12月21日はフランク・ザッパの誕生日。1940年生まれなので存命ならば古希(70歳)である。
以前からフランク・ザッパの名前は知っていたが、私が始めてザッパの音楽を聴いたのは1978年の「スタジオ・タン」。前衛ロック・オーケストラによる奇天烈なサウンドは、お上品なプログレとは雰囲気が全く違っていて、私はすぐに夢中になった。
ザッパを聴くきっかけになったのが1970年代末に音楽雑誌「プレイヤー」に八木康夫さんが連載していた「PIPCO'S」というコラム記事。最初こそジェフ・マルダーやブルースなど渋い音楽を紹介していたが、第3回目くらいにザッパを特集。その後もレジデンツ、ポップ・グループ、キャプテン・ビーフハート、ブライアン・イーノ、ペンギン・カフェ・オーケストラ、ラ・デュッセルドルフ、PUNGO、あきれたぼういずなど異端の音楽を取り上げるようになり、私の嗜好に大きな影響を及ぼした。フリー・ミュージックや当時勃興してきた日本のオルタナティヴ・ロックに足を踏み入れ、八木さん自らもPIPCO'Sというバンドを率いて怪しい活動をするようになる。果ては非常階段の新宿ロフトでの蝉丸嬢の放尿写真を掲載しようとしていきなり連載打ち切りになった。
八木康夫さんは1970年代からイラストレイター、コラムニスト、グラフィックデザイナー、フォトグラファーとして活動しており、フランク・ザッパの日本盤LPの解説も数多く手がけた。同姓同名のTVプロデューサーがいるので、最近は「ヤギヤスオ」と表記するようになった。5年位前にロフト・プラス1で開催された映画「ロッカーズ」上映会にパネリストとして出席し、「君たち(今の若者)にはやりたいことがあるのか!」と檄を飛ばしていたのが印象に残っている。
ヤギヤスオ HP
そのPIPCO'Sとはフランク・ザッパの1968年のアルバム「ランピー・グレイヴィ」のジャケットでザッパが着ているTシャツのロゴからとったという。アメリカの野球のマイナー・リーグのチームのTシャツらしい。
私がザッパを聴き始めた頃は初期の作品はすべて入手困難で、いかがわしいブートレッグでしか聴けなかった。現在CDですべての作品+発掘レア音源が手に入るようになってザッパの大宇宙を気軽に旅することが出来るようになったことは喜ばしい。
ザッパさん
ビーフハートと
天国セッション
ザッパの曲を日本語カヴァーしていた名古屋の変態バンド、なぞなぞ商会を渋谷屋根裏に高校の友達と観に行ったのも懐かしい思い出だ。
Lumpy Gravy Capitol Version (full album)
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