの彼の言葉だ。「あなたを引き上げるものは、従来の会社員のように会社への忠誠心ではなく、仲間からの賞賛でもない。ただ、あなたが心からやりたいと願う仕事だけがあなたを引き上げてくれる」。[xvii] 私たちは、生きるに値する人生、より大きな幸福と、私生活と仕事での発展と成功のために、自分のキャリア形成のために働くのだ。それこそ、「疎外されない能動性」の状態、「あること」であると言えよう。最後にアランの『幸福論』から引用したい。どんな職業でも、自分が支配しているかぎりは愉快であり、自分が服従しているかぎりは不愉快だ。人間はもらった楽しみに退屈し、自分で獲得した楽しみのほうをはるかに好むものなのだ。しかもなによりも行動し獲得することを好む。[1]
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引用文献
[1] アラン著、串田孫一・中村雄二郎訳『幸福論』141-142頁、白水社、1990年。
[i]清水正徳『働くことの意味』171-186頁、岩波新書、1982年。
[ii]片桐雅隆「労働・余暇・私化」山岸健・江原由美子編『現象学的社会学・意味へのまなざし』279-282頁、三和書房、1985年。
T・ルックマン著赤沼憲昭他訳『見えない宗教』ヨルダン社、142-143頁、1976年より引用。
[iii] 山岸健『日常生活の社会学』75頁、NHKブックス、1978年。
[iv] 黒井千次『仮構と日常』22-33頁、河出書房新社、1971年。
[v] 松永真理『なぜ仕事するの?』51-52頁、角川文庫、2001年(原著は1994年刊)。
[vi] 『コスモポリタン2001年11月号』31-32頁、集英社。
[vii] 黒井、前掲書、159-164頁。
[viii] 尾高邦雄『職業の倫理』67-68頁、中央公論社、昭和45年。
[ix] 黒井、前掲書、165頁。
[x] 黒井、前掲書、167-168頁。
[xi] 黒井、前掲書、172頁。
[xii] E・フロム著、佐野哲郎訳『生きるということ』154頁、紀伊国屋書店、1977年。
[xiii] 黒井、前掲書、178頁。
[xiv] キャロル・カンチャー著、内藤龍訳『転職力-キャリア・クエストで成功をつかもう』8頁、光文社、2001年。
[xv] 松永真理、前掲書、171-172頁。
[xvi] 全国大学・短期大学実務教育協会編『オフィス・スタディーズ』142頁、紀伊国屋書店、1994年。
[xvii] 竹信三恵子『日本株式会社の女たち』139頁、朝日新聞社、1994年。