その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

遠藤周作 『沈黙』 新潮文庫

2015-06-26 21:50:32 | 


 学生時代に読んで以来の再読。今週末に新国立劇場でこのオペラを見るので、久しぶりに原作に当たってみた。学生時代に大きな感動を覚えた一冊だったが、あれから数十年経ち、ストーリーはすっかり忘れていたが、小説から受ける感銘は変わらず深いものだった。

 キリシタン禁教の地、日本に渡ったポルトガルのポルトガル人司祭ロドリゴが、日本での案内人を務めたキチジローに裏切られ、役人に捕縛される。井上筑後守により棄教の「説得」を受けるロドリコ。信仰のため、弾圧され苦しむ日本人信者たちに沈黙する神に疑問を持ちつつ、自身の信仰についても自らに問いかけ、悩む。そして、最後には踏み絵を踏む。実在の人物をベースにして作られた物語。

 平易で読みやすい文章であるが、その情景描写は現実的で、読者の想像力を具体的に刺激するし、心理描写はこちらの胸が痛むほどだ。重厚なテーマによるところもあるだろうが、平明な言葉がこれほどの重みを持つというのは驚かざるえない。

 キリスト教信者でない私には、信仰の持つ意味合いについてどこまで理解できているのかは不明だが、主人公の葛藤の厳しさは一定の想像はつく。「日本人にはキリスト教は根付かない」「日本人は沼だ」など日本人論にもなっている。ここで言われる「日本人」の信性は現代になってさほど変わっているとは思えない。

 改めて読んでみると、ロドリコが踏み絵を踏む決断に至るプロセスの描写は意外と短かくあっけなかった。映画ならきっと拷問シーンとかも入れ込んで物語を盛り上げるのだろうが、この小説にはそういう演出は無く、淡々としている。踏み絵を踏んだ後の科白で、踏み絵を踏んだ意味合いは分かるものの、作品のハイライトであろうところがあっさりとしているのは、劇性という意味では物足りないかもしれないが、逆に主人公の内面に踏み込む隙間を読み手に与えてくれるともいえる。

 時代を超えて読み継がれるべき一冊であろうことは間違いない。この原作が、オペラでどう表現されるのか、音楽、演出ともに楽しみである。
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