会津の重ちゃん日記

日常の出来事、地方紙の記事、街中散策して見聞したことを発信。

京都冬ひとり旅 4

2011-03-12 20:40:53 | 旅行
2011年3月12日(土)晴れ 
昨夜から余震が続く。被害状況が分かってくると大変なことが日本に起きている。会津でも鳥居が倒れたり、アパートが崩壊したり、道路が陥没隆起したりと被害があった。町内の高齢者や独居者宅を見回る。皆さん元気でほっとした。

 テレビでは北海道から九州まで全国に津波が押し寄せていること。特に、東北地方の太平洋側はひどいことを一日中放映していた。一地方の自治体で対応出来る惨事ではない。国を挙げて取り組まなければならない。
 特に福島県は東京電力の原子力発電所があり、放射能もれなどの心配が指摘されてきた。なんどもトラブル隠しをしてきた原子力発電。とうとう心配が現実となってしまった。第一原子力発電所1号機建屋が爆発。住民は20km内は全員避難命令。
~大地震 与野党一致 立ち向え~

「京都冬の一人旅 4」 
   第1日目 2月27日(日)晴れ
 銀閣寺は観光の名所。参道も日曜日なので混雑していた。ゆっくりと見て回って寺を出る。午後4時を過ぎていた。車中で軽食を食べただけだったのでお腹が空いた。土産物店は並んでいるが気軽に入る店が無い。ふと見ると5~6人の若者が屋外のテーブルに腰を下ろしビールを飲みながら談笑している店があった。看板には手づくりのスモーク工房「銀の匙(さじ)」とあった。京都の土産店が立ち並ぶ場所にスモーク工房とは場違いではないかと思ったがお客が絶えない。のぞいて見ると店内奥にテーブルとイスがあり飲食できる。入店しサンドイッチとスモークチーズとエビスビールを注文し一休みする。
外の人通りも少なくなりお客も来なくなったので、ご主人や奥さんの話しを聞く。
「たっぷり時間を掛けて、風味豊に仕上げたサーモクチーズ、スモークベーコン、スモークサーモンを手づくりしている。最初は苦労したが今は客も増え順調とのこと」
風味豊でおいしかった。銀閣寺を出て哲学の道の手前右側にある店です。
 『銀の匙』 ℡075-771-1694 銀閣寺町65

哲学の道へ行かないで参道をまっすぐ進む。バス停手前の角の「京都の地酒各種 にごり酒」の看板を見つける。ホテルに帰って飲む酒を探していたので店に立ち寄る。
急ぐ旅ではない。ご主人と缶ビールを飲みながら酒の話しをする。
時折外を見て若者を呼び入れお汁粉を振舞っていた。人力車を引いて寒そうだからいつもご馳走するんだと言う。「あったまったよ。ご馳走さま」と言って帰る。「もう一人○○君が来ると終わりだな。」と言って若者を笑顔で見送る老夫婦。人情を感じる。
この場所で40数年酒屋をしている。私も奥さんの手づくりの漬物をご馳走になった。
 『林 酒店』 ℡075-771-9204 浄土寺石橋町55
(続く)

京都冬ひとり旅 3

2011-03-12 16:23:01 | 旅行
2011年3月11日(金)雪、曇り 
 グラグラと大きなゆれ。天井からぱらぱらとかけらが落ちてくる。何度も何度も大きな横ゆれ。北会津公民館2階でパソコン教室。高齢者20数名。ストーブの火を消し、ドアを開ける。机の下に。はじめ柳津の活断層の地震かと思った。
 公民館職員から三陸沖地震だと聞いた。教室は止めてそれぞれ自宅へ。様子が分からないので自動車でテレビを視る。会津は震度5強。携帯はつながらない。すぐ帰宅する旨メールした。
 テレビを視る。大変なことになっている。観測史上初震度8.8。東北・関東大地震。
刻々報道される現場の実況。生々しい被災地の映像に愕然とする。青森・岩手・宮城・福島・茨城・千葉・神奈川・東京などの太平洋岸への地震後の大津波のエネルギーのすごさ。海が迫ってくる。被災地の方々はどんな気持ちでおられるのだろう。一瞬にして亡くなられた方、着の身着のままで避難された方、行方不明の方、家も車もすべてをなくされた方々は、恐ろしさと心細さと先ゆき不安で精神的にも肉体的にも大変な状況におられる。与党・野党を問わず一丸となってこの災害に対応して欲しい。世界各国の支援もある。国内でも救援の輪が広がっている。
私たちで出来ることは何だろう?。

 
~改修後 変わらぬ姿 銀閣寺~

「京都冬の一人旅 3」 
   第1日目 2月27日(日)晴れ
 
銀閣寺は臨済宗相国寺派に属する禅寺で、建立は文明14年(1482)室町幕府八代将軍足利義政公よる。
 義政公は、祖父にあたる三代将軍足利義満公の北山殿金閣(鹿苑寺)にならい、隠遁生活を過すため、山荘東山殿を造営、この東山殿が銀閣寺の発祥である。銀閣寺は俗称であり、正しくは東山慈照寺。義政公の法号慈照にちなみ、後にこう命名した。
 東山殿は、義政公を中心に形成された東山文化の発祥地であり、日本人の近世的生活文化の発端をなしている。今もなお、銀閣寺には東山文化と禅宗文化の結合をみることができる。観音殿(銀閣)「国宝」や東求堂(檜皮葺きの書院 四畳半)「国宝」や茶室・方丈の襖絵など見所がいっぱい。
また、参道から中門への参道:白砂の参道、両側に設けられた大刈込みの生垣、銀閣寺垣と呼ばれる竹垣の調和が森厳で寺へのエントランスとして美しい。
(続く)