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平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

不滅の恋 ベートーベン

2007年07月08日 | 洋画
 ベートーヴェン(ゲイリー・オールドマン)の遺書「私の楽譜、財産の全てを“不滅の恋人"に捧げる」。
 その不滅の恋人を捜して動きまわる彼の弟子で親友のアントン・シンドラー(ジェローン・クラッベ)。
 彼の見聞きしたことと過去(回想)が交錯してベートーベンの生涯が描かれる。

 ここで描かれたベートーベンの生涯とは孤独と哀しみ。
 彼は愛し、愛されたいと思うが、すべての人に裏切られる。
★ジュリエッタ伯爵夫人は身分の差を越えての恋だったが、耳が聞こえないということが試されて激怒、破局。(ベートーベンはピアノに耳を当てて楽曲を弾く)
★彼が想いを寄せたヨハンナは弟カスパールと結婚してしまう。
★甥のカールは名演奏家にしようとするベートーベンの過剰な期待に応えられず、自殺騒ぎ。
★父親には暴力をふるわれ、聴覚障害の原因に。(父親は彼のピアノで一攫千金を狙ったが、ベートーベンが宮廷が喜ぶような軽い演奏をしなかったため貴族たちから失笑。それが父親に暴力をふるわせた)
★ハンガリーのエルデーティー伯爵夫人とはお互いを理解し合える関係だったが、本当の愛情までには発展しなかった。彼がずっと想いを寄せる『不滅の恋人』がいたからだ。
 また、直接の関わりはないが、彼が解放者として心酔したナポレオンは侵略者だった。
 愛情を与えても応えてくれない哀しみ。
 愛してもらえない孤独。
 これに聴覚障害が加わり、ベートーベンを苦しめた。
 それらが人を信じられず、人をどんどん切り捨てていく行為に発展した。
 孤独が孤独を生む。その無限の苦しみ。

 しかし、こんな生涯が芸術家には作品作りの種になる。
 9番「合唱」はまさにその結晶。
 大きな苦しみがあったからこそ、喜びを表現せずにはいられない。
 それが9番を生み出した。
 作品中、老いさらばえた白髪のベートーベンが9番の初演で指揮者の隣りに立って演奏を見ている(聴覚障害でもはや音が聞こえない)シーンがあるが、このシーンは実に感動的だ。彼には観客の拍手も聞こえず、指揮者に促されて、観客の喝采を目の当たりにする。

 さて、この作品の謎である「不滅の恋人」であるが、それは誰であったか?
 以下、ネタバレ。



 それはヨハンナであった。
 自分ではなく弟を愛したヨハンナ。彼は嫉妬で彼女につらくあたる。「ふしだらな女」と暴言。弟が死んだのに別の男と寝たと言って警察に拘束させる。政治家を動かし裁判でヨハンナの子の養育権を勝ち取る。
 この様に憎しみに近い形でヨハンナにつらくあたったのは、弟への嫉妬からだけではない。
 かつてふたりは愛し合っていた。
 当時、ヨハンナは弟の恋人であったが、ベートーベンが奪い取って駆け落ちしようとした。
 しかし、すれ違いでふたりは出会えず、ヨハンナは弟のもとへ。
 ベートーベンは会えなかったことをすれ違いだと思わず、ヨハンナの裏切りであったと思い込み、憎んでいる。
 しかし、同時にまた愛している。
 愛憎入り交じったヨハンナへの想い。
 「不滅の恋人」の背景には、この様な複雑で激しい想いがあったのだ。
 死の間際にベートーベンはヨハンナを呼び、こう語る。
 「喜劇は終わった」
 彼は愛していながらも憎んでつらくあたってしまったヨハンナへの行為を、そして自分の人生をこう総括した。

 愛と憎は表裏一体。
 喜劇と悲劇は表裏一体。
 歓喜と苦悩は表裏一体。
 そんな人生の真実をこの作品は見事に表現している。
 また芸術家の心象というものも。
 おそらくこうした振幅が少ないのが一般人。
 一方、芸術家はこの振れが大きい。心の中で嵐が吹き荒れている。
 平凡と壮絶。
 どちらが生き方として幸せなのだろうか?

★追記
 当時、理解される前のベートーベンの音楽はこう評価されていた。
 「がさつで断音的でなめらかさに欠ける」「情熱的すぎて若者に危険」
 一昔前のロックの様なものだったのだろう。

★追記
 クロイツェルソナタはベートーベンのイライラを表現した曲らしい。
 駆け落ちのためにヨハンナのもとへ向かう馬車。しかし馬車は溝にはまって動けなくなり。その時のイライラを表現したものらしい。

★追記
 聴覚障害をこの作品ではこう表現した。
 風の音に消されて音が一部しか聞こえない。
 心臓の音が聞こえる。


コメント (2)
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