最近都内中古レコード店での筆者のお目当ては格安セール品、特に100円レコードコーナーになっている。十数年前のようにレア盤セールに早朝からから並び開店と同時に我先にとダッシュして他のコレクターと競争しながらお目当ての魔盤を勝ち取るなんて気力も体力もない。またサイケ/ノイズ/前衛ロック/フリーインプロヴィゼーション/地下音楽といった得意ジャンルに関してはそこそこのレア盤を手に入れてしまい、もはや内容はともかくレア度が高いことしか取り柄のない無名の堕盤しか残っていない気がするのと、それらのジャンルなら初見の盤でも聴く前にある程度内容が想像できてしまう気がして、食指が動かない不感症シンドロームに陥ってしまった。そんな時100円コーナーで出会った日本のフォークソングのレコードを聴いて、これまでにない新鮮な感動に震えた経緯については「100フォークスのススメ」として連載している過去記事に綴ってある。
⇒【100フォークスのススメ】第3回:心の実存を自問するフォーク界のコールドウェイヴ〜佐々木好『心のうちがわかればいいのに』『にんじん』
その出会いは余りにヒットし過ぎたり余りにベタな内容だったりして「聴かず嫌い」してきた魔盤との和解であると共に、知らなかったが故のビギナーズラックでもある。新品の時の値段の20分の1以下の<100円>という価格設定は、持ってけ泥棒!と言う勇ましいものではなく、処刑(廃棄)される前に一度だけ生き残る(買われる)チャンスを与えられた死刑囚(塩化ビニール)の諦めしかない死んだ魚のような目の焦点の定まらない視線が漂白する賽の河原か無名戦士の墓に他ならない。オレは恰も墓掘り人夫のフリをして墓穴を掘り起こし、わらわら湧き出るウジ虫を追い払いながら、ぶっ生きる返す望みに賭けた秘宝を物色する好色なネクロフィリア(死体愛好家)に違いない。何と出会えるか分からないスリルと昂奮は、中1の頃ラジオのチャンネルを回しながらどんな音楽が聴けるか楽しみで胸をドキドキさせていた音楽童貞時代を思い出させる。
そんな堕盤魔盤墓荒らし活動の中で出会った癒しのボックスセットを晒しものにすることにしよう。
●プロ・カンティオーネ・アンティカ『アルス・ブリタニカ』
3LP:キング・レコード K25C-42/4(TELEFUNKEN原盤)定価¥7500 / 2019.10.24 Disk Union 吉祥寺クラシック館にて税込¥100
アルス・ブリタニカとは中世イギリスの古楽のこと。LP3枚それぞれ15世紀の「オールド・ホール写本」、16世紀の「マドリガル」、17世紀の「リュート歌曲」が収録されている。カウンター・テノール中心の男声合唱で奏でられるポリフォニーのメロディは、静謐且つ美麗でパンクロックアイドルの激しいライヴで疲れた筆者の心と身体を労ってくれる。これまではピアノや室内楽やミニマルミュージックに癒しを求めて来たが、人間の生声に勝るヒーリングはない。折り重なるヴォイスのバックで慎ましく演奏されるオルガン、リュート、ヴィオラ・ダ・ガンバが野に咲く百合の花のように愛おしい。
●サン・ピエール・ド・ソレーム修道院聖歌隊『グレゴリオ聖歌』
3LP:キング・レコード SLC1541〜3(LONDON原盤)定価¥6,000 /2019.10.26 HMV record shop Shibuyaにて税込¥110
帯付きエンボス加工/ゴールド印刷の美麗ボックスに52ページ解説ブックレット付き。HMV record shop渋谷の100円コーナーでこの箱を見つけたときはまさに天使が舞い降りたかと思った。20年くらい前にブームになったグレゴリオ聖歌は基本的に男声合唱のユニゾンである。ハーモニーがないので単調な分、声の厚みと自然な反響が大きな魅力となる。教会の聖堂でキリスト教の典礼と同じスタイルで録音されるので、神への祈りしかない敬虔な歌声に畏れに似た気持ちが沸き上がる。しかし筆者は宗教観に呑込まれることなく、ひとつの音響として聴き流すことにした。それにより紀元10世紀から歌い継がれて来た単線率から余計な信仰心を蒸発させ、残った反響の本質足る音律だけが聴覚を潤すエンバイロンメンタルムジークに生まれ変わる。
●ポール・モーリア『華麗なるラブ・サウンド・ベスト156』
13LP:Reader's Digest 46PR-1〜13 定価不明 / 2018.9.27 HMV record shop新宿ALTAにて税込¥108
タイトル通りムード音楽/イージーリスニングの第一人者ポール・モーリア率いるグランド・オーケストラの名演を156曲収録した13枚組ボックスセット。発売元のリーダーズダイジェストとは今で言えばディアゴスティーニのように特別編成の商品を企画し、会員向け通販で頒布していた会社である。購入者は特に音楽マニアではなく、百科事典と同じように「文化的家庭の常備品」という感覚だったのだろう。買っただけで安心して殆ど針を下ろしていない新品同様の美盤。各レコードは「ハッピー・ハート」「愛の調べ」「オン・スクリーン」「ワールド・トップ・ヒッツ」等楽曲のテーマ別にコンパイルされている。しかしながらどこから聴いても金太郎飴ならぬポール・モーリア。ゴージャスかつロマンティックなラブ・サウンドをお茶の間で味わえるプチ贅沢に浸ることが出来る。シンセサイザーや電子楽器が主流になる以前の生のストリングスやポール・モーリアの特徴であるチェンバロの生音が素晴らしい。ときどき不思議な音やアレンジが施されており、もしかしたらフランスのザッパはアルベール・マルクールではなくポール・モーリアだったのでは?と信じかけている。ジャッケット写真のモーリア氏の紳士の笑顔も素敵すぎる。ポール・モーリア写真集があったら購入したい。
LP盤
19枚で
318円