Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

藤岡幸夫/東京シティ・フィル

2022年02月20日 | 音楽
 藤岡幸夫指揮東京シティ・フィルの定期演奏会。前日に予期せぬ出来事が起きた。定期演奏会のメイン・プログラムはヴォーン・ウィリアムズの交響曲第3番「田園交響曲」だが、その曲には第4楽章(最終楽章)の冒頭と末尾にソプラノのヴォカリーズが入る。ソプラノ独唱は半田美和子の予定だった。ところが前日のリハーサル後、急性胃腸炎を起こし、歌えなくなった。急遽、代わりの歌手を探したところ、小林沙羅のスケジュールが空いていることがわかり、夜9時半にオファー。小林沙羅はその曲を知らなかったので、練習ピアニストに連絡し、夜10時から譜読み。そして翌日はゲネプロ~本番。

 そのような事情なので、当然聴衆は(そしてオーケストラの楽員も)第4楽章の冒頭の小林沙羅の第一声を見守った。真っ白いドレスを身にまとった小林沙羅から美しい声が流れだし、感情をこめた旋律線が描かれる。わたしは思わず胸が熱くなった。

 急場を救った小林沙羅はもちろんだが、オーケストラ、指揮者ともども、これは名演だった。同じような楽想が全4楽章を通じて続く曲だが、その中での微妙な変化、ニュアンスの移ろい、思いがけず顔を覗かせる心の傷口など、細部にわたって明確な意思をもつ演奏が展開した。全楽員がこの曲を理解している演奏だった。藤岡幸夫はプレトークで「絶対に眠らせません。人によっては、気持ちがよかったら眠ってください、という人もいるようだけれど、僕はちがう」といっていた。その通りの演奏が実現した。

 この曲は意外に各パートのソロが多い。有名なところでは、第2楽章の冒頭と末尾のホルン・ソロと、中間部のトランペット・ソロがある。ホルンの谷あかねとトランペットの松木亜希が安定した演奏を聴かせた。同時に末尾のホルン・ソロにオブリガートをつけるクラリネットは、山口真由が味わい深い演奏を聴かせた。第1楽章ではヴィオラの首席にゲストで入った百武由紀が艶やかな音色を聴かせた。

 この曲の前には吉松隆のチェロ協奏曲「ケンタウルス・ユニット」が演奏された。チェロ独奏は宮田大。吉松隆の作品にしては鋭角的なリズムと不協和音の軋みが入る曲だが、宮田大はそのような要素を気迫たっぷりに演奏した。

 アンコールに宮沢賢治の「星めぐりの歌」が演奏された。バッハの無伴奏チェロ組曲の一節を取り入れた宮田大の編曲だ。分断された社会だが、分断された人々も、音楽の力で(たとえ一時といえども)ひとつになれる……そんな気持ちになる演奏だった。

 プログラムの最初にはディーリアス(フェンビー編)の「2つの水彩画」が演奏された。ムードに流されずに、しっかり譜読みをした演奏だった。
(2022.2.19.東京オペラシティ)

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