Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

イザベル・ムンドリー「室内楽ポートレート」

2022年08月25日 | 音楽
 サントリーホール サマーフェスティバル2022のテーマ作曲家はイザベル・ムンドリーIsabel Mundry(1963‐)。ドイツの女性作曲家だ。ミュンヘンやチューリヒの大学で教えている。日本の秋吉台や武生の音楽祭にも参加したことがあるそうだ。

 ドイツ語圏はもちろん、日本の音楽関係者にも知られた存在なのだろう。だが、わたしの主なフィールドの在京オーケストラでは、プログラムにその名を見たことはなかった。どんな作曲家なのだろう。

 当夜はムンドリーの室内楽(独奏曲をふくむ)が5曲演奏された。煩瑣かもしれないが、まず曲名を列挙すると、演奏順に、「時の名残り」(2000)、「『誰?』フランツ・カフカ断章」(2004)、「リエゾン」(2007~09)、「バランス」(2006)、「いくつもの音響、いくつもの考古学」(2017/18)。

 個々の曲の感想よりも、ムンドリーとはどんな作曲家なのかと、当夜考えたことを書いてみたい。まず端的な例として、「いくつもの音響、いくつもの考古学」についてムンドリー自身が書いたプログラムノートを引用すると、「この曲は、ポリフォニー、旋律、応唱(レスポンソリウム)、三和音、開放弦、演奏行為の固有時、終止音といった、楽器の性質とその奏法の特性までを含む、音楽史上のさまざまな原型(アーキタイプ)に捧げられている。これらの原型に、私は考古学者のように精神を集中させた」という。そして「これらの原型は、現代の私も対話できるよう、今なお語りかけているのか、あるいはどのように語りかけているのか、という問いに取り組むために」という(訳は柿木伸之氏)。

 後半の「問い」が典型なのだが、ムンドリーの思考法にはつねに「問い」が幾重にも積み重ねられている。答えが重要なのではない。自らに、そして他者に問い続けることが重要なのだ。それは哲学的な思考法といえるかもしれない。ムンドリーの音楽はその思考法が音楽のかたちをとって現れたものと思われる。一聴してすぐに特徴がわかる音楽ではないが、じっくり聴くと、その濃密な音と到達点の高さに圧倒される。

 演奏は日本人の演奏家たち。ほんとうは全員の名前をあげたいのだが、それも煩瑣になるので、二人だけあげると、まず「バランス」(これはヴァイオリン独奏曲だ)を演奏した成田達輝。なにかを語り続けるような、水際立った演奏だ。もう一人は「『誰?』フランツ・カフカ断章」(ソプラノ独唱とピアノ)を歌った太田真紀。迫真の歌唱だった。

 おりしもクラングフォルム・ウィーンが来日中だが、当夜演奏した日本人演奏家たちも充実した演奏を繰り広げた。けっして引けを取らない。
(2022.8.24.サントリーホール小ホール)
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