福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

福聚講・第6回板東33観音霊場巡礼の記録(2009.03.29)

2009-04-01 | 開催報告/巡礼記録
福聚講・第6回板東33観音霊場巡礼の記録(2009.03.29)

今回の巡礼は、第15番札所白岩山長谷寺(白岩観音)と第16番札所五徳山水澤寺(水澤観音)。高崎駅に9時10分に集合。西口の2番バス乗り場から榛名湖行きのバスに乗り、ドドメキで(9時45分)下車。そこから徒歩で長谷寺へ。緩い坂道を登っていくと、右手に雄大な山容を見せる赤城山山塊がよく見える。野を吹く風はまだ肌寒い。

バスの車内で、あらかじめ高原師より手渡されたビニール袋と手袋で、道中のゴミを拾って歩く(クリーンアップ板東活動)。それでも予定より5分ほど遅れの35分で、白岩観音に到着(10時20分)。

白岩山長谷寺は、金峰山修験本宗で寺伝では開山が役行者、開創は朱鳥元年(686年)の古刹。本尊は、十一面観世音菩薩、平安時代後期の作で県指定重要文化財。山門と本堂は共に16世紀後半のもので、高崎市指定文化財。本堂の向拝には、彩色を施した彫刻が今も鮮やかに残っている。天井にも、彩色された天人奏楽の天井画が見られた。本尊は秘仏で、拝観出来ないが、厨子の前の御前立ち観音は、鎌倉時代前期の作と言われ、全体に、金箔が施された2メートルちかい立派な観音様である。納経の後、高原師の法話をお聴きする。「観世音とは、衆生の声を聞き取り、あらゆる苦しみから救い出してくれるということで、観世音菩薩は変身して、相手に応じて法を説いて下さるという。観音経は、是非全文を読まれることを薦める。お不動様は瞬間的に助けて下さるが、観音様のご縁は何十年後に来ることもある。<高原師の護国寺でのご縁>など」、今まで唱えていた観音経の重みが、ずしりと胸に響くお話しであった。

白岩観音(11時)より水澤観音へ行くバス停へ向かう。榛名山の南麓、関東平野を一望する、200から300メートルほどの丘陵地帯を歩く。時々遅咲きの白梅や、椿やコブシの残り花が、青い空に映えている。榛名白川を渡り、約35分、バス停の四谷に着く。(毎回下見をして頂いている高橋世話人のお陰で、不安のない歩きであった)11時50分発の伊香保温泉行きで、水澤観音バス停に12時25分着。ここから徒歩直ぐの五徳山水澤寺(水澤観音)は、推古天皇の御代に恵灌僧正による創建という。本尊の千手観世音菩薩は秘仏。仁王門、本堂、六角堂は、共に天明7年(1787)頃の建築とのこと。境内は、伊香保温泉に近いせいか、観光客らしき人も多い。一行は、人混みを避けて、本堂外陣の左隅で納経する。納経を終えて境内を散策。駐車場からの道を通って境内に入ったので、山門、仁王門に、百段階段を降りて向かう。山門と仁王門は、2,3人の人がいるだけで静かな佇まいであった。水澤観音バス停から11時38分発の高崎駅行きのバスに乗る。榛名山の雄大な裾野を走るバスからの眺めを楽しみながら(赤城山がよく見えていた)高崎駅に約1時間後、2時40分に到着。高崎駅ビルのおそば屋で遅い昼食をとり、3時30分に解散。

参加者:12名。高原師、高橋、岡村、有園、鈴木、細田、細野、菊池、志々田、米田、関口夫妻。
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