マスコミのあり方を描いた社会派作品。
物語はこう。
「博物館のガードマンの職を突然失い、雇い主に抗議に向かったサム(ジョン・トラボルタ)。だが雇い主の冷たい態度に苛立った彼は威嚇のつもりで発砲、それが偶然警備員にあたり子供たちを人質にとって事態は大事件へ。そこに偶然居合わせた敏腕記者のマックス(ダスティン・ホフマン)は、チャンスとばかりにサムの単独取材を敢行するが……」(Yahoo!映画より)
マスコミに翻弄されていくサムの姿がせつない。
ダスティン・ホフマンは左遷させられて今は地方局のキャスター。ネットワークへの返り咲きを狙っている。彼はサムを「今、自首するのは得策ではない。職を失った悲劇の人間だとアピールし世間の同情を引けば刑も軽くなる」と説得し、独占インタビューを試みる。
結果、サムは家族思いの悲劇のヒーローとして世間の指示を得るが、マスコミは冷徹だ。
マックス以外の局は対抗してマイナスキャンペーン。
サムの知らない人間を友人としてでっち上げて「サムはひどい人間だ」と言わせる。人質にとった子供たちの母親を登場させ、サムの非道を訴える。
これでサムの支持率が落ちると、サムをヒーローに祭りあげていたマックスの局も方針を変える。
マックスを蹴落として今は人気キャスターになっているケビンを現場に急行させマイナスキャンペーン。マックスとケビンの間には過去に確執があったため、ケビンは独占インタビューの裏で行われたサムとの裏取引(今、自首するのは得策ではない。職を失った悲劇の人間だとアピールし世間の同情を引けば刑も軽くなる」と持ちかけたこと)をも暴露してしまう。
マスコミの力により『ヒーロー』に祭りあげられたサムが一転して『悪役』になってしまう、その作劇が見事だ。その一転する動きの中で同時にテーマである『マスコミの非情』も描いている。
またサムもそうだが、マックスもマスコミの思惑の中で翻弄されているのもいい。マックスはサム擁護派。実際に彼の言動に触れてサムがいい人間であることを知っている。だからマスコミの思惑でサムが悪者にされることが許せない。
最初はサムを利用しようとしたマックスだが、ここで人としての両親が芽生える。この変化がドラマだ。
そしてラスト。
以下、ネタバレです。
撃たれた警備員が病院で死に事態は急転。
サムは完全な悪者になる。
警備員を殺してしまった罪悪感にもサムはとらわれている。
そしてサムの自殺。
マックスは叫ぶ。
「彼を殺したのは私たちだ」
マックスが色気を出さずにそのまま自首させておけば彼は死なずに済んだ。
サムから銃を奪う機会はいくらでもあった。
マスコミはまず視聴率ありきのマイナスキャンペーンでサムを追いつめた。
社内での確執でサムを追いつめた。
「彼を殺したのは私たちだ」というせりふは描かれてきた様々な出来事を集約、総括した見事なせりふ。
このせりふを言うためにこの作品は作られた。
★追記
マックスに同行した新人女性記者の変化も見事。
最初は撃たれた警備員を助けに行くような普通の人間。
そのことを彼女はマックスにたしなめられる。
「なぜ、君はカメラを持っていかなかった。君はテレビに出るつもりか」
だが後半は非情なマスコミ人になっている。
赤い服を着て、自殺したサムについて独占インタビューをさせてくれとマックスに迫る。
物語はこう。
「博物館のガードマンの職を突然失い、雇い主に抗議に向かったサム(ジョン・トラボルタ)。だが雇い主の冷たい態度に苛立った彼は威嚇のつもりで発砲、それが偶然警備員にあたり子供たちを人質にとって事態は大事件へ。そこに偶然居合わせた敏腕記者のマックス(ダスティン・ホフマン)は、チャンスとばかりにサムの単独取材を敢行するが……」(Yahoo!映画より)
マスコミに翻弄されていくサムの姿がせつない。
ダスティン・ホフマンは左遷させられて今は地方局のキャスター。ネットワークへの返り咲きを狙っている。彼はサムを「今、自首するのは得策ではない。職を失った悲劇の人間だとアピールし世間の同情を引けば刑も軽くなる」と説得し、独占インタビューを試みる。
結果、サムは家族思いの悲劇のヒーローとして世間の指示を得るが、マスコミは冷徹だ。
マックス以外の局は対抗してマイナスキャンペーン。
サムの知らない人間を友人としてでっち上げて「サムはひどい人間だ」と言わせる。人質にとった子供たちの母親を登場させ、サムの非道を訴える。
これでサムの支持率が落ちると、サムをヒーローに祭りあげていたマックスの局も方針を変える。
マックスを蹴落として今は人気キャスターになっているケビンを現場に急行させマイナスキャンペーン。マックスとケビンの間には過去に確執があったため、ケビンは独占インタビューの裏で行われたサムとの裏取引(今、自首するのは得策ではない。職を失った悲劇の人間だとアピールし世間の同情を引けば刑も軽くなる」と持ちかけたこと)をも暴露してしまう。
マスコミの力により『ヒーロー』に祭りあげられたサムが一転して『悪役』になってしまう、その作劇が見事だ。その一転する動きの中で同時にテーマである『マスコミの非情』も描いている。
またサムもそうだが、マックスもマスコミの思惑の中で翻弄されているのもいい。マックスはサム擁護派。実際に彼の言動に触れてサムがいい人間であることを知っている。だからマスコミの思惑でサムが悪者にされることが許せない。
最初はサムを利用しようとしたマックスだが、ここで人としての両親が芽生える。この変化がドラマだ。
そしてラスト。
以下、ネタバレです。
撃たれた警備員が病院で死に事態は急転。
サムは完全な悪者になる。
警備員を殺してしまった罪悪感にもサムはとらわれている。
そしてサムの自殺。
マックスは叫ぶ。
「彼を殺したのは私たちだ」
マックスが色気を出さずにそのまま自首させておけば彼は死なずに済んだ。
サムから銃を奪う機会はいくらでもあった。
マスコミはまず視聴率ありきのマイナスキャンペーンでサムを追いつめた。
社内での確執でサムを追いつめた。
「彼を殺したのは私たちだ」というせりふは描かれてきた様々な出来事を集約、総括した見事なせりふ。
このせりふを言うためにこの作品は作られた。
★追記
マックスに同行した新人女性記者の変化も見事。
最初は撃たれた警備員を助けに行くような普通の人間。
そのことを彼女はマックスにたしなめられる。
「なぜ、君はカメラを持っていかなかった。君はテレビに出るつもりか」
だが後半は非情なマスコミ人になっている。
赤い服を着て、自殺したサムについて独占インタビューをさせてくれとマックスに迫る。