平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

相棒 「イエスタデー」

2007年02月08日 | 推理・サスペンスドラマ
 「相棒」第16話「イエスタデー」は、脳の記憶の話。
 人間は、認めたくない過度のストレス体験をすると脳の防衛本能が働き、その出来事の記憶が抹消されるという。
 それを素材にしたドラマ。

 狭間(林泰文)は昨日の記憶をなくしている。
 目が覚めると、ワイシャツ姿。
 見慣れぬナイフがあり、スーツのポケットには俳句鑑賞会のチケット、コインロッカーの鍵。
 鞄は何かで濡れた痕。コートのボタンが取れている。
 折しも昨日、狭間の会社で現金3000万円が強奪される事件が起こり、情況から狭間が疑われることに。
 右京(水谷豊)と薫(寺脇康文)は狭間とともに昨日の記憶を取り戻そうとする。
 以上が物語の前半。
 推理ドラマは、現場に残された物や事象から犯人の行動を類推していくドラマだが、これはその変型。
 犯人とおぼしき人物の失われた記憶を追っていく。
 その記憶を追う行為が犯人に結びつく。

 さて記憶を追った右京たちが得た狭間の行動は次の様なものだった。
★憧れの康江(遊井亮子)と偶然同じバスで出勤して嬉しい狭間。
★途中、元同僚の宇田川(北原雅樹)を偶然見かけて途中下車。
★レストランで会話。この時、ウェイトレスに鞄にスープをかけられた。
 濡れた鞄はこれが原因だった。
★宇田川の行動を不審に思い、尾行。宇田川と同じく会社の先輩であった国分(関貴昭)が会社のお金を強奪するのを目撃する。
★犯行を見られ、口封じのため狭間に渡されるお金500万円。
 巻き込まれる狭間。「これでおまえも共犯だ」と強請られる。
 お金をコインロッカーに隠す狭間と宇田川。コインロッカーの鍵はこれが原因だった。
 
 これで犯人が宇田川と国分であることがわかるわけだが、ここで国分が死体で発見される。
 そして狭間は記憶を取り戻して、自分が「国分を殺した」と自供する。
 しかし、それは狭間が憧れの女性・康江をかばっての行為だった。
 康江はビデオを撮られ国分に脅迫されていた女性だった。国分の部屋に呼ばれた狭間は偶然、死んでいる国分のそばに立っている康江を見てしまったのだ。
 狭間は康江をかばって、自分が殺したとウソを言ってしまう。
 そして、康江が殺人を犯したことは狭間にとってショックな出来事。
 認めたくない出来事だったために、脳がその記憶を抹消してしまった。
 慌てて階段を駆け下り、その時にコートのボタンが取れた。
 それが事の顛末だった。

 逮捕される康江。
 しかし国分を殺した犯人は康江ではなく、実は他にいる。
 これはネタバレになるので書かないが、犯人が狭間→康江→真犯人と次々と変わっていくのがいい。普通は康江が犯人で終わってもいいのだが、さらに新しい犯人を用意する所など、さすがは「相棒」だ。
 そしてラストがいい。
 真犯人は逮捕され、狭間と康江はもとの生活に戻る。
 一件落着。
 しかし、狭間は「まだ解決していないことがある」と言う。
 スーツのポケットにあった「俳句鑑賞会」のチケットだ。
 これをなぜ、狭間は持っていたのか?
 実はこれは「日曜日にいっしょに行かないか」と康江に誘われ、渡されていたものだった。
 狭間はそれを思い出し「一番大事なことを忘れてしまった」と康江に謝る。
 康江は許し、いっしょに歩いていく。

 ここまででも十分におしゃれだが、最後の右京のせりふが気が利いている。
「彼にとって今日が一番忘れられない日になるでしょう」

 見事なオチ。
 「記憶」というモチーフで全体が一貫しているのもいい。
 良質な短編小説を読むような感じだ。

コメント (2)
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今週、妻が浮気します 第4話

2007年02月07日 | ホームドラマ
 第1話~3話までは「妻の浮気は本当か?」というテーマ。
 今回の第4話以降は「妻はなぜ浮気をしたか?」というテーマで描かれていく様だ。
 ひとつのテーマを解決して別のテーマを提示する。
 これで視聴者はグイグイ作品の中に引きずり込まれていく。

 また、今回は主人公への感情移入ということを考えた。
 第1話~2話はひとりで大騒ぎする主人公ハジメ(ユースケ・サンタマリア)に感情移入できなかったが、今は違う。
 妻の浮気に直面したら自分はどうするだろうかという視点でハジメを見てしまう。ハジメのうろたえ方や裏切られた悔しさ・怒り、相手の男への感情。ドラマなので誇張はされているが、ハジメに感情移入してしまう。
 この作品、女性はどう見ているのだろう?
 陶子(石田ゆり子)にも浮気をしたしっかりした理由があるようだから、陶子に感情移入してしまうのか?

 主人公への感情移入ということを考えた場合、完全に感情移入してしまう場面と主人公と自分とは違うと思う場面がある。
 例えば、やたら感情的なハジメや陶子の言いたいことに耳を貸そうとしないハジメには違和感。「少しは冷静になって陶子の言うことを聞いてあげれば」と思ってしまう。
 ドラマはこの様に「感情移入」と「非感情移入」を繰り返して展開していく。
 そのどちらが多いか少ないかは作品ジャンルに拠る。
 大いに感動させて泣かせたい場合は感情移入が多い方がいいだろうし、笑わせたい場合は感情移入は少ない方がいい。

 さて、今回の玉子(ともさかりえ)。
 玉子は毎回的確なアドバイスをしてくれるプリンさんだった。
 「ダメな男ですよね~」と誤魔化したが、恐らく玉子は浮気の相談主がハジメであることを知っているのだろう。
 そして相談主=ハジメであることを知っているとわかってしまったら、今までのようなプリンとしてのアドバイスが出来ないと玉子は思っている。
 玉子でなくプリンであるからこそ出来るアドバイス。
 相手がハジメでなくネットの誰だかわからないからこそ出来るアドバイスがある。
 面と向かって言うのではなく、ネットのサイトを通しての間接的なコミュニケーション。
 ここにドラマがある。
 おそらく玉子はハジメのことが好きなのだろう。
 もしかしたらハジメが陶子と別れることを願っているかもしれない。
 それを願っているが、一方でハジメが陶子との幸せな家庭を築いてくれることも願っている。
 その相反する複雑な心情。
 その複雑な心情がプリンとしてのアドバイスになった。
 面と向かってしまえば、離婚を望む気持ちがもたげてきて的確なアドバイスなど出来ないのかもしれない。

 そして、この玉子に関して印象的なシーンがあった。
 プリンをハジメにプレゼントされた玉子は食べながら、見えないように隠してある写真を見ながら微笑む。
 その写真にはハジメとのツーショット写真。
 このワンシーンで玉子のハジメへの気持ちがわかる。
 そして先程述べた様な玉子の心のドラマが垣間見える。

 今後はおそらく玉子が絡んで、三角関係、四角関係になってどんどん面白くなっていくのだろう。楽しみだ。

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東京タワー 第5回

2007年02月06日 | ホームドラマ
 気丈な母が弱さを見せる時、ドラマになる。

 ハワイアンセンターのハワイ旅行。
 癌の不安、家を立ち退かなければならない不安、指輪で象徴される別れた夫への未練……。
 そんな思いを抱えながらオカン(倍賞美津子)は明るく振る舞う。
 病院ではギャンブル、ハワイアンセンターではフラダンスにプールで大はしゃぎ。
 その間、指輪や首の傷などを見せ、オカンの心情をチラリと見せる手法は見事。
 そしてラスト。
 中川雅也(速水もこみち)は「東京でいっしょに住もう」と言う。
 ここがオカンが弱さを見せるシーン。
 「いっしょに住んでいいんね?」
 いつもなら何をバカなことを言ってと断るところ、オカンはその申し出を喜ぶ。
 オカンは自分の死期が近いことを感じているのだろう。
 だから大好きなマーくんといっしょにいたいと思った。
 せりふでは描かれないが、そんなことを想像させる。
 そして今まで気丈な女性として描かれていたから、そうやって見せる弱さが涙を誘う。

 その他ではこんなシーンが印象的。
 ハワイアンセンターでいっしょの部屋に寝る雅也とオカン。
 同じご飯を食べて、いっしょの部屋に帰ってきて、隣り合って寝る。
 子供の時には日常茶飯事だった行為が母にしてみれば今は貴重なこと。
 すごい思い出。(オカンは「この旅行のことは一生忘れられない」と言う)
 人の幸せとはこんなことだと教えてくれる。
 ハワイに行くことが幸せではない。
 お金持ちになることが幸せではない。
 こんな何気ないことが貴重で幸せなことなのだ。
 我々はそんな貴重なことを何と無造作に過ごしていることか。
 仕方ないのだが。

 この作品「東京タワー」はベタでストレートなのだが、我々が忘れてしまっている大事なことを様々な形で教えてくれる。

 あとは佐々木まなみ役の香椎由宇さん。
 「ローレライ」や「マイ★ボス」の時には感じなかったが、神秘的な美しさ。
 これで二十歳。
 将来が楽しみだ。


★追記
 記事としてかけなかったので第3話「祖母の最期」、第4話「病の宣告」について。
 第3話では10円玉の使い方がよかった。
 祖母は雅也が子供の頃、ギザギザの10円玉を与えて喜んだことを覚えている。
 祖母はその記憶が忘れられなくて、10円玉を箱いっぱいに。
 娘(オカン)のために500円ずつでも貯金している通帳にも泣けた。
 教訓としては「自由には覚悟がいる」ということ。
 完全な自由は人を安きに流す。
 大学を卒業した雅也がそう。志を忘れ麻雀三昧。
 結果、下宿を追い出され路上生活。
 旅立つ時にオカンからもらった1万円、それは雅也が最後の一線として手をつけずにいたものだったが、パチンコに使ってしまう。
 大学の友人からは恥も外聞もなく差し出されたお金をふんだくる。
 自分の夢を持ち何にも縛られない生活を送るのもいいが、そこにはどうしても夢を実現するんだという強い意思と覚悟がいる。

 第4話は2プロット。
 「雑誌にイラストを書かせてもらう雅也」と「癌を宣告されるオカン」。
 雅也は一度NGを出されるが踏ん張って雑誌に自分のイラストを載せる。
 そしてまなみとの関係も良好に。
 わずかだが、プラスに前進してきた雅也。
 それに対照的なオカンの癌宣告。
 プラスのプロットとマイナスのプロットが同時進行する。
 このプラスとマイナスが同時進行する所が素晴らしい。
 病気のつらさとマーくんの成功への喜びが相乗効果で伝わってくる。

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風林火山 第4・5回

2007年02月05日 | 大河ドラマ・時代劇
 武田への復讐に燃える山本勘助(内野聖陽)。
 今川に内乱を起こし、内通している福島越前守(テリー伊藤)を助けにきた武田信虎(仲代達矢)を倒す。
 だが、梅岳承芳(後の今川義元/谷原章介)とその軍師・雪斎(伊武雅刀)の方が一枚上手。
 信虎は彼らの策に乗り福島を見捨て、勘助の策は空振りに終わる。
 以上が第5回「駿河大乱」の大きな流れ。

 全体の感想としては、ドラマとしてあまりのめり込めない。
 歴史の事象としては権謀術策で面白いのかもしれないがドラマがない。

 前面に出して描くべきは勘助の復讐の気持ち。
 しかし、それが策によって成し遂げようとされているため直接伝わって来ない。
 おまけに兄・山本貞久(光石研)との絡みが出て来て、テーマが兄と弟、別の方向に行ってしまった。
 それでもいいのだが、兄と弟の関係が回想でしか描かれていないからふたりの悲劇があまり伝わって来ない。
 貞久はなぜ勘助が反・福島に与しているのかわかっていない。復讐のためだとわかっていたら、勘助との最期のやりとりはもっと別のものになっていたはず。
 また、視聴者はなぜ貞久が福島にこだわって味方するのかわかっていない。こだわって腹まで切るのかが伝わって来ない。
 劇中、勘助を逃がしたことを告白する貞久を許す福島の描写があり、そこで福島の人間性と貞久の主君への信頼が垣間見えるが、それ以上の描写がない。

 この作品、各人物の描き込みが足りない気がする。
 もっと焦点を絞って描かれるべきであって、今回は後に関わってくるであろう義元と雪斎にしてやられて悔しがる勘助をもっと描くべきだった。
 そうすれば勘助と雪斎のライバルの図式が見えてくる。
 義元がもっと名君として描かれれば、信玄との図式が面白くなる。

 その点、第4回「復讐の鬼」の勘助と晴信(市川亀治郎)のやりとりは面白かった。
 勘助の復讐心を見抜き、大望を持たなければ、復讐心だけでは武田家は倒せないと諭す晴信。
 あの浪人なにをしてくるかと楽しみにしている晴信。
 そして何を若造がと反発する勘助。
 いずれも人物としてキャラが立っていた。
 ミツを殺された伝助らを家臣に取り立てる板垣信方(千葉真一)の人情もいい。

 やはりドラマは人の心を掘り下げて見せなければならない。
 『明智光秀が本能寺で織田信長を殺しました』ではドラマにならない。
 そこに信長の狂気や光秀の保守性、はたまた帰蝶への想いなどが描かれているからドラマになる。

 この作品「風林火山」、今川・北条など周囲の状況説明はいいから、早く勘助・晴信VS信虎の対立図式でドラマを展開してほしいと思う。

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LOST 第7話・8話

2007年02月04日 | テレビドラマ(海外)
 「LOST」には教訓話が多い。
 単なるアドベンチャーものではない。
 生きる上での力強い言葉が散りばめられていて勇気づけられる。

 第7話はミュージシャン・チャーリーの話。
 彼はクスリ中毒。
 自分の弱さゆえにクスリに手を出し、敬虔なクリスチャンだったがゆえに苦しんでいる。
 彼がクスリに手を出した理由は何か?
 それは孤独からだ。ミュージシャンとして有名になったものの、認められたのはヴォーカルの兄。チャーリーはベース。バンドは兄で成り立っており、いつでも取り替えはきくと言われた。
 自分には居場所がない。必要とされていない。
 そんな想いがクスリに手を出させた。
 物語はチャーリーが居場所を見出し、クスリを絶つまでが描かれる。
 チャーリーは岩盤の下に閉じこめられたジャックを救うのだ。暗く狭い穴の中を進みジャックのいる所までたどり着く。「おまえならできる」とジャックに言われて(ジャックに信頼されて)、ジャックのはずれた肩をもとに戻す。蛾が飛んでくるのを見て、どこかに通路があるのに気づき、掘って穴の外に出る。
 人は人に必要とされる時、自分自身を取り戻す。
 チャーリーはジャックのために動き、ジャックに必要とされることでクスリを絶つことが出来た。
 チャーリーがロックに言われた言葉もいい。
 ロックは飛んできた蛾を見て言う。
「繭の中の蛾は外に出ようと必死でもがいている。殻を突き破ろうと思っている。自分(ロック)は繭の殻を壊して蛾を外に出してやることができるが、それをしない。なぜなら、もがくことで蛾は生きる力を得るからだ」

 第8話はソーヤの話。
 ここでもチャーリーのテーマの変奏で「人間はひとりで生きるのではない」「人には人が必要だ」ということを描き出す。
 ソーヤは苦しみを抱えている。
 彼が問題を起こしてみんなに疎まれようとするのは、その過去に起因している。
 彼の両親は詐欺師に騙され、悲惨な形で死んだ。
 彼はその詐欺師を恨んでいる。子供の時その恨みと復讐の決意を書いた手紙をいつもポケットに持っている。しかし彼も大人になり、その弱さから人を騙す側になってしまう。
 自分が人を騙す人間になっている。
 かつて自分が憎んだ人間になっている。
 それがソーヤには許せない。ソーヤは自分が嫌いなのだ。
 自分が嫌いだから他人も好きになれない。ジャックの献身的行為が偽善に見える。
 自分が嫌いだから自分は他人に愛されてはいけないと思う。疎まれて恨まれて他人に殺されるべきだと考えている。
 だが、それは他人の愛情を求める心の裏返し。
 それが「ケイトがキスをしたらぜんそくの吸引器のありかを教える」という言葉となった。
 彼はケイトの愛を求めていたのだ。
 自分の傷ついた孤独な心に触れてほしかったのだ。
 ケイトにキスされ、同時に自分の過去の傷を理解されて癒されるソーヤ。
 「人には人が必要なのだ」ということが伝わってくる。
 それは同じ話のこんなふたつのエピソードでも描かれる。
 ぜんそくで苦しむシャノンに韓国人女性のサンはユーカリの葉を与える。
 サンは夫のこともあり、今までジャックたちに心を開かなかった女性。
 そのサンが他人に何かを与えた。
 チャーリーはピーナッツバターを欲しがるクレアに空のビンを見せて、「ここにピーナッツバターが入ってるって想像してみろ」と言う。
 このサンとチャーリーのエピソードは短い描写だが実にあたたかい。

 作劇のテクニックとして次の2点。
★テーマを描くメインエピソードと共にテーマを別の角度から語るせりふを添える。
 これは第7話、チャーリー話のロックの蛾のせりふがそう。
★テーマを語るメインのエピソードと共にサブエピソードも添える。
 これは第8話、ソーヤ話のチャーリーとサンのエピソードがそう。

 「LOST」はメインのエピソードよりも何気ないせりふやサブエピソードの方が魅力的なことが多い。

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花より男子2 第4・5話

2007年02月03日 | 学園・青春ドラマ
 「花より男子2」が面白い。

 今回は特に主人公たちの恋の障害となる敵役が魅力的なのがいい。
 今回の敵役とは滋 (加藤夏希) と花沢類 (小栗旬)のことだ。
 通常、恋を邪魔する敵役は性格の悪い悪者が多いが、このふたりは逆。
 類はつくし (井上真央) に対してやさしく誠実。
 病院に担ぎ込まれたら、一晩中いっしょにいる。手を繋いで。
 キスしたかったからキスしたが、その後で「自分の中でつくしの存在が大きくなっていったこと」をちゃんと話し、 藤堂静 (佐田真由美) とも別れた。
 滋もひたむき。
 すっぽかされて冷たくされてもがんばって明るく振る舞っている。
「あの後、つくしとエッチしたの? それはショック!」
 道明寺 (松本潤) の気持ちがまだつくしに傾いていることを知っていても逃げずに向き合おうとする。
 こんな類と滋だから、視聴者は恋の行方にやきもきする。
 これが悪役だったら、興味はいかに悪を粉砕するかになってしまう。

 道明寺がつくしに素直に入れないカセもいい。
 道明寺財閥のこと。
 自分の不用意な発言で社員がリストラされ自殺してしまったこともトラウマになっている様だ。
 だが第5話では、つくしの弟の進 (冨浦智嗣) への恋のアドバイス、進のひたむきな姿を見てで再びつくしへの想いを取り戻した様だ。
 「道明寺財閥」100万人を乗り越えてのつくしへの告白は重い。
 プライドの高い俺様の道明寺だが、今回はプライドをかなぐり捨てていた。
 第4話で古いアパートを買い取って隣りに住むあたりは俺様・道明寺だが、第5話は違った。
 誤解から「迷惑だから、もう私たちの前に現れないで」とはっきり拒絶されたにもかかわらず、道明寺は逃げない。せっかく進のために懸命にやっていたのに、何というやつだ!と言っていつもなら怒るところ、道明寺は我慢して言う。
「それでもおまえに惚れている。おまえ以外考えられない」
 この告白以前の道明寺(つくしの言葉を借りれば「意味不明の道明寺」)であったら、つくしは類に傾いたかもしれない。「困った時の花沢類」から「恋人の花沢類」に変わったかもしれない。
 しかし今回は違う。
 次回以降、つくしはこの告白が重いことを知っていくであろう。
 これで道明寺と類はつくしの中で同等になった。
 どちらに傾いてもおかしくない情況。
 見事な作劇だ。
 
 その他、第4話ではこんな作劇があった。
 「つくしと類」「道明寺と滋」
 ふたつの新しいカップルを交互に同時進行に描いていく。
 一方はいい感じ。
 もう一方は滋の一方通行。
 それがラストで一同に会す。
 つくしを押し倒す道明寺(進を自分の部屋に追いやって)。
 そこへやって来る滋。
 繋がっている携帯で話の内容を聞いている類。
 4人が一同に会すことで4人それぞれ様々な心のドラマが生まれた。
 お見事!
 現代版「君の名は」は今後どの様に展開していくのか?
 目が離せない。

 最後にいいせりふが。
 道明寺にふりまわされて文句を言うつくしに総二郎(松田翔太)は言う。
『恋愛は理屈じゃないから。本気で好きになるってことは傷つけたり、傷つけられたりすること』
 これはまさにつくし、道明寺、類、滋の情況。
 ドラマではこのせりふに「道明寺に拒絶される滋」のシーンが挿入されていた。
 実にせつない。
 そして「本気で人を好きになれたり」「傷ついたり傷つけたり」するのが『青春』だってことをこのドラマとこのせりふは教えてくれる。
 確かにオトナになった我々は「傷つくことを怖れ、本気で人にぶつかっていくこと」を忘れてしまった。

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蜘蛛女のキス

2007年02月02日 | 洋画
 刑務所の同じ房にいるモレーナとバレンティーン。
 モレーナはゲイ。ロマンスと空想の中に生きている。
 バレンティーンは政治犯。偽善に満ちた現実を直視し、社会と闘っている。
 物語はふたりが映画のストーリーへの感想を述べ合うことで進行していく。
 対照的なふたりの考え方、感じ方を描いていく。

 モレーナは先程も述べたとおり空想の世界に生きる男。
 ゲイであるがゆえに白い目で見られ、母親以外愛されたことはない。好きだったレストランの男は妻子持ちで友情は向けられたが、愛情は得られなかった。
 目が覚めるとひとりぼっち。
 いつも「本物の男」を求めて待っている。
 そんなモレーナは空想の世界に愛を求める。
 ロマンス溢れる映画の世界に耽溺することで現実の憂さを晴らす。

 一方、バレンティーンは現実に生きる男。
 自分の天命は闘うこと。楽しみは二の次だ。主義に殉じる。 
 そしてモレーナを非難する。
 「君はつまらない。社会の現実を知らない」
 「君が好きだという映画はナチの映画だが、ナチが何をしたか君は知っているのか?」
 「映画の中で空虚な人生を送っている」
 「映画は君の自慰だ」

 ふたりは対立する。
 だが一方で理解し合う。
 モレーナは「空虚な人生を送っている」と指摘されてその通りだと言う。
 「母親以外に愛されなかった自分の人生は何もない人生だった。いつから自分の本当の人生が始まるんだろう」と悲痛な叫びをあげる。
 それに対しバレンテーンも「実は自分も同じだ」と語る。
 彼はアルタというブルジョアの娘を愛した。
 しかし彼の思想を捨てるように言われ、彼女と別れた。
 バレンティーンは今でも彼女を想い、別れたことを後悔している。
 そんなお互いの理解・孤独がさらにふたりの絆を強くする。
 やがてふたりは愛し合う様になる。
 モレーナは実は仮釈放と引き換えに刑務所側のスパイをやらされており、バレンティーンから左翼組織の情報を聞き出すために同じ房に入れられていた。
 しかしバレンティーンへの想いは彼にスパイであることを拒絶させた。
 モレーナはバレンティーンから聞いた情報を話すことはなかった。
 
 そしてラスト。
 ふたりは別々の運命をたどることになる。
 仮釈放されたモレーナはバレンティーンの組織の仲間の国外逃亡を助けようとする。バレンティーンの感化を受けたのか、自分も逃げて政治運動に参加しようとする。だが彼は警察に尾行されていて組織の仲間と接触した瞬間、撃たれて死んでしまう。
 一方、バレンティーンは刑務所の拷問を受けて死んでしまう。空想の中で別れたブルジョワの娘と旅に出る夢を見ながら。
 このふたりの死に方は興味深い。
 空想に生きていたモレーナが現実の闘いの中で死に、現実に生きていたバレンティーンが空想の中で死んでいる。
 ふたりは理解し合う中で互いに変わっていったのだ。
 モレーナは現実に立ち向かう様になり、バレンティーンは空想に安らぎを見出すようになった。
 人には空想と現実、両方が必要なのだ。

 そしてモレーナが語った「蜘蛛女」のエピソードは、ふたりの人生を暗示している。
 「蜘蛛女」のエピソードとはこうだ。
「南の島。蜘蛛に囚われた女がいる。彼女は蜘蛛の糸の中で外へ逃げ出すことができない。そこへ漂流してきた血だらけの男。蜘蛛女は男にキスをして涙を流す」

 これを解釈すると、囚われている「蜘蛛女」とはモレーナ、バレンティーンに他ならない。
 それは単に刑務所に囚われているというだけのことではない。
 社会や思うようにならない現実に囚われているということだ。
 そして流れ着いた血だらけの男もモレーナとバレンティーンだ。
 ふたりはキスすることで涙を流し、お互いの心を慰めることが出来た。
 そんなことを暗示している。
 そして、それはモレーナとバレンティーンだけの暗示ではなく、人間すべての暗示かもしれない。
 人は逃げ道のない現実(蜘蛛の糸)の中で人とのふれあい(キス)を求めている。
 様々な暗示に溢れた作品だった。

コメント (6)
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今週、妻が浮気します 第3話

2007年02月01日 | ホームドラマ
 1・2話はハジメ(ユースケ・サンタマリア)のひとりあがき、ひとり芝居。
 これだけだとハジメの魅力だけでドラマを引っ張っていかねばならず、なかなか面白くならない。

 その点、この第3話は面白かった。
 まず脇役が魅力的になってきた。
 脇役それぞれがハジメの浮気に関してリアクションをする。
 轟(沢村一樹)は同期としてハジメの悩みを真剣に考える。
 現場を押さえて殴れと言う。
 今回は「おまえがトチ狂ったことをしないか見に来た」と言って現場のホテルまで来てくれる。
 法務部の至宝(西村雅彦)はハジメが浮気されようとしていることを知り、こんなアドバイスをする。
「男の浮気は麻疹のようなもので水に流せる。女の浮気は許せない」
「証拠を押さえろ。訴訟の時に役立つ」
「ただし暴力はいかん。浮気は民法だが、暴力は刑法だ」
 浮気をしている法律の専門家・至宝らしいアドバイスだ。
 あくまで自分の都合のいい男性論理を言い立てるが、徐々に「いいヤツっぽい」ところを見せていく。先程の「暴力はいかん」の所がそうだ。
 ラストにはハジメが急いでいるのを察して、自分のタクシーを譲ってあげる。
 マイナスのイメージからプラスに転じる時、人物は立ってくる。
 そのいい例だ。
 そして玉子(ともさかりえ)。
 この玉子が実に魅力的だ。
 轟も至宝もハジメに直接的なアドバイスをするが、玉子は違う。
 自分の過去のことを話してみたり、トラブルの処理をハジメの代わりに買って出たり(ハジメはその日妻の浮気現場に行かなくてはならない)、間接的にハジメを助ける。フォローする。
 轟や至宝の様に直接的にアドバイスするよりも間接的な方がキャラが立つ。
 玉子はハジメが浮気されていることを知っているのか知らないのかが謎になっているのもいい。視聴者に想像の余地を与える。知らないでやっているとすれば、こんなに的確なアドバイスをする玉子ってハジメのことが好きなのでは?と視聴者に思わせる。もし知ってやっているとすれば、ネットのプリンさんは玉子であろうと想像させる。
 今回のトラブルで「こういう時こそ女を使わなきゃ」と言ってスーツに着替える姿も格好良かった。
 陶子(石田ゆり子)もそうだが、女性の登場人物は洋服を替えるだけで魅力的に見せることが出来る。その人物の気持ちの変化を視聴者に伝えることが出来る。
 女性の登場人物にとって「衣服」は大事な小道具だ。

 その他のドラマテクニックとしては、タイムサスペンスがあった。
 第1・2話では浮気まで「あと1週間」「あと3日」であまりサスペンスは感じなかったが、今回は1時間後、しかも見失えば部屋がわからず浮気をされてしまうというカセも用意されている。
 「ハジメが浮気現場に踏み込んでどんな行動を取るのか」というテーマも伴っている。
 だから後半パートは3つ仕掛けが施されていてグンと面白くなった。

 さて来週は修羅場。
 他人の家の修羅場を見せてもらえるのもドラマの醍醐味。
 楽しみだ。

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