Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

須賀敦子「ヴェネツィアの宿」

2018年03月22日 | 読書
 須賀敦子(1929‐1998)の第一作「ミラノ 霧の風景」(1990)と第二作「コルシア書店の仲間たち」(1992)を読んで、わたしは須賀敦子の世界にのめり込んだ。友人と続けている読書会が3月にあり、そのテーマとして友人が選んだのは遺作「地図のない道」(1999)だが、読書会までもう少し日数があるので、第三作「ヴェネツィアの宿」(1993)も読んでみた。

 「ミラノ‥」も「コルシア書店‥」も、60歳代になった著者が、30歳代に過ごしたミラノでの生活、そしてそこで出会った人々の想い出を書いたエッセイだ。次の「ヴェネツィアの宿」も、書名からいっても、当然その流れの作品だと思っていた。

 本書は12編のエッセイからなる。「文學界」の1992年9月号から翌年8月号まで連載されたもの。各編は独立している。その第一篇「ヴェネツィアの宿」(本書全体の書名にもなっている)は、こんな展開になっている――。

 書き出しは、著者がシンポジウムに参加するため、ヴェネツィアの空港に降り立ったところから。旧知の友人のヴェネツィア大学教授が迎えに来てくれる。各国から集まったシンポジウム参加者との昼食会にのぞみ、その後シンポジウム会場に向かう。

 夜はシンポジウムの打ち上げ晩餐会があり、疲れを覚えた著者は、ホテルへの帰り道を歩む。その道が正しいかどうか少し不安になったとき、突如オーケストラの音が鳴り響き、多くの人々が集まっている広場に出る。そこはオペラの名門、フェニーチェ劇場の前の広場。同劇場の創立200年記念ガラ・コンサートが、その広場に同時中継されていた。

 と、ここまで読んできたところで、同劇場は1792年の創設だから、本作の「時」は1992年、つまり「今」だということが分かる。著者はホテルに戻る。やがて「40年ちかくもまえに」、ということは20歳代の後半に、パリに留学したときの想い出がよみがえる。

 そこまでは「ミラノ‥」や「コルシア書店‥」と大差のない展開だ。ところが、そこから先は、思いがけない展開になる。手探りをするように、前2作では触れることのなかった辛い経験に触れていく。わたしは息を潜めるようにしてそれを読んだ。

 以下の11篇にも、辛い出来事、悔恨の情、あるいは口惜しかった想い出が記されている。前2作では著者のみずみずしい感性が眩しかったが、本書ではより翳りのある領域に踏み込んだようだ。
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