自分でも忘れかけていたのだが、筆者は中学1年の時「写真部」に入っていた。放課後に活動する部活ではなく(そちらは軟式テニス部だった)、授業のひと枠のクラブ活動の時間だったと思う。特に写真が好きだった訳ではないが、子供の頃集めたTVヒーローのブロマイドや大阪万博の絵はがきが好きで、写真に憧れはあった。デジタルカメラやスマホが普及した現代からは信じられないが、昭和50年代は写真は金のかかる趣味だった。小中学生で自分のカメラを持っているのは金持ちのボンボンだけだった。だから写真部に入れば親のカメラを自分の物にできるし、写真屋に出すと高価な現像やプリントが自分で出来るので、安上がりで楽しめると考えたのかもしれない。オートマチックカメラを手に意気揚々と撮影に臨んだのだが、カッコいい被写体が思い浮かばず、近所の原っぱで遊んでいる妹や、テレビ漫画の画面を撮影する程度だった。学校の暗室で丸い缶に現像液と撮影済みのフィルムを入れてかき混ぜるのだが、蓋のしめ方がユルくて光が入ってしまいダメにしたり、上手く現像できても印画紙に投影する時に焦点が合わずボケ写真になったりで、結局まともな写真は出来なかった。悔しくて、奇麗に出来た他人の写真をくすねて、自分の写真と偽って親に見せた暗い思い出がある。
それ以来写真熱は冷めてしまい、大学時代の自分のバンドの写真もあまり残っていない。特に吉祥寺GATTYに出演していた即興ユニットOTHER ROOMの写真が1枚もないのは返す返す残念でならない。80年末に一眼レフを買って(もちろんフィルム式)子供を中心に家族写真をたくさん撮った。90年代には「写るんです」等使い捨てカメラが人気になり写真を撮る機会も増えた。増え続ける写真を、最初のうちはアルバムに整理していたが、次第に面倒くさくなり、子供が中学に進学して以降は段ボールに詰め込んだまま放置してある。
2000年代からデジタルカメラが普及しはじめ写真屋に現像を頼む必要が無くなり、さらにスマートフォンの写真機能の向上により、いつでもどこでも高度な写真/動画が撮れるようになった。しかし今度は撮り放題撮り過ぎてスマホの中の写真は万単位の枚数になり、もはや整理どころか見返すことも大仕事になった。無尽蔵に増える写真データをどうにかしてまとめてお気に入りの写真集を作ることを夢みてはや何年も経つ。そんな筆者の手元にほぼ同時期に素晴らしい写真集が3冊届いた。ジャンルもテイストも異なるが、筆者が愛好する世界を凝縮した感慨深い写真ばかりである。家へ帰り食事や風呂やブログ執筆を終えてから、お気に入りのレコードを聴きながら写真集のページを捲るのが、筆者の秋の夜長の理想的な過ごし方になるだろう。
●佐藤ジン『Underground GIG Tokyo 1978 – 1987 Action Portrait by Gin SATOH』
灰野敬二の1stアルバム『わたしだけ?』のジャケット写真を撮影したことで筆者が最大にリスペクトするカメラマン佐藤ジンは、70年代末に発生した日本のパンク/ニューウェイヴ/地下音楽のシーンを、楽器やマイクの代わりにカメラで記録した、というより描き出した。つまり「行動する肖像(アクション・ポートレート)」である。86年刊行のオリジナル版『GIG』が週刊誌を思わせるザラ紙の印刷だったのに比べ、新装版は高品位紙の印刷なのでかなり質感は異なる。しかし佐藤ジンにより描き出された行動する写真の迫真性は、変わらないどころか、30年以上の時間を経て、より鮮烈・鮮明に心と魂に刺激を与える気がする。実物を見た記憶はどうしても時間と共に変化してしまうが、写真を見る=記憶を感じることは、実体験を超えるほどリアルなエクスペリアンス足り得ることを実感する。
Friction フリクション Rare VHS Clip / Japanese Rock 軋轢
⇒版元ドットコム
●爆裂女子写真集『Riot Girl』
デビューして1年半のパンクロックアイドル爆裂女子の初のオフショット写真集。2019年1月7日新宿ロフトで開催されたデビュー1周年ワンマンライヴ『No Future Idol?』の写真集は、激し過ぎるライヴパフォーマンスの魅力をそのまま記録したパンクなフォトドキュメントだったが、今回の写真集は「女の子」であり「アイドル」である4人の笑顔を自然体で捉えたハッピーなフォトブックである。タータンチェックのステージ衣装でソファの上で戯れるセッションは、仲のよい4人の笑いの絶えない楽屋風景を思わせるし、多摩川の河原で撮影したという私服のアウトドアセッションではそれぞれのメンバーの魅力を最も良く引き出すシチュエーションで、最もいい表情を撮ったキュートなポートレートばかり。ライヴの激しさと写真集の愛らしさの落差は、筆者の推しメン都子ちゃんの「ライヴはストロング、心はセンチメンタル」というキャッチフレーズそのもの。こんなに素敵な写真の数々を形に残せる幸せを心に刻んだ4人の、今後の躍進に期待が高まるばかりである。
爆裂女子 2019.7.28「爆裂地獄バスツアー」@ライブバス
⇒まんだらけ公式サイト
●ノマル30周年記念BOOK『アートの奇跡』
橋本孝之とsaraからなるコンテンポラリーミュージックユニット.es(ドットエス)の本拠地である大阪のギャラリーNomart(ノマル)は、1989年大阪で版画工房としてスタートした。その後デザイン編集スタジオ、現代美術ギャラリー、前衛音楽のレーベルと拡張を続け、現代を生きるアーティストたちと共に創造し続けるノマルの30年間の記録をまとめた書籍。写真も多数あしらわれているが、写真集というよりは記録集と呼べるだろう。残念ながら筆者はまだノマルを訪れたことはないが、橋本孝之が言うには超アンダーグランドな基本理念を貫き通す希有なギャラリーの膨大な関連作品カタログや展覧会記録をページを捲って行くに連れて、大阪のみならず日本、アジア、世界中のアートの闘いの歴史を俯瞰するような気持ちになる。なによりも嬉しいのはノマル・ディレクターの林聡をはじめ、写真に写るアーティストやミュージシャンたちの表情がみな充実した笑顔で輝いていることである。
.es(ドットエス 橋本孝之 Takayuki Hashimoto & sara) 2019/8/3 Gallery Nomart
⇒Nomart Store
『アートの奇跡』の表紙に記された「人はアートがなくても生きられるが、活きるためにはアートが必要である。」という言葉は、アートをミュージックに置き換えても真理である。その意味ではこの3冊の写真集は、「人」が本当に生きる(活きる)ために必要なものが何なのか、雄弁に語ってると言えるだろう。少なくとも筆者にが活きるためにこの3冊がこの上なく励みになることは確かである。
地下音楽と
アイドルとアートの
写真集