Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

パーヴォ・ヤルヴィ/N響

2019年06月16日 | 音楽
 パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響のCプロは、わたしの好きな曲が並んだ。1曲目はバッハの「音楽の捧げもの」からウェーベルン編曲の「リチェルカータ」。冒頭の(一音一音を別の楽器に受け継ぐ)主題が、ソットヴォーチェで演奏された。心優しい柔らかい音。もちろん最後は盛り上がるのだが、それも全体の印象を覆すほどではなかった。わたしは意外な感じがした。事前には、もっと鋭い、刺激的な演奏を予想していた。

 2曲目はベルクのヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」。ヴァイオリン独奏はギル・シャハム。冒頭の音列が1曲目の「リチェルカータ」とよく似たソットヴォーチェで演奏された。でも、さすがにこの曲では、それで通すわけにはいかないだろうと、その後のドラマを期待した。だが、そうはならなかった。オーケストラは控えめで慎重だった。独奏ヴァイオリンも、闊達ではあるが、ある一線を越えないところがあった。わたしはその全体が予定調和的に聴こえた。

 アンコールにバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番から「ガヴォット」が演奏された。明るく、弾むような、喜びに満ちた演奏だった。それは一級品だった。ギル・シャハムの美質と、あえていえばエンターテイメント性が、よく発揮された演奏だった。わたしは留飲を下げた。

 3曲目はブルックナーの交響曲第3番(第3稿/1889年版)。今まで演奏されたパーヴォのブルックナー、とくにその初期作品(第1番と第2番)は、引き締まった音と歯切れのいいリズム、そして輪郭のはっきりした造形とで、わたしは惹かれた。今回の第3番もその例にもれなかった。

 弦楽器の最弱音からトゥッティの最強音まで、そのダイナミック・レンジの幅広さ、どんなにオーケストラが鳴っても音が混濁しない、そのハーモニーの清澄さ、どんな小さな音型でも正確に処理する完璧さ、リズムの弾みのある鋭角性、それらのどれをとっても、パーヴォ/N響の演奏スタイルの最良の部分が現れていた。

 パーヴォはN響の潜在的な個性をそれらの点に見出し、その個性を最大限に引き出そうとしているのではないか。もしパーヴォが別のオーケストラを振ったら、別のブルックナー演奏をするような気がする。これはN響仕様の演奏だろう。そんなパーヴォをシェフに持つ今のN響は、大事な時期を過ごしていると思う。

 当日はコンサートマスターとヴィオラのトップに外人奏者が入った。懸命に弾く二人の効果も大きかった。
(2019.6.15.NHKホール)
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