Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

皆さま、ごきげんよう

2017年01月20日 | 映画
 最近は映画から足が遠のいているが、ジョージア(旧グルジア)の映画監督オタール・イオセリアーニ(1934‐)の「皆さま、ごきげんよう」(2015)はどうしても見たかったので、頑張って行ってきた。

 本作の制作時点でイオセリアーニは81歳。元気な老人の飄々としたユーモアが感じられる映画だ。筋はとくにない。相互に関連のないエピソードが、まるで‘しりとり’のようにつながっていく。一見とりとめのない作品だが、各々のエピソードにユーモラスな味があるので飽きない。そのうち各々のエピソードがつながってくる。

 場所はパリ。本作で描かれる庶民の生活は、パリの自由と猥雑さに結びついている。パリ以外の街では、本作は成立しないと思う。本作は‘パリ賛歌’だと、思わず叫びたくなるくらい、‘パリ’が感じられる映画だ。

 余談になるが、わたしが最後にパリを訪れたのは2014年11月。本作が制作された頃だ。何年ぶりかで訪れたパリは、ひどく汚れていた。本作にも登場するメトロのバスティーユ駅では、地上に出る階段が、ワインやビールやその他の液体で汚れ、砕けたビンのガラス片が散乱していた。人心の荒廃とか治安の悪化とかがうかがえた。テロが起きたのはその直後だ。

 でも、本作ではそういうパリは出てこない。もう少しのどかなパリだ。庶民が自分のやり方で生きることができたパリ。今のパリはどうか。旅行者でしかないわたしには判断できないが、少なくとも本作では、そんな荒んだパリは出てこない。

 本作のパリは、イオセリアーニ監督のイメージの中にあるパリ。イオセリアーニ監督がほろ酔い気分でその中に生きているパリだ。わたしたちもほろ酔い気分をともにすれば(本作を観ているあいだは)幸福になれる。

 題名の「皆さま、ごきげんよう」は、わたしにはベタな感じがする。本作の趣旨を押しつけられているような気がする。原題は「冬の歌CHANT D’HIVER」。古いジョージア(旧グルジア)の歌の題名だそうだ。イオセリアーニ監督によると、歌詞は「冬が来た。空は曇り、花はしおれる。それでも歌を歌ったっていいじゃないか」というものだそうだ。

 これなら本作にぴったりだ。パリの下町に住む庶民には、いいことはあまりない。むしろうまくいかないことばかりだ。でも、少しは楽しいこともあると、そう思って生きていたっていいじゃないか、と。
(2017.1.16.岩波ホール)
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