12月30日(水) 今年もあと1日![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyoko_cloud.gif)
孫達は大阪から帰宅せず嫁の実家塙町へ。昨夜息子だけ帰宅しラッシュを迎えに来た。飼い主がわかる。自分の家に連れていいってもらって、息子と寝た。今日はとても安定した状態で我が家にやって来た。飼い主と一緒の場所で過すのが一番。
子育ての頃長く預かってくれる人を見つけるまで3歳の娘をあちこちに頼んで勤めていた時、娘の不安定な状態をこの犬の状態がオーバーラップしてしまった。
先延ばし先延ばししてきたがいよいよ明日は大晦日。神棚、仏壇、客間などの掃除をした。玄関には、昨年も飾った松竹梅の鉢を置いた。ヒーターで温度調節しながら梅の開花を調整。今年も梅一輪が開花。他の蕾も膨らみ元旦には数個開花する。正月飾りはこれでOK。経費節約となった。
9日(水)
大徳寺
火曜日から来た京都ウオーキング講座の仲間と午後1時大徳寺で落ち合う約束。詩仙堂前にタクシーが来たので乗車し大徳寺へ(1,440円)。約束の時間には1時間くらい余裕があったので昼食をとる。大徳寺前の食堂は高い。普通の昼食ならと食堂を紹介してもらった。残念なことに工事中。仕方がなく露地をぶらり。みつけた食堂でラーメン定植。量が多すぎて食べきれない。(800円)
四方山話しをしていると、店主が近くに弁慶が牛若丸に負けるまで千本の刀をとるために夜な夜な橋の上で待っていた。その時腰かけていた石があるという。物好きなので出かけてみた。1本露地を間違えてうろうろしていたら地元の人が案内して見学の橋渡しをしてくれた。さすが、観光の町京都。みんなが観光案内人。会津若松市民もこの精神でボランティア案内できるようになろう。場所は、米屋さんの狭い庭にあった。昼食中に関わらずここよく部屋に通してもらい写真をパチリ。京都市で看板を建てているが???????。の石であった。興味のある方はどうぞ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/9e/da5ffb55136acec835160a9d498c5088.jpg)
大通りを横切り門前町を通って大徳寺へ。一休さんこと一休禅師が再興した大寺院。名庭といわれる庭園が集中。魅力ある塔頭も数多く存在する。独自の美意識を持ち、見るものに忘れられない印象を残す寺院が多い。禅や茶の湯を芸術の域に高めた先人の美の遺産に出会うエリアである。
臨済宗大徳寺派の大本山。宗峰妙超(大燈国国師)が鎌倉末期に小さな寺を建てたのが始まり、花園上皇や後醐醍天王の庇護を受け、五山第一位に列されるなど大寺院に変貌を遂げた。室町時代になってから五山を離脱。応仁の乱で数多くの堂宇を焼失したものの、文明年間(1469~87)に一休禅師が再興。現在は24の塔頭のうち4院が常時拝観を行っている。茶の湯やさまざまな歴史との深い関わりを今に伝えている。
が鎌倉末期に小さな寺を建てたのが始まり。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/49/8e866ff69c9f7499f8f4c53d77fab1a2.jpg)
広いので約束の場所がわからない。案内図をしっかり見て「黄梅院」の場所を確認。携帯電話で連絡を取りあいグループと落ち合った。
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![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_fine.gif)
子育ての頃長く預かってくれる人を見つけるまで3歳の娘をあちこちに頼んで勤めていた時、娘の不安定な状態をこの犬の状態がオーバーラップしてしまった。
先延ばし先延ばししてきたがいよいよ明日は大晦日。神棚、仏壇、客間などの掃除をした。玄関には、昨年も飾った松竹梅の鉢を置いた。ヒーターで温度調節しながら梅の開花を調整。今年も梅一輪が開花。他の蕾も膨らみ元旦には数個開花する。正月飾りはこれでOK。経費節約となった。
9日(水)
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火曜日から来た京都ウオーキング講座の仲間と午後1時大徳寺で落ち合う約束。詩仙堂前にタクシーが来たので乗車し大徳寺へ(1,440円)。約束の時間には1時間くらい余裕があったので昼食をとる。大徳寺前の食堂は高い。普通の昼食ならと食堂を紹介してもらった。残念なことに工事中。仕方がなく露地をぶらり。みつけた食堂でラーメン定植。量が多すぎて食べきれない。(800円)
四方山話しをしていると、店主が近くに弁慶が牛若丸に負けるまで千本の刀をとるために夜な夜な橋の上で待っていた。その時腰かけていた石があるという。物好きなので出かけてみた。1本露地を間違えてうろうろしていたら地元の人が案内して見学の橋渡しをしてくれた。さすが、観光の町京都。みんなが観光案内人。会津若松市民もこの精神でボランティア案内できるようになろう。場所は、米屋さんの狭い庭にあった。昼食中に関わらずここよく部屋に通してもらい写真をパチリ。京都市で看板を建てているが???????。の石であった。興味のある方はどうぞ。
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大通りを横切り門前町を通って大徳寺へ。一休さんこと一休禅師が再興した大寺院。名庭といわれる庭園が集中。魅力ある塔頭も数多く存在する。独自の美意識を持ち、見るものに忘れられない印象を残す寺院が多い。禅や茶の湯を芸術の域に高めた先人の美の遺産に出会うエリアである。
臨済宗大徳寺派の大本山。宗峰妙超(大燈国国師)が鎌倉末期に小さな寺を建てたのが始まり、花園上皇や後醐醍天王の庇護を受け、五山第一位に列されるなど大寺院に変貌を遂げた。室町時代になってから五山を離脱。応仁の乱で数多くの堂宇を焼失したものの、文明年間(1469~87)に一休禅師が再興。現在は24の塔頭のうち4院が常時拝観を行っている。茶の湯やさまざまな歴史との深い関わりを今に伝えている。
が鎌倉末期に小さな寺を建てたのが始まり。
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広いので約束の場所がわからない。案内図をしっかり見て「黄梅院」の場所を確認。携帯電話で連絡を取りあいグループと落ち合った。