その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

エンタメ小説のように読めるが、次につながらない一冊: 日本経済新聞社『シャープ崩壊』(2016、日本経済新聞社)

2016-09-07 20:00:00 | 


 シャープの転落を役員間の人事抗争・権力抗争にあるとし、その内幕をレポートした一冊。新聞社らしい書きっぷりで、ドラマティックなドキュメントに仕立てており、リアリティ一杯だ。

 一方で、人事抗争はあったかもしれないが、「企業経営ってそこまで単純化できないだろう」、「本質論ではないだろ」、という思いが読んでいて終始よぎる。経営戦略の「教科書」通りに液晶ビジネスに「選択と集中」をしたシャープの戦略はどこが間違っていたのか?強みであった垂直統合モデルがなぜ弱みに変わったのか?ダントツ競争優位であったはずのシャープの液晶は、韓国、台湾メーカの後塵を拝すようになった、デジタル化・モジュール化の流れに対してどう戦おうとしたのか?こういった、シャープ崩壊の本質的・戦略的な問いに本書は全く答えてない。

 よって、企業小説張りにエンターテイメントとしてはスラスラ読めるが、教訓としては読者に何も残らない一冊となっている。人事抗争がなければ、シャープは転落しなかったのか?明らかに否でしょう。

 読んでいて参考になったのは、改めて経営を預かる人の責任は重さ。一つ一つの決断に従業員の生活、人生がかかっている。経営者の決断一つで、何千、家族も含めれば何万もの人の人生・生活に影響を与えるのだ。

 それを踏まえずにシャープの経営陣が権力抗争に明け暮れていたというのであれば、それは大問題だが、彼らもそれほど阿呆じゃないだろう。シャープの経営陣が、様々な制約条件や社内の政治的力学の中で、一つ一つ決断をどう下していったのか、それが結果として誤ってしまったのはどうしてか?そこがポイントのはずだ。それに触れてない本書は実に「軽い」一冊だ。日本の製造業の歴史に残る失敗事例を、こうしたエンタメ読み物に仕立ててしまう記者や編集者のレベル感に疑問を持たざる得ない。
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