Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ブロウチェク氏の旅行

2009年12月07日 | 音楽
 東京交響楽団の12月定期はヤナーチェクのオペラ「ブロウチェク氏の旅行」のセミ・ステージ形式上演。東響はこれまでヤナーチェクのオペラを4作品上演しているが、今回は5つ目。「ブロウチェク氏の旅行」はヤナーチェクの中では比較的地味な作品なので、過去の上演の積み重ねがないと、なかなか手を出せなかっただろう。その努力に敬意を表する。

 このオペラは、中年男ブロウチェク氏が酔いつぶれて、ある晩は月に行く夢を、翌晩は15世紀にタイムスリップする夢をみる――という奇想天外な話。
 第1部の月の世界と第2部の15世紀の世界にはなんの関連もないので、散漫な印象をもたれがちだが、ほんとうにそうだろうか。月の世界では、そこの住人が芸術を賛美する中にあって、俗物ブロウチェク氏は異邦人。15世紀のプラハでは、市民が神聖ローマ帝国の圧制に立ち向かう中で、臆病なブロウチェク氏は異邦人。結局どこにいっても異邦人だが、その姿を愛情あふれる眼差しで描いたのがこのオペラではないだろうか。

 つまるところ私たちは、社会でも、あるいは職場でも、多かれ少なかれ異邦人ではないだろうか。そこの価値観に完全に帰属できる人は幸せだが、それができない人もいるのだ――。

 このオペラの音楽は、第1部ではヤナーチェクには珍しい3拍子が支配し、第2部では15世紀にうたわれたコラールが中心となる。飯森範親の指揮する東京交響楽団の演奏は、第1部では奔放な躍動感が生まれるにはいたらなかったが、第2部では焦点の定まった演奏になった。
 歌手ではブロウチェク氏のヤン・ヴァツィークがコミカルなキャラクターを十全に表現した歌唱と演技。そのほか、マーリンカなど3役のマリア・ハーン、居酒屋の主人ヴュルフルなど3役のズデネェク・ブレフが目立った。
 このオペラでは重要な役割の合唱は東響コーラスで、健闘。
 マルティン・オタヴァの演出は、とくにこれといったものはなかった。

 セミ・ステージ形式の上演だったのであらためて気がついたが、第2部の市民たちの行進を先導するバグパイプを模した音型は、オーボエ2本の別働隊(昨日はPブロックの座席に配置)による演奏。私は今までその認識がなかった。

 また字幕のおかげで、第2部で交わされる市民たちの政治論議がよくわかった。なるほど急進的なターボル派にたいする懸念が表明されるときに(昨日は高橋淳が好唱)、音楽には陰がさすのだ――。私のもっているイーレク指揮チェコ・フィルのCDは外盤なので、英語の対訳では細かいところまでは追えていなかった。そのため、今までに2回この作品の舞台をみたことがあるが、いつもこの部分は冗長に感じていた。
(2009.12.6.サントリーホール)
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