「春よ来い 早く来い」と、ある童謡の歌詞にありますが、夏とか、秋や冬の場合は「来い」とは言われないですね。人の心の中では、ぜひ来て欲しいと思うのは春なんですね。春だけは待ち遠しいなんていう気持ちになります。特別な季節ですね。
思い出したんですが、「四季の歌」というのがありますね。「春を愛するひとは~ 」で始まるあの歌です。
http://www.youtube.com/watch?v=3iejS6D_fsA&feature=related
と
http://www.youtube.com/watch?v=ZaE9WM-fYi8&feature=related
をぜひクリックしてみてください(Shift キーを押しながらクリックすると、別画面上で見ることが出来ます)。 芹 洋子さんの歌い方は、この曲にとてもよく合っています。この歌は歌詞も良いし、曲もとてもよくて、大好きです。
みなさん、ぼちぼち 「 種を蒔きました 」 なんていう話があちこちから聞こえて来ますが、私も人間。そういう話を耳にしては、落ち着かない気持ちになるのであります。寒さに体まるめて縮こまっていたのが、主の帰ってきたのに気が付いて、急に頭を持ち上げて餌をねだる、わが家のミーちゃんのような気持ちになります。つまり帽子の気持ちですね。ハットする。
しかし、まだまだ氷は張るし、霜柱も立ちますからね。今はじっと我慢の子であった、という表現が合うような毎日を送っています。種を蒔かんとする気持ちを帽子じゃなくて、防止するんですね。(我慢の)子ではないんですけどね。でも、悟りなどさっぱり開いていないので、やっぱり子ですね。
キャベツはこんな具合です。外の葉が黄色くなっていますが、たぶん寒さのためなんだろうと思っています。しかしまあ玄関(厳寒)を通りすぎてきているのですから強いものです。ネットをかけているので、鳥の害はありません。
一方、こちらは不織布の中のキャベツなんですが、大きくはなっていますけど何となく力がない感じ。大きさでは明らかに違いがあります。やっぱり暖房効果があるんですね。
物置の近くで、こんなのを見つけました。カマキリの卵ですが、ダブルです。普通は一つだけですが、二つあるということは、二匹のカマキリが偶然ここで産んだように思われます。とてもめずらしいです。
春は嫌いだなんて言っておきながら、春は待ち遠しいなんて言うんですから勝手なものです。人の気持ちは複雑であるということです。いや、私の気持ちがいいかげんなせいかも知れません。差し引きどっちの気持ちが勝つかとなると、待ち遠しいの方でしょうね。
花はさけども、「はな(鼻)びしびしに」と、クシャミや洟が出て鼻が困るのも春です。花の春。鼻の春。洟の春。はなはだ迷惑。はなしにならない。はなれていたい春の花粉。花は花でも杉の花。早くこの時期、杉て欲しい。そういう気持ちになったシダーいです。
補) シダーい
cedar(シダー) = 杉
シダーい = 次 第
シャレムリでした。
補々) シャレムリは私の造語です。無理な洒落をカタカナに
しただけです。フランス語っぽいでしょう。
しかも、ファッションか、グルメ用語っぽい。
字がずさん、じゃなくって、自我持参じゃなくって、
自画自賛。