Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

兼重稔宏ピアノ・リサイタル

2021年12月21日 | 音楽
 プログラムに惹かれて、兼重稔宏(かねしげ・としひろ)という若手ピアニストの演奏会に行った。日本演奏連盟の「新進演奏家育成プロジェクト」リサイタルシリーズの一環の演奏会だ。先にプログラムをいうと、フェデリコ・モンポウ(1893‐1987)の「沈黙の音楽」抜粋、ヤナーチェクの「霧の中で」そしてベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」。わたしの好きな曲ばかりだ。

 モンポウの「沈黙の音楽」の抜粋は、第1、2、3、13、25番の5曲が演奏された。とくに第1~3番はいかにもモンポウらしい静謐さと親密さが伝わる演奏だった。

 モンポウの5曲が連続して演奏されたことはいうまでもないが、ヤナーチェクの「霧の中で」に移るときも、間を置かずに、モンポウの続きのように演奏された。それがなんとも効果的だった。モンポウと同じように静謐で親密な音楽だが、モンポウと異なる要素も入りこみ、やがて最後のプレストで激情がほとばしる。その連続性と意外性が思いがけないドラマのように感じられた。

 ベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」は、わたしが年を取るとともに、ますます好きになる曲だ。なにがこんなにおもしろいのだろうと、自分に問うが、はっきりしない。そんな種類のおもしろさがある。

 「ディアベリ変奏曲」を暗譜で演奏した(モンポウとヤナーチェクも暗譜だった)兼重稔宏は、この曲をすっかり手中に収めているようだった。ベートーヴェンの演奏もかくやと思わせる激しい部分も、波が押し寄せるような躍動的な部分も、水を打ったように静かな部分も、千変万化な語り口で集中力を途切れさせずに弾いた。

 変な言い方かもしれないが、わたしは練習曲を聴くようなおもしろさを感じた。たとえばショパンとかドビュッシーとか、そんな作曲家の練習曲だ。ベートーヴェンは練習曲を残さなかったが、ある意味でこの曲には練習曲的な側面があるのではないだろうか。それをあえて具体的にいうなら、ベートーヴェンの発想の素材を覗かせるという意味でだが。もちろんこの曲はバッハの「ゴルトベルク変奏曲」に連なる曲であり、音楽史上、変奏曲の系譜の頂点にたつ曲だが。

 プロフィールによると、兼重稔宏は1988年生まれ。東京芸術大学を卒業後、ライプツィヒ音楽演劇大学修士課程および演奏家課程を修了。2020年1月にはライプツィヒ・ベートーヴェン生誕250周年記念演奏会で「ディアベリ変奏曲」を弾いた。同年に帰国し、現在は東京芸術大学でピアノ科非常勤講師を務めている。実力派のピアニストだ。今後の着実な演奏活動を期待する。
(2021.12.20.東京文化会館小ホール)
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