Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ある音楽仲間の遺言

2012年06月21日 | 身辺雑記
 4月の初めに知人のTさんが亡くなりました。癌でした。お通夜には音楽仲間が集まりました。少人数のこじんまりしたお通夜でした。Tさんの遺志でモーツァルトの「グラスハーモニカ、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロのためのアダージョとロンド」が流れていました。モーツァルトが亡くなる年に書いた曲です。Tさんらしい選曲だなと思いました。

 Tさんとはあるオーケストラの支援のなかで知り合いました。オーケストラは日本フィルです。当時、日本フィルは争議の真っ只中でした。今では想像もつかない苦難の時代でした。けれどもそういう日本フィルを支援しようという人も大勢いました。わたしはまだ大学生でしたが、アルバイトで貯めたお金で定期会員になりました。そのうち支援集会にも参加するようになりました。

 Tさんも定期会員でした。定期会員で組織した「山の会」の会長になりました。山の会は今も続いています。毎月一回、軽いハイキングからアルプス縦走まで実施する山好きの会です。お通夜に集まったのはその会のメンバーです。

 お清めの席は飲み会のようになりました。親戚の方々のひんしゅくを買ったのではないかと思います。時間になったので、退出しようとしたら、喪主のお姉さま(Tさんは独身でした)から「Tの顔を見て行ってほしい」といわれました。棺のなかのTさんは顔色がよくて、生きているようでした。紺の背広を着ていました。今にも起き上りそうでした。

 それから約3か月。今週19日に山の会のミニコンサートがありました。日本フィルの楽員を招いて室内楽を演奏してもらって、その後で懇親会を開く会です。話題はTさんのことになりました。Tさんは遺言で遺産の一部を日本フィルに寄付したそうです。額は「ウン百万円」とのことです。若いころは花屋さんで働いていましたが(Tさんはスミレが大好きでした)、会社と衝突して辞めてしまい、その後は定職に就かなかったTさん。「ウン百万円」はかなりの額ではなかったかと思います。

 Tさんにとっては日本フィルは自分の一部だったのだな、と思いました。口が悪く、ときには日本フィルをこき下ろすこともあったTさんですが(一方、スミレの話になると子どものように純粋になりました)、ほんとうは愛していたのだな、と思いました。

 日本フィルは公益法人改革の対応のために、存廃をかけた必死の募金活動を続けています。現在、約2千8百万円が集まったそうです(ホームページより)。そのなかにはTさんの「ウン百万円」も入っているはずです。天国のTさんに言葉をかけてあげたい気がします。
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