Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

昔の女

2009年03月18日 | 演劇
 新国立劇場の演劇部門が「シリーズ・同時代【海外編】」という企画をスタートさせた。その第1回は1967年生まれのドイツの劇作家シンメルプフェニヒの「昔の女」。私には未知の作家で、どういうものか見当もつかずに出かけた。

 公演のチラシには「異なる時間軸や台詞の反復でシーンをカットバックしていくような映像的手法」とあった。興味をひかれるが、正直にいって、筋がゴチャゴチャになって分からなくなるのではないかという不安があった。
 はじまってみると、ワンシーンがあって、アナウンスで「3分前」などと放送されて、その前のシーンが続くという具合で、これなら分かると安心した。

 時間の錯綜によるドラマ構成が面白くて、私はすぐに舞台に引き込まれた。最初のシーンで何かが問題になっていて、その直後に「3分前」のシーンが続くことによって、最初のシーンのシークエンスが分かってくる。やがて最初のシーンに追いつくわけだが、奇妙なことに、どこかが微妙にちがう。そして話はさらに少し先にすすむ。
 これを繰り返しているうちに、だんだん大胆になり、「25分前」も登場するようになって、話はダイナミックに振幅する。私は、たとえていえば、砕けたガラスの断面をみるような印象をもった。

 話は、引越し準備中の夫と妻と息子の3人家族のもとに、夫の24年前に別れた女が現れ、愛の誓いの履行を迫るというもの。喜劇的なタッチのうちに不気味さが忍び込み、恐怖が生まれる。息子には恋人がいて、その存在が次第に前面に出てきて、恐怖が重層化する。

 公演プログラムに翻訳の大塚直さんと演出の倉持裕さんの対談がのっていて、それによると、稽古場での役者さんとの議論の中で、この話は息子の恋人の妄想だとか、実は夫は24年前に殺されているのではないかとか、いろいろな意見が出たそうだ。なるほど、この戯曲は、多様な解釈を生む余地があると思う。

 新国立劇場は、2007年4月に鵜山仁さんが演劇部門の芸術監督に就任して、その1年目に現代の日本の作家によるギリシャ悲劇の翻案3作を上演した。私もみたが、いずれも皮相なもので、空振りだと思った。そこで、今回のシリーズも半信半疑だったが、少なくとも第1回をみたかぎりでは好調だ。鵜山さんは、劇場に現代戯曲研究会を立ち上げて、月1回のペースで会合を続けているとのことだから、その成果が現れてきたのだろう。
 鵜山さんはあと1年で退任する。まだやり残していること、心残りのことも多いのではないだろうか。
(2009.03.17.新国立劇場小劇場)
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