11月22日(月) 小春日和の後は雨、雨、そして寒い。今年は毎年室内暖房に使用していた富士通ゼネラル社の「温水ルームヒーター ホットマン」が作動しない。購入した量販店は撤去して市内にない。製造元の富士通ゼネラルへ連絡。やっとサービスセンターを見つ点検修理をお願いした。郡山から来てくれて修理完了。不凍液の交換などメンテナンスを一度もしていなかった。1台は基盤が破損。もう1台はほとんど使っていなかったので使用可能だった。購入月日をみて見たら1999年。電化製品でよくもったものだと我ながら感心した。
以下は11月14日(日)晴れ 韓国旅行2日目の続きです。
世界遺産「八万大蔵経と海印寺」へ。紅葉が美しかった。
~3時間 ドライブすると 海印寺~
公州の武寧王陵を10:30に発って海印寺に着いたのが13:20頃。約3時間のバスの旅。途中ドライブインへ寄る。
大邱の西南、慶尚北道と慶尚南道のちょうど境目にあたりに海印寺がある。この山間の寺を有名にしているのは「八万大蔵経」とそれを納める大蔵経板閣。1995年には「八万大蔵経を納める伽倻山印寺」として世界遺産に登録された。
美しい色彩の紅霞門をくぐり、幾つかの建物や塔を見ながら一番奥の高台にある「八万大蔵経」へ。
大蔵経とは仏教経典を集大成したもので、仏教国高麗がその全勢力を傾けて制作した。1231年にモンゴルの侵攻を受けた高麗では、翌年に従来所蔵の大蔵経が焼失。モンゴル退散を祈願しつつ臨時首都の江華島で新版の制作に着手する。
経は1251年に完成するが、その願いも空しく高麗は元に服属することになったしまった。この版木で刷られた大蔵経は日本にも古くから招来され、東京の増上寺に納められたいるほか、北朝鮮の看よう妙香山普賢寺にあるのも有名。
大蔵経の版木は塩水に1年浸し、乾燥させて彫る。
11年かっかった。膨大な経を多くの職人が彫ったのだが、字体は一人で彫ったごとく全く同じ。また、通風、湿気、窓の大きさなど保存のための工夫がされていた。 海印寺の奥に「大蔵経板閣」はあり、急な階段を上って見学。写真撮影は禁止。
版木の一部は公開されていた。すばらしい字体である。
以下は11月14日(日)晴れ 韓国旅行2日目の続きです。
世界遺産「八万大蔵経と海印寺」へ。紅葉が美しかった。
~3時間 ドライブすると 海印寺~
公州の武寧王陵を10:30に発って海印寺に着いたのが13:20頃。約3時間のバスの旅。途中ドライブインへ寄る。
大邱の西南、慶尚北道と慶尚南道のちょうど境目にあたりに海印寺がある。この山間の寺を有名にしているのは「八万大蔵経」とそれを納める大蔵経板閣。1995年には「八万大蔵経を納める伽倻山印寺」として世界遺産に登録された。
美しい色彩の紅霞門をくぐり、幾つかの建物や塔を見ながら一番奥の高台にある「八万大蔵経」へ。
大蔵経とは仏教経典を集大成したもので、仏教国高麗がその全勢力を傾けて制作した。1231年にモンゴルの侵攻を受けた高麗では、翌年に従来所蔵の大蔵経が焼失。モンゴル退散を祈願しつつ臨時首都の江華島で新版の制作に着手する。
経は1251年に完成するが、その願いも空しく高麗は元に服属することになったしまった。この版木で刷られた大蔵経は日本にも古くから招来され、東京の増上寺に納められたいるほか、北朝鮮の看よう妙香山普賢寺にあるのも有名。
大蔵経の版木は塩水に1年浸し、乾燥させて彫る。
11年かっかった。膨大な経を多くの職人が彫ったのだが、字体は一人で彫ったごとく全く同じ。また、通風、湿気、窓の大きさなど保存のための工夫がされていた。 海印寺の奥に「大蔵経板閣」はあり、急な階段を上って見学。写真撮影は禁止。
版木の一部は公開されていた。すばらしい字体である。