Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

ファルスタッフ

2015年12月04日 | 音楽
 「ファルスタッフ」を12月にやるのは、――歌手の皆さんのスケジュールの関係だったろうが――じつにいいと思う。「世の中すべて冗談だ」と笑い飛ばすこのオペラほど年末に相応しいオペラはないと思う。年末の定番の「こうもり」のシャンパンの飲み過ぎで二日酔いのオペラよりもいいのではないだろうか。

 ジョナサン・ミラーが演出したこのプロダクションは、今回で3度目の上演だ。わたしは2004年のプレミエは観ることができなかったが、2007年の再演は観た。中村恵理のナンネッタに感心した。すごい素質の持ち主が現れたと思った。中村恵理は今やバイエルン州立歌劇場の専属歌手として活躍中だ。

 2度目だが、約8年の間隔があいたので、忘れていることが多く、今回、こんなに細かいことをやっていたのかと驚いた。一例をあげると、第2幕第2場でフォード率いる男たちがファルスタッフを探す場面で、当のファルスタッフは洗濯かごの中に隠れるが、あまりの暑さでヒー、ヒー言う。それを男の一人が耳にする。でも、自分の耳を疑うだけで、ファルスタッフが隠れているとは気づかない。でも、不審に思う。そんな具合に細かく作り込まれていた。

 今回の上演で最大の聴きものは、ファルスタッフ役のゲオルグ・ガグニーゼだった。幕開き冒頭の第一声から、他を圧するものすごい声だ。ファルスタッフ役は、一声で存在感を持つ歌手でないと務まらないと心底思った。

 ガグニーゼは今回がファルスタッフのロールデビューだそうだ。将来は当代きってのファルスタッフ歌いになるかもしれない。そのときは、ロールデビューの初日を聴いて、ブラヴォーを捧げたことを誇りにしようと思った。

 でも、今後のために、一つ注文をしておこう。第3幕冒頭の「ひどい世の中だ」のモノローグが、今一つ存在感に欠けた。さらなる陰影と老いの孤独をお願いしたい。

 フォード役のマッシモ・カヴァレッティもよかった。第2幕第1場の「夢かまことか」が迫力満点。このモノローグが「オテロ」のパロディーであることを実感させた。

 指揮のイヴ・アベルはテンポ設定が的確だ。第1幕第2場の9重唱のアンサンブルが快適なテンポで進み、そこにオーケストラが加わって、まるでもう一つの声部のようだった。また最後のフーガも目の覚めるような快速テンポで切れ味のいい演奏になった。歌手のみなさんも健闘した。
(2015.12.3.新国立劇場)
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