その後の『ロンドン テムズ川便り』

ことの起こりはロンドン滞在記。帰国後の今は音楽、美術、本、旅行などについての個人的覚書。Since 2008

人事や経営の仕事についている人にお勧め: 小林祐児『リスキリングは経営課題』(光文社新書、2023)

2024-08-22 07:33:45 | 

ここ数年内に手に取った人事関係書籍の中で、とっても勉強になった一冊。

タイトルには「リスキリング」とあるが、日本人の「学び」全般について考察している。「世界で最も学ばない」と言われる日本の社会人であるが、それはなぜなのか、個人・企業はどう取り組むべきなのかについて、社会学・心理学の知見や調査データを活用して、論を展開する。私が属する組織の人事育成について考えるヒントになったし、自らの学びについての相対化、振り返りにもなった。

本書で印象的だったのは次の3点。

1)育成の「工場モデル」の否定

 ・過去において被育成者、育成者、育成企画担当者として、さんざん「求められるスキル→現状とのGap分析→研修・育成」という工場モデルに関与してきた。一方で、このモデルの限界(静態的、労多いが本当の業務への成果が見えない等)を感じていただけに、本書の工場モデル否定は非常に腹落ち度が高かった。

2)学術的な知見、筆者自身のリサーチ結果、筆者の自論の3点がバランス取れている

・「中動態」(國分浩一郎)、「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」、「安心社会・信頼社会」・「関係性検知の地図重視」・「他者への信頼の無さ」(山岸俊男)と言った社会学・心理学的な知見に加えて、著者自身の研究やリサーチ結果等を踏まえて幅広い視点で議論を展開しているのも印象的だった。単なるリスキリング議論に閉じていない広がりがあり、興味が高まった。

3)学びそのものよりも関係性重視のアプローチ

 ・今の社会人に欠けているものは「自己ではなく、他者を通じた動機付け」。企業が考えるべきは集団的なメカニズムの中で学びの意欲に「もらい火」的な延焼を起こすこと(p193)という社員個人としての学びを超えて、関係的・環境的な視点でアプローチをしている点が新鮮であった。

分析に対しての打ち手として、筆者は「目標管理制度の立て直し」や「学びのコミュニティ化としてのコーポレートユニバシティ」、「対話側ジョブ・マッチングシステムによる学ぶ意思の醸成」などをあげる。前段の分析に比べるとパンチ不足の感はあったが、有効な打ち手は各組織や読者、それぞれの環境で異なるであろうから、自ら考えるしかないだろう。

人事・育成関係者やシニアマネジメントの方には自信をもってお勧めできる。

 

(以下、メモ)

■「工場モデル」の限界

 ・個への過度のフォーカス(学びと他者の相互性を軽視している)/学びの偏在性(学ぶ人しか学ばない)/スキル明確化の幻想(スキルは明確化できない)/「獲得」と「発揮」が等値(行動して発揮してこそ意味あり)

■日本人の学ばなさ

 ・学びへの「意思の無さ」、なんとなく学ばない
 ・中動態的キャリア:「オプトアウト」方式の平等主義的・競争主義的な昇進構造、「置かれた場所で咲く」マインド
 ・「仕事は運次第」という意識
 ・歳を取るごとに「受動」と「能動」の区別に追いやられ「中動態」であることが許されなくなる

■変化を起こすことへの抑制(変化抑制意識)

 ・「多元的無知」、「沈黙の螺旋」、「認知的不協和」
 ・相互援助の文化が変化抑制の意識を「上げる」方向に作用する
   →日本企業の横のつながりがイノベーションにブレーキ
 ・個人の<変化適応力>

■3つの学び行動

1)アンラーニング(捨てる学び):「中途半端な成功体験」がアンラーニングを妨害
 ・「変わらない役職」と「中途半端に良い評価」が阻害
 ・「限界認知」がアンラーニングを促進

2)ソーシャルラーニング(巻き込む学び)
 ・「社会関係資本」が重要
 ・やる気は外からやってくる、「炭火型」動機付け

3)ラーニング・ブリッジング(橋渡す学び)
 ・「関係性の地図重視のコミュニケーション」「他人への信頼の無さからくる〈社会開拓力〉の欠如」を前提に考える必要あり

■行動変化の仕組み:他者を含んだ環境の相互作用の中で起こる、「創発」的な営み

 ・企業がすべきこと:変化を如何に起こすか?そのための仕組みつくり(「変化創出モデル」)
 ①変化報酬型施策(△?)、②「挑戦共有」型施策:
 ・ベースは、目標管理制度の立て直しに拠る「予測改革」

■学びのコミュニティ化:企業をキャリアの学校に/コーポレートユニバシティ

 ・「学ぶ意思」を創る:対話側ジョブ・マッチングシステム

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする