その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

論点良いが議論が弱い・・・堤未果『日本が売られる』(幻冬舎、2018)

2019-01-26 08:15:58 | 



 芸風が一向に変わらない堤未果さんの著作。毎回「次はいいや」と思いつつ、新刊が出ると気になって読んでしまう不思議な著作家。今回は新刊早々図書館で予約したのだが、廻って来るのに半年かかった。

 論点は良い。「水道」・「土地」・「タネ」・「森」・「海」などの日本の資産や「労働者」・「学校」・「医療」・「老後」などのサービスなど、身近で生活に直結するインフラや資源が、規制緩和や民営化により、これまでのシステムや仕組みが崩れ、安全・安心が脅かされている現状をレポートする。「タネ」(種子法)の改正が日本の食の安全保障に与える影響などは初めて知った。

 一方で、相変わらず論点に対する切込みが弱い。今回はこれまでの著作よりも多くのネタ(論点)を詰め込んでいるので、更に内容が薄まっている。調査・分析が十分でないが故に、修飾語や根拠のない断定の文章で読者を煽る方に重点が行き、ますます内容の貧弱さが浮かび上がる悪循環に陥っている。

 論点に対する議論としては、サーベイ等の定量データや、自身のフィールドワーク・専門家意見・過去文献等による定性データによる自説のサポートは必要最低条件。加えて、反対意見も付してバランス取って、論考するのがジャーナリスティックな文章と言えども作法だと思うのだが、本書は自分の都合のいいことだけを並べてあるので説得力が弱い。

 例えば、悪質だと思ったのは、p57において国別の「自閉症、広汎性発達障害の発症率」のグラフと「単位面積当たりの農薬使用量」のグラフを並べて、あたかも自閉症の発症と農薬の使用量に因果関係があるように思わせるように誘導していることだ。2つの調査は全く別物であり相関関係すら分からない。少なくとも「因果関係は証明されてないが、こういう2つの別の調査をデータを比較すると相関関係が推定される」ぐらいの言及がされるのが、責任あるジャーナリストとしての仕事だと思う。本書にはグラフに関するコメント・解説は全くなく、正直、著者の良心を疑う。

 それぞれのテーマに内在する現状の問題点や課題についても踏み込むことなく、その対策(規制緩和、民営化など)だけを標的にして攻撃する手法も、読んでいて欲求不満が残る。その対案、解決策も、欧米の市民活動を紹介する程度なので、とても説得力のあるものにはなってない。テーマは良いだけに、本当にもったいない。

 今回は本当に読み通すのが苦痛だったが、何とか通読。「次はない」かな?

※過去のエントリーですが、この記事はとってもアクセス頂いています。
「評価が難しい・・・堤 未果 『沈みゆく大国アメリカ』 (集英社新書)」



〈目次〉
まえがき いつの間にかどんどん売られる日本

第1章 日本人の資産が売られる

1 水が売られる(水道民営化)
2 土が売られる(汚染土の再利用)
3 タネが売られる(種子法廃止)
4 ミツバチの命が売られる(農薬規制緩和)
5 食の選択肢が売られる(遺伝子組み換え食品表示消滅)
6 牛乳が売られる(生乳流通自由化)
7 農地が売られる(農地法改正)
8 森が売られる(森林経営管理法)
9 海が売られる(漁協法改正)
10 築地が売られる(卸売市場解体)

第2章 日本人の未来が売られる

1労働者が売られる(高度プロフェッショナル制度)
2日本人の仕事が売られる(改正国家戦略特区法)
3ブラック企業対策が売られる(労働監督部門民営化)
4ギャンブルが売られる(IR法)
5学校が売られる(公設民営学校解禁)
6医療が売られる(医療タダ乗り)
7老後が売られる(介護の投資商品化)
8個人情報が売られる(マイナンバー包囲網拡大)

第3章 売られたものは取り返せ

1 お笑い芸人の草の根政治革命 〜イタリア
2 92歳の首相が消費税廃止〜マレーシア
3 有機農業大国となり、ハゲタカたちから国を守る 〜ロシア
4 巨大水企業のふるさとで水道公営化を叫ぶ〜フランス
5 考える消費者と協同組合の最強タッグ 〜スイス
6 もう止められない! 子供を農薬から守る母親たち 〜アメリカ

あとがき 売らせない日本

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