A Challenge To Fate

私の好きな一風変わった音楽を中心に徒然に綴ったページです。地下文化好きな方は見てやって下さいm(_ _)m  

【私のB級サイケ蒐集癖】第32夜:60年代ヒッピー映画サントラ盤『サンセット通りの暴動』『白昼の幻想』『嵐の青春』『ヒッピー革命』

2021年05月10日 22時54分40秒 | 映画やDVDのこと


90年代半ばまでは、海外の60年代のロックバンドの動く映像を観れるのは映画だけだった。有名なバンドであれば『モンタレーポップ』や『ウッドストック』のようなドキュメンタリー映画で観れたが、B級サイケやガレージパンクバンドは、ヒッピーやバイカーといったカウンターカルチャーをテーマにした映画にちょい役で出演した映像でしか観れなかった。名作とされる『イージー・ライダー』は時々名画座で上映されたが、それ以外のヒッピー映画は日本で上映されることはなく、ごくたまに昼か深夜のテレビの映画枠で無様に編集されて放送されることがあるくらいだった。しかも全く関係のない邦題になっていて、タイトルだけ見てもどんな映画か分からなかった。YouTubeはもちろんDVDもなくVHSビデオが主流だった80年代末~90年代に新宿にエアーズという海賊ビデオ店があって、明らかに違法コピーのヒッピー映画やガレージパンクの編集ビデオが販売されていた。粗悪な画像と音だったが、レコードでしか知らないB級サイケバンドが動く姿に興奮した覚えがある。それから30年余り経った今、自分の中では伝説となっているヒッピー映画の数々がYouTubeで簡単に観れる時代になった。当時の自分が知ったら歓びのあまり失禁してしまうだろう。そんなヒッピー映画のサントラLPを久々に聴いて30歳若返った気分に浸るのも悪くなかろう。

●サンセット通りの暴動 / Riot on Sunset Strip (Tower ‎– DT 5065 / 1967)


1966年後半に実際に起こったサンセット通りの夜間外出禁止令に対する暴動が発生してから6週間後に撮影され、1967年に公開された。サンセット通りの暴動が起きた当時の様子を再現するとともに、主人公の少女と離婚した両親との関係が描かれている。ハイライトは彼女がLSDを投与されアシッド・トリップを体験する場面、後に警察の調べによって集団レイプの被害者であることを知らされる場面など。TV放映時の邦題は『青春の罠・性と反抗』。スタンデルズ The Standellsとチョコレート・ウォッチ・バンド The Chocolate watch Bandというロサンゼルス2大ガレージパンクバンドが出演している他、60年代B級映画の首領The Sidewalk Sound(Davie Allan &The Arrows)をはじめ無名のアーティストが参加。サイケ前夜のガレージ/サーフ・ロックを堪能できる。

Riot on Sunset Strip Arthur Dreifuss, 1967



●白昼の幻想 / The Trip (Sidewalk ‎– ST-5908 / 1968)


ジャック・ニコルソンの脚本を「マシンガン・シティ」のロジャー・コーマンが製作・監督した作品でLSDを服用した1人の青年が体験する“幻想の旅”をスクリーンに再現したもの。撮影はアーチ・R・ダルゼルで特殊モンタージュや特殊レンズ、オプティカル処理などを駆使し、妖しく美しい幻想の数々を映像化している。衣裳はリチャード・ブルーノ、特殊セットをディック・バーンとカール・ブレイナードが担当。出演はピーター・フォンダ、スーザン・ストラスバーグ、ブルース・ダーン、デニス・ホッパー、サリ・サッチスほか。音楽はマイク・ブルームフィールド(g)、バディ・マイルズ(ds)、バリー・ゴールドバーグ(key)等からなるバンド、エレクトリック・フラッグ The Electric Flagが担当。ホーンセクションを交えたブルース&ソウル・ロックに、モーグ・シンセとエレクトリック・ヴァイオリンを加えたサイケなサウンドを聴かせる。

The Trip (Trailer 1967)



●嵐の青春 / Psych-Out (Sidewalk – ST-5913 / 1968)


主演はジャック・ニコルソン、スーザン・ストラスバーグ、ブルース・ダーン。文字通りの青春映画であり、LSD文化発祥の地・サンフランシスコのヘイトアシュベリーを舞台に、ドラッグ・カルチャーにのめり込む若者達の生態を描いた映画。旧ビデオ邦題『ジャック・ニコルソンの嵐の青春』、TV放映時の邦題『都会の中の俺達の城』。ロサンゼルスのサイケバンド、ストロベリー・アラーム・クロック The Strawberry Alarm Clockとザ・シーズ The Seedsが出演、他にコーラスグループThe StorybookやスタジオセッションバンドBoenzee Cyyque(ジミヘンの「紫の煙」のパクリ)が参加。『サンセット通りの暴動』に比べてアシッド度数は桁違いに高い。

Psych-Out 1968 (Director's Cut 2015 Blu-Ray Edition) [HD] 1080p



●ヒッピー革命 / Revolution (United Artists Records ‎– UAS 5185 / 1968)


ジャック・オコネルが製作・監督し、1967年にサンフランシスコで撮影されたドキュメンタリー映画。当時のヒッピーたちのインタビューに加え、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ Country Joe & The Fish、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィス Quicksilver Messenger Service 、スティーヴ・ミラー・バンド Steve Miller Band、ダン・ヒックス Dan Hicks(シャーラタンズ The Charlatans)、オールガールズバンドのエース・オブ・カップス Ace Of Cupsなどの演奏が収録されている。1996年に再編集され『The Hippie Revolution』というタイトルで劇場公開された。サントラ盤にはQuicksilver Messenger Service, Steve Miller Band マザー・アース Mother Earthの3バンドが収録されているが、映画で使われたライヴ音源とは異なるスタジオ録音となっている。

Revolution (1968) - Documentary 1968 (Gonzo) Summer of Love


ヒッピーに
憧れていた
パンク少年

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【妄想映画論】『サン・ラ―のスペース・イズ・ザ・プレイス』と『スペクトルマン/宇宙猿人ゴリ』の隠された秘密を探れ!

2021年02月22日 02時07分42秒 | 映画やDVDのこと


3月5日に公開される(当初1月29日公開予定だったのが緊急事態宣言のため延期になった)『サン・ラ―のスペース・イズ・ザ・プレイス』の予告編を観て思い出したのは1971年~72年にテレビ放映された特撮ヒーロー番組『スペクトルマン』に登場する宇宙猿人ゴリだった。当時小学3,4年生だった筆者はテレビの特撮ヒーローに夢中だった。筆者に限らずその当時の男子小学生のほとんどが特撮ヒーローものを観ていたに違いない。ウルトラマンや仮面ライダー、キカイダーといったメジャーなシリーズものはもちろんだが、他にも様々な独立系、つまり続編無しで1年程度で消えて行った特撮ヒーローがいた。特に思い出深いのはインドの山奥で修業した『レインボーマン』、時代劇特撮の『変身忍者嵐』、そして悪役の俳優が風呂で金玉を打って死んだと噂された『怪傑!ライオン丸』など。同じく独立系の『スペクトルマン』は特に好きだったわけではないが、何度か再放送され、そのたびに観た記憶がある。番組開始からタイトルが『宇宙猿人ゴリ』⇒『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』⇒『スペクトルマン』と変わった、というのは今になってwikipediaで知った情報で、当時番組タイトルが変わったという記憶はないが、友達から本当の主人公はスペクトルマンじゃなくて悪役の宇宙猿人ゴリなんだよと教えられて、なんだか屈折したドラマだな(当時は「屈折」なんて言葉は知らなかったはずだが、なんか落ち着かない、というか腑に落ちない気持ちがしたことは確かである)と思った。今となっては最終回に本当の主人公の宇宙猿人ゴリがどうなったか覚えていないが、公害による地球汚染を見て憤激し、自分が人間にとって代わって地球の支配者になろうと考えた追放天才科学者ゴリは、どう考えても悪人ではないだろう。地球を汚染する人間を守ろうとゴリの送り込む怪獣を退治するスペクトルマンのほうが間違っているのでは?はっきりそう考えたわけではないが、子供心に納得できなかった理由はそこにあるような気がする。

SPECTREMAN - スペクトルマン


さてここからが本題だが、ゴリに忠誠を誓って従う、力は強いが頭は弱い手下の名前がラーなのである。いつもへまをしてゴリに怒鳴られてばかりいる情けない姿に、要領が悪くて先生に叱られてばかりいる劣等生のクラスメイトの顔を思い浮かべた。社畜の悲哀を感じるのは大人になってからだが。それにしても、エジプト神話で太陽神を意味するラー(Ra)を、よりによってできの悪い部下の名前につけたのは一体全体なぜなのだろうか?単にゴリラだからゴリとラーと名付けたという単純な理由ではなかろう。実は手下のラーはゴリよりも上の存在だったという含みを持った命名なのかもしれない。深読みすればするほど『スペクトルマン』が実は二重三重の秘密が隠された禁断の予言の書のような気がしてくる。いつの日か『スペクトルマン』の本当の意味が解き明かされた時、ノストラダムスの大予言など足元にも及ばない怪現象が地球を襲うかもしれない。たとえば土星から異能音楽家・ピアニストとアヴァンギャルド楽団が飛来するとか。。。もしかして『サン・ラ―のプレイス・イズ・ザ・プレイス』の制作陣は『スペクトルマン』を参考に映画のストーリーを思いついたのではなかろうか。サン・ラ―の宇宙船のコックピットの様相はゴリの円盤の操作室に似ていないだろうか?サン・ラ―が口にする「多重性制御」「同位体瞬間移動」「トランス分子化」「周波数分極」といった学術用語や現象は『スペクトルマン』に登場していなかっただろうか?機会があれば検証してみたいものである。

土星出身の宇宙音楽王サン・ラーが半世紀を経て突如地球に到着!!映画『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』予告編


『サン・ラーのスペース・イズ・ザ・プレイス』公式サイト

サン・ラ―と
ゴリとラー
どちらも宇宙の
放浪者



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【先行プレビュー】フリージャズ革命のドキュメンタリー映画『FIRE MUSIC:A HISTORY OF THE FREE JAZZ REVOLUTION』パイロット版

2020年01月22日 01時03分42秒 | 映画やDVDのこと


FIRE MUSIC: A HISTORY OF THE FREE JAZZ REVOLUTION
Executive produced by Thurston Moore & Nels Cline, Tom Surgal's FIRE MUSIC is the definitive documentary of the Free Jazz revolution.

監督:トム・サーガル、制作:ダン・ブラウン、エグゼクティブ・プロデューサー:サーストン・ムーア(Sonic Youth) & ネルス・クライン(Wilco)/上映時間71分

2015年に制作が発表され、アメリカのクラウドファウンディング「Kickstarter」で制作資金を集めた(筆者も75ドルで申し込んだ)っきり、制作が遅れに遅れていたドキュメンタリー映画『ファイアー.ミュージック:フリージャズ革命の歴史』が4年半経ってやっとパイロット版が完成した。昨年春と秋にアメリカのフィルムフェスティバルでプレミア上映されたが、日本では観ることが出来ず諦めていたところ、今年に入って資金支援者のみに限定ストリーミング公開された。
【朗報】サーストン・ムーア等がフリー・ジャズのドキュメンタリー映画を製作中。支援者募集も。



1950年代〜70年代当時のジャズシーンのライヴやミュージシャンの映像と、数多くのフリージャズのミュージシャンの証言(インタビュー)を中心に作られている。イントロのアーケストラの破壊的なライヴ・パフォーマンスに度肝を抜かれる。それ以外にもレアな演奏シーンやオフシーンが多数登場する。インタビューは字幕無しなので詳細な内容まで聴き取れなかったが、フリージャズ革命の渦中に居た者ならではの貴重なドキュメントになっている。ソニー・シモンズとプリンス・ラシャの二人が異口同音に語る出会い(プリンス・ラシャの山師っぽい語り口がいい)、エリック・ドルフィの最期を看取ったIngrid Sertsoとカール・ベルガーの逸話、ドルフィーを認めるコルトレーンと偽物呼ばわりするマイルス、音楽界に衝撃を与えたにも関わらずギャラが少なくて貧困生活を余儀なくさせられるニューヨークの黒人フリージャズ・ミュージシャン、特に駅のベンチで数ヶ月間野宿生活を送ったというカーラ・ブレイ、それを解決するためにビル・ディクソン等が組織したジャズ・コンポーザーザ・ギルド、そしてジャズの10月革命の喜び。ニューヨークとは異なる形でフリージャズが発展したシカゴやセントルイスのシーン、しかし事態は好転せず、彼らを最先端の芸術家とリスペクトするヨーロッパ、特にパリへの移住、70年代ニューヨークへ帰国したミュージシャン達を迎えたサム・リヴァースのスタジオ・リブヴィーをはじめとするロフト・シーンの活況。ヨーロッパの伝統に支えられ独自のフリー・ミュージックが発展したヨーロッパ・シーン。最後を飾るのは土星から来た音楽家サン・ラ。映画のエンディング近くに出てくる「80年代以降、ジャズの主流が逆行し、時代はアヴァンギャルドを消去する方向に転換した」というテロップが目に痛い。



●主なフィーチャー
Charlie Parker チャーリー・パーカー
Ornette Coleman オーネット・コールマン
Cecil Taylor セシル・テイラー
New York Scene ニューヨーク・シーン
John Coltrane ジョン・コルトレーン
Eric Dolphy エリック・ドルフィー
Jazz Composers Guild ジャズ・コンポーザーズ・ギルド
The October Revolution ジャズの10月革命
ALbert Ayler アルバート・アイラー
Midwest Is Burning 中西部は燃えている
Art Ensemble Of Chicago アート・アンサンブル・オブ・シカゴ
The Loft Scene ロフト・シーン
Europe ヨーロピアン・フリー・ミュージック
The Man From Saturn 土星から来た男(サン・ラ)



●主なインタビュー出演者(ほぼ登場順)
Bobby Bradford
Sonny Simmons
Ingrid Sertso
Carla Bley
Tristan Honsinger
Noah Howard
Rashied Ali
Norman 'Sirone' Jones
Prince Lasha



John Tchicai
Karl Berger
Archie Shepp
Bill Dixon
Roswell Rudd
Burton Greene
Barry Altschul
Dave Burrell
Marion Brown



Muhal Richard Abrams
Anthony Braxton
Roscoe Mitchelle
George Lweis
Oliver Lake
Joseph Jarman
Gunter Hampel
Wadada Leo Smith



Sam Rivers
Warren Smith
Günter Sommer
Peter Brötzmann
Barry Guy
Han Bennink
Paul Lytton
Misha Mengelberg
Evan Parker
Derek Bailey
John Gilmore
Marshall Allen



制作が開始されてから、ラズウェル・ラッド、ムハール・リチャード・エイブラムス、セシル・テイラー、ミシャ・メンゲルベルクなど往年のミュージシャンが鬼籍に入った。それも制作が遅れた原因であろう。しかしこの映画により記録としてアーカイヴされたことで『フリージャズ革命』の真の歴史が後世に残されることになった。とはいえ、30年以上に亘る動乱のすべてをたった1時間強にまとめることには無理があるのも確か。ここから始めて、より詳細な時代検証が進むことに期待したい。

また、パイロット版ではまだ多少編集や手直しが必要な部分が目付くが、改善され完成した暁には、日本語字幕付きで小規模でもいいので劇場公開されることを願っている。



革命の
語り部達の
勇姿を観よ

Sun Ra 1969 french TV
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【私のポストパンク禁断症状#5】映画『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』〜時代に切れ目を入れる系女子の自分自身宣言。

2018年12月16日 03時19分53秒 | 映画やDVDのこと


パンク/ニューウェイヴ時代には数多くのガールズバンドや女性メインのバンドが生まれた。筆者がライヴハウスに通い出した79年にはボーイズ・ボーイズやゼルダ、水玉消防団など全員女性のバンドが活動していた。高校の外でバンドをやりたくて雑誌『ZOO』のメンバー募集で連絡を取ったのは同い年の女性ベーシストだった。初対面のとき彼女に「リチャード・ヘルに似ている」と言われ気を良くして、一緒に荻窪ロフトや渋谷屋根裏へライヴを観に行ったり、他のメンバーを見つけて三田のOUR HOUSEで何度かリハーサルをしたが、高3になり受験勉強が忙しくなって自然消滅した。ロビン・ザンダーが好きなロック少女でそこそこ美人だったと記憶しているが、手をつなぐこともなかった(遠い目)。



それはともかく、当時を思い返すと女子がバンドをやることに筆者は何の違和感も感じていなかったが、それは単に世間知らずだったからかもしれない。日本公開されたドキュメンタリー映画『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』に描かれた、70年代後半のイギリスで生まれた女性パンク・バンドを取り巻く環境は、相当シニカルで偏見に満ちたものだった。イギリス社会が日本以上に保守的なのかもしれないが、セックス・ピストルズやクラッシュなどのパンク・ロッカーですら、女性が好きな格好をしたり自由に発言することに拒否反応を示したという。男尊女卑が染み付いていたのだろう。パンク革命のまっただ中でDIY精神に目覚めた女子たちが、同時に英国に住むジャマイカ移民が人種差別に抵抗して歌ったレゲエやダブにも影響され、デニス・ボーヴェルのプロデュースにより制作した1stアルバム『カット』は、泥まみれのヌード写真のジャケットで英国社会に衝撃を与えた。2年遅れで日本盤がリリースされたが、スコーピオンズの『ヴァージン・キラー』のジャケットに比べれば、スリッツの土俗的なジャケットは然程ショッキングな事件ではなかった。ここにも日英の社会規範風土の違いがあるように思われる。

The Slits - Typical Girls


当時リアルタイムでこのアルバムを聴いたかどうか覚えていない。と言うよりリアルタイムで日本で出なかった『カット』より先に、ラフトレードから出たザ・ポップ・グループとのカップリング・シングル『In The Beginning There Was Rhythm(はじめにリズムありき)』を聴いて、ポップ・グループの女性版アヴァンギャルドロックのイメージが出来てしまった。だから80年にリリースされた味も素っ気もないジャケットの『オフィシャル・ブートレッグ』の録音状態も演奏テクニックも支離滅裂なサウンドをスリッツの本質だと誤解したまま時を過ごしてしまったのが真相である。(そう言う人は少なくないのでは?)

The Slits "In The Beginning There Was Rhythm"


2005年の再結成も特に関心を払うことなくスルーしていたが、クイーンの映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てからロックバンドの伝記映画を観たいという欲求が高まり『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』を公開と同時に観に行った。元メンバーや関連ミュージシャン/プロデューサー/ジャーナリスト等のインタビューと写真と映像による完全ドキュメンタリーだが、テンポのいい波乱万丈のストーリー展開と、語り部の元メンバーたちの好感の持てる自然な語り口、効果的に挿入される音楽と映像によって、スリッツを知らない人でも飽きることなく楽しめることは保証する。ヴォーカリストであり、ザ・スリッツだけじゃなく自立する女性パンクスのシンボルでもあるアリ・アップが2010年に48歳で病死したことを考えると、クイーンのフレディ・マーキュリー物語に通じる部分もある。



女性として、人間として音楽/言動/ファッションを通して封建的な社会に挑戦したスリッツの活動は、時代と社会に切れ目(スリット)を入れて、人々の意識を解放する強制手術だったと言えるだろう。80年代に入ると物質主義・安定志向の波に押されて「自分自身のままであれ」という彼女たちのスタイルは時代遅れと決めつけられたが、それから30余年が過ぎた今、性別や国籍や人種や職業に関係なく自分自身でいられることが、人間の尊厳にかかわる重要性を持つようになった。もちろんそれが保証されているとは限らない。だから今でもスリッツが必要なのである。

"Here to be Heard: The Story of The Slits" Official Trailer 2017

『ザ・スリッツ:ヒア・トゥ・ビー・ハード』公式サイト

切れ目から
覗いているよ
アリアップ



ところでボーイズ・ボーイズやゼルダや水玉消防団は何に影響されてバンドを始めたのだろうか。オール・ガールズ・ロック・バンドと言えばランナウェイズだが、音楽性を考えるとスリッツやレインコーツなのだろうか。古いインタビュー記事を掘ってみるとしよう。
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映画『サラバ静寂』に想う<静寂>とは?〜灰野敬二/ジェネシス/ECM/Coldplay/西村朗

2018年02月10日 01時12分26秒 | 映画やDVDのこと


【あらすじ】
音楽などの娯楽が禁止された世界。
若者たちは音楽を知らずに育つが、ミズトとトキオという若者はある日、ひょんなことから音楽を聴いてしまい、衝撃を受ける。
更に現在も闇ライブが行われていることを知り、そこに行くことを夢見る…。

【出演】吉村 界人 SUMIRE 若葉竜 森本のぶ / 斎藤工
仲野茂 大貫憲章(特別出演) / 灰野敬二
ASSFORT GOMESS 切腹ピストルズ

【脚本・監督】宇賀那健一


公式サイト

物音一つしない静寂を体験することは人間にとっては恐らく無理だろうが、それに近い経験はある。大学で心理学を専攻していた筆者が卒論に選んだのは音響心理学だった。音楽にしか興味がなかったので、人間が音をどのように認識するかをテーマに選んだのである。古い校舎の地下1階に心理学科の研究室があり、その一つが無響室と呼ばれる音響心理学専用の部屋だった。読んで字の如く“音が響かない”ように部屋の四方と天井と床に体育用マットのような分厚いマットが張り巡らされていた。その部屋に入ると耳に詰め物をされるような圧迫感を感じ、自分の声が口からではなく自分の体内で鳴っているように聴こえる。他人の声も耳からではなく頭の中に直接伝わる気がするのである。話し相手がいなければ独り言を言うこともなく黙々とパソコンや実験機材を弄って過ごすことになる。聴覚だけが封じ込まれるような気分、逆に四感が鋭くなるかというとその逆で、視覚も触覚も味覚も鈍くなり、思考能力も靄がかかったようにスローになる。そんな部屋で一日中籠って研究していたら、精神だけではなく身体的にも可笑しくなりそうだが、実を言えばその感覚は嫌いではなかった。経験したことのないドラッグの酩酊状態に近いかもしれない。酒もたばこも音楽も無しでストイックに研究する自分の姿を朦朧と意識しつつ自己憐憫(Mental Musterbation)に耽っていたのだろう。

『サラバ静寂』で描かれる近未来の日本のパラレルワールドを観て、無響室の埃っぽいマットの臭いが蘇った。音楽が禁止された世界。聴覚を奪われた訳ではないにしろ、自分が持つ感覚・能力が一つだけ失われた世界。目的も理由も判らず螺子工場で働く主人公の人生に、無響室での日々が永遠に続くことを想像した。2,3カ月なら耐えられるが、いつ終わるか知らないどころか、終わることすら想像できない生活は、イントロで大貫憲章氏が語るように「地獄」に違いない。しかし主人公は自分たちが地獄にいることすら気がつかないままだった。唯一の慰めである空き巣荒らしの挙げ句の果てに偶然『音楽』と出会うまでは。それがたまたま灰野敬二の爆音ギターだったことが幸いして、地獄を脱出する意志が芽生える。カセットテープに録音を繰りかえす友人は警察に殺され、主人公は形見の『サラバ静寂』と記されたカセットテープを爆音で世界中に聴かせるために「サノバノイズ」という地下倶楽部を探す旅に出る。音楽の為に父親を殺された小娘と共に。

この映画には「プロフィール」や「背景」さらに「理由」は殆ど描かれない。「音楽」が禁止された理由も、「音楽」を知ったものを殺す理由も一切語られない。唯一の理由らしき理由は「法律だから」。シリアスなようでいて「先生に言いつけてやる」と威張ったり「言うこと聞かないとはなまはげが来るぞ」と脅すような、小学生レベルの幼稚さもうかがえる。同じことがこちらの世界でも行われている。そんな幼稚な世界の掟を音楽だけで変えられるとは思わないが、何も知らないで生きるよりは、音楽を知って殺される方がましかもしれない。この映画でとりわけ印象的な<静寂>が支配する沼地のシーンに漂うアンビバレンツのフィードバックが見終った後も頭の中で鳴り響いている。

映画『サラバ静寂』予告編


響かない
石切り遊びに
音はない

<静寂>(せいじゃく)とは?
《名ノナ》物音もせず静かなこと。しんとしてものさびしいこと。 「―の境(きょう)にひたる」

●静寂


灰野敬二(vocal, guitar, flute, percussion)、ナスノミツル(bass, voice)、一楽儀光(drums, voice)によるトリオ。灰野メソッドによるブルースバンドであり、2009年に結成され2012年12月24日に活動終了した。

静寂 - イ・ラ・ナ・イ @ 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!



●静寂の嵐


イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンド、ジェネシスの1976年発表の通算枚目のアルバム。原題は『風と嵐(Wind & Wuthering)』であり、恐らく邦題は水墨画風のジャケットからイメージしたものと思われる。

Genesis - Eleventh Earl Of Mar highlights - Wot Video? 1977 2dvd Set



●静寂の次に美しい音楽


“The Most Beautiful Sound Next To Silence”。マンフレート・アイヒャーが設立したジャズレーベル、ECMの広告コピー(企業スローガン)。

Chick Corea & Gary Burton - Crystal Silence



●静寂の世界


イギリスのロック・バンド、コールドプレイの2002年の2ndアルバム。原題"A Rush of Blood to the Head"を直訳すると「頭に血が上る」だが、なぜか邦題は「静寂の世界」とされている。

Coldplay - Clocks (Official Video)



●静寂と光


日本の現代音楽の作曲家、西村 朗(1953年9月8日 - )が1997年に作曲した作品。イメージを重く背負った響きは意味ありげに響き,身振りを示し,内面性を示唆する。はまった人はその深みに魂を捕らえられるだろう。

Akira Nishimura- Silence and Light/西村朗 "静寂と光". piano: G.Azuma-Safarova/東 グルナラ(サファロバ)



●静寂主義

自己の意志や行為を否定し、神にすべてをゆだねて心の安静を得ようとする精神的態度。狭義には、17世紀、外面化した教会に対し、信仰の内面化を求めて生じたカトリック教会内の神秘主義的傾向をいう。スペインのモリノスによって唱えられ、ドイツ敬虔主義に影響を与えた。Quietisme キエティスム。クィエティスム。

OME Acústic - Quietisme (part VIII)
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『シン・ゴジラ』から『シン・ヘドラ』へ〜謎のソフビ怪獣の正体判明。

2016年08月15日 02時08分39秒 | 映画やDVDのこと


話題の映画『シン・ゴジラ』を観た。映画館でゴジラ映画を観るのは1984年の『ゴジラ』以来。その84年版に筆者はエキストラのアルバイトで出演した。映画撮影所で空港に殺到するパニックシーン、新宿中央公園で沢口靖子のデートシーン、真夜中の富士山五合目でゴジラ最後のシーンなどに出演したが、当然ながら映画本編で自分の姿を確認することは出来なかった。一緒に観に行ったサークルの女の子をジャズバーに誘ったが飲ませ過ぎて大変なことになった(遠い目)。



それはとにかく、何度目かのリメイクになる『シン・ゴジラ』は目を離せないくらい面白かった。一回観ただけでは分からない伏線やオマージュが多々有るのは「高度情報化社会」を遥かに超えた「情報秒殺社会」の縮図に思えた。全編通して壮大なパロディのような印象が有るのは、ネットを通して現実の出来事を見ると、自分には関係ない絵空事のように感じられるのと同じ、などと語り出したらきりがない。多くの人が『シン・ゴジラ』について語りたがる気持ちはよくわかるが、本稿の主眼はそこには無い。



観終わったあと『ゴジラ対ヘドラ』の話題になった。ヘドラを知らない同行者にスマホで画像を見せていて、自宅にある<ヘドラ>のソフビ人形を思い出した。40年以上昔小学生のときに購入して以来、他の玩具や人形は捨ててしまったのに<ヘドラ>だけは残してある。他の玩具に比べて高価で特別感があったことと、グロテスクなのにどこか愛嬌のあるルックスに愛着を感じたのである。その一方、子供心に薄々感じていたのは、映画のヘドラに似ていないことだった。しかし当時の技術では完全に再現することは不可能だったのだろうと思い深く考えることはこれまで無かった。しかし40余年経って改めて比べてみて、似てないどころかまったく別ものであるが明らかになった。40年以上ヘドラだと思い込んでいた自分の記憶のどこに間違いがあったのだろう?

 
VS


では所有しているソフビ怪獣は一体何者か?いくらググってもそれらしき情報は無い。では誰かに聞くしかない。あたかも『シン・ゴジラ』で牧悟郎博士が残した謎を解く為に全世界のスーパーコンピューターを繋ぐよう要請したように、ツイッターで拡散し情報提供を呼びかけた。



驚いたことにツイートは240回もRT(リツイート)され全世界へ拡散された。そうして寄せられた有力情報を調べたところ、驚くべき事実が判明したのである。



幸いなことに記憶には間違いは無く、このソフビ人形は確かに<ヘドラ>であった。1971年夏に公開された『ゴジラ対ヘドラ』に因んで発売されたものだが、東宝映画公認グッズではなく、非公認メーカーがブームに便乗して売り出した、所謂「パチもん」だったのである。
詳細はこちらのブログに詳しい。⇒「パチ」の文化史(その2) パチパチ怪獣総進撃

当時3つの形態で販売され、飛行形態を模したと思われる3号(上記の右端)にも少し心を惹かれたものの、思い直して購入したのが現在所有する<ヘドラ1号>だった。さらに調べたところでは、パチもんの方が公認グッズより早く発売されたらしく、疑うこと知らない無垢な少年はコロッと騙されてしまったようだ。

ゴジラ対ヘドラ予告編


40年以上信じていた人形が、本物ではなくフェイク(偽物)だったのは確かだが、それにも拘らず<ヘドラ>であることに嘘は無い。”FAKE(偽物)BUT REAL(真実)”。そんな矛盾を内に秘めた危うい存在のままで、筆者の人生の半分以上を共に生きて来た<彼>こそシン・ヘドラと呼ぶのが相応しい。

かえせ!太陽を(ゴジラ対ヘドラ メイン・タイトル)


キラキラ光る目、口からはみ出たベロ、少し上を見上げ何かを願うような表情、カワイイ奴じゃないか。フェイクジャズを愛する筆者にとって最高の愛好の対象であることは間違いない。このまま墓場まで連れて行こうと決心した。

シン・ヘドラ
40年目の
ハーレム体験

コメント (2)
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映画『LISTEN(リッスン)』〜感覚の欠如を埋める<音楽>のようなもの、そして陥穽の罠。

2016年06月29日 00時20分21秒 | 映画やDVDのこと


果たして音楽とは耳から聴くだけのものなのだろうか?
この映画は無音であり、言語は手話である。耳の聞こえない聾者(ろう者)たちが自ら「音楽」を奏でるアート・ドキュメンタリーだ。楽器や音声は介さない。彼らは、自身の手、指、顔の表情から全身に至るまで、その肉体を余すことなく駆使しながら視覚的に「音楽」空間を創り出していく。出演者は国内外で活躍する舞踏家から、演技経験のない一般の聾者まで多彩な顔ぶれが集まる。彼らは各々に「音楽が視える」と語り、「魂から溢れ出る“気”のようなもの」から「音楽」を感じるという。手話言語を通じて日常的に熟達した彼らの身体表現は、「音楽とは?」という問いのさらに奥深く、人の内面から滲み出る内なる“何か”へと迫っていく――。

本作は既存の「音楽」の概念を崩し、聾者たちが無音の状態か­ら創り出す「音楽」の映像化を試みた実験的映像詩(アート・ドキュメンタ­リー)である。監督は聾者の両親を持ち、自身も聾者である新鋭監督・牧原依里。そして、映画『私の名前は…』(監督:アニエスベー)に出演するなど、国内外で活躍する舞踏家・雫境(DAKEI)。聾のアイデンティティーを持つ二人の共同監督のもと、「音楽」と「生命」の新たな扉をひらく。(公式サイトより)

LISTEN リッスン 予告編

公式サイト

渋谷アップリンクで映画を観るのは、おそらく移転後はじめてだろう。いつもトークショーやライヴイベントが開催される1Fではなく2Fに映画スペースがあった。隣ではジェームス・ブラウンのドキュメンタリー映画『Mr.ダイナマイト』が上映されており大盛況。『LISTEN』の方は15人くらいだが、そんなに広くないので気にならない。入場時に耳栓が配布された。座席がハンモックソファになっており座り心地がいい。上映時間になり、慌てて耳栓を付けようとしたら、最初は例によって予告編だった。特に興味を惹かれる作品も無く、少し眠気を感じたところで、いきなり『LISTEN』の文字。先ほど外した耳栓を再び丸め耳の穴に突っ込んだ瞬間、誰かが音量を大幅に絞ったような気がした。一気に無音に近い世界に迷い込む。サイレント映画なのに耳栓を付ける理由は、環境音も聴こえない聾者の感覚を疑似体験するためだと終ってから気付いた。聴覚を遮断すると視覚や嗅覚が敏感になると聞いたことがあるが、実際は眠気が勝利を収めたようだ。画面は美しく、出演者が誰だろうと思わず魅入ってしまう。踊りも素晴らしく、映像芸術の極意を見る想いがした。しかしそれは夢の世界と地続きで、気がつくと夢想の世界に遊んでいた。こういう場合はストーリーの無いことが幸いして、安心して再びドリームランドに旅立った。

LISTENリッスン 予告編 15秒バージョン その1


果たして登場した聾者が演じる踊りや身振りを音楽と呼んでいいのかどうかは判らないが、間違いなく言葉によらない抽象化された表現行為であり、(映画として記録されない限り)瞬間に消え去るパフォーミングアートであった。聾者の視覚が聴覚を兼ねているとしたら、目から入った刺激が脳の本来耳からの刺激を処理するべき部分で感受されているかもしれない。健常者を自称する筆者は同じ刺激を感じることはできない。それでも耳栓により有るものを無しにすることが出来て、別の感覚を体感することとなった。五感の互換性を確立するのは思いのほかハードルが高いのかも知れない。

LISTEN リッスン 予告編15秒バージョン その2


音の無い音楽と聞いて真っ先に思いつくのはジョン・ケージの「4分33秒」だろう。演奏しない行為の時間を"音楽"と言い張る反則技は反芸術至上主義者たちを魅了し幾多の模倣犯を生んだ。
有るものを無しにすることは、無いものを有ることにするよりも簡単だし、有るものを有る、無いものを無いと認めるよりも見栄えが良い。
無から有を生み出すのは創造だが、有を無にするのは破壊である。
あるべきものを無しにする行為はダダイズムの本質であり、無いものを有ると言うのは裸の王様に取り入る卑怯者である。
音の無い音楽を最後に聴いたのは地上10000メートルの飛行機の中だったかもしれない。




五感の感受性
陥穽の完成度
管制はご勘弁

頭の中で鳴り出した歌
     
Keiji Haino - 03 Untitled


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【映画評】浜辺のヲタとでんぱ娘~8/1ロードショー『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』

2015年07月10日 01時30分27秒 | 映画やDVDのこと


ラブ&マーシー 終わらないメロディー

「サーフィン・USA」など、数々の名曲を生み出したバンド「ザ・ビーチ・ボーイズ」のブライアン・ウィルソンの半生を映画化。現在は傑作と称えられるも、発表当時は世間をにぎわせた「ペット・サウンズ」制作の裏側、そして妻メリンダと出会い再び希望を見いだしていくさまを描く。精神的に混乱と変調をきたしていく1960年代のブライアンを『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』などのポール・ダノ、1980年代のブライアンをベテランのジョン・キューザックが演じる。



ビーチ・ボーイズ好きだということはあまり人に話したことがない。隠している訳ではないが、普段自分が付き合う人たちの中で、ビーチ・ボーイズを大っぴらに語る雰囲気は余りないのだ。ビートルズやストーンズ、ボブ・ディランやドアーズの話題で盛り上がることは多々あるのに、何故?と考えるに、初期のサーフィンやホットロッド・ソングはジャンルとしてはオールディーズに分類され、言わばライフスタイルのBGMとしてプレイされる場合が多く、音楽だけ取り出して論じられはし辛いのではなかろうか。夏だ!海だ!女の子だ!とアゲアゲのリア充生活で音楽の話をマジでするなんてダサいしありえない。
進水・浸水・心酔の水圧ポップ~ブライアン・ウィルソン『ノー・ピア・プレッシャー』



それは当のビーチ・ボーイズにとっても同じだったに違いない。揃いのIVYファッションで、軽快なビートにハーモニー、夏だ!海だ!女の子だ!と歌っていれば、キャーキャー騒がれ永遠のモテ期。その方法論に固執する父親マネージャーと一部メンバー、対する引きこもり/コミ障/音楽ヲタのブライアン・ウィルソンとの確執を、20年後の廃人寸前の姿で際立たせるのが映画手法の王道だろう。ひとつの時代だけでは、人間像に偏りが出てしまう。二人一役で多面的なブライアン像を再現したことがこの映画の肝である。



LSDでぶっ飛ぶシーンが3次元から2次元への逃避行為であり、それ以降のコミカルなケミカルを醸し出す制作活動はコミケのブースで取引されるレベル。20年後の医師との軋轢は、思春期の葛藤を昇華できなかったブライアンの宿命であり、ベリンダとの出逢いも必然だった。その出逢いが彼をどん底から救う結果になったのは喜ばしいが、逆に考えれば、そうじゃなければ映画化されることもなかったのも事実。ブライアン・ウィルソンの追悼文を書く羽目に成らなかったことを神神に感謝したい。




『ラブ&マーシー 終わらないメロディ』公式サイト 

夢よりも
現実を見る
人もあり

夢眠ねむが語る通り、亜米利加のヲタは日本のヲタとは比べ物に成らないほど孤独である。60年代後半にでんぱ組がいたならば、ブライアンも多少は心の慰みを得られたに違いない。
【勝手に翻訳】内気なアイドル「でんぱ組.inc」はヲタクパワーでJ-POPを革命する。

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【リズムの時代】才能と狂気。青年ジャズドラマーと鬼教師の物語、音楽青春映画『セッション』

2015年04月08日 00時20分37秒 | 映画やDVDのこと


世界的ジャズドラマーを目指し名門音楽学校に入学した青年ニーマンと、超サディスティックなカリスマ音楽教師フレッチャーの姿を描いた音楽青春映画『セッション(原題:Whiplash)』。本編映像の一部とインタビュー映像(日本語字幕付き)がシネマトゥデイのYouTubeチャンネルにて公開。日本での劇場公開は4月17日より



主演の若いジャズドラマー、ニーマン役は『21オーバー 最初の二日酔い』『ダイバージェント』のマイルズ・テラーが、鬼教師フレッチャー役はJ・K・シモンズが演じている。監督は『グランドピアノ 狙われた黒鍵』の脚本家デイミアン・チャゼル。熱­いドラマはもちろん、マイルズが繰り出すパワフルなドラミングにも注目。


公式サイト

●映画『セッション』
4月17日よりTOHOシネマズ新宿ほかにて全国順次公開

リスムの時代
象徴的な
映画也

【バディ・リッチ】狂気のドラムソロ」


【ネタバレ注意】驚異のドラムソロ

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【朗報】サーストン・ムーア等がフリー・ジャズのドキュメンタリー映画を製作中。支援者募集も。

2015年04月07日 00時22分09秒 | 映画やDVDのこと


『ファイアー・ミュージック』
~フリー・ジャズ革命の歴史


Starring : John Tchicai / Peter Brotzman / Han Bennink / Dave Burrell / Gunter Baby Sommer / Urlich Gumpert / Paul Lytton / Ken Vandemark / Evan Parker / Gunter Hampel / Marshall Allen etc.

『ファイアー・ミュージック』は現在制作中のフリー・ジャズ革命の絶対的な歴史を伝える長編ドキュメンタリー映画である。監督:トム・サーガル、制作:ダン・ブラウン、エグゼクティブ・プロデューサー:サーストン・ムーア(Sonic Youth)とネルス・クライン(Wilco)。この活力に満ちたアメリカ生まれの芸術形式は、何世代にも亘り世界中のファンを魅了しており、今また音楽愛好家の間で新たなルネサンス(復興期)を迎えている。

『ファイアー・ミュージック』プロジェクトを完成させ、世界中のファンのために各地の映画祭や劇場で公開することを可能にするためにキックスターター・キャンペーンを開始する。間もなく開設される「KICKSTARTER」ページで映画製作への支援を募集する。支援者は出資金額に応じた報酬が得られるクラウドファウンディング形式。

「フリー・ジャズは解放であリ、新たなる現在のエキサイトメント(興奮剤)です」とエグゼクティブ・プロデューサーのサーストン・ムーアは語る。「敬意と情熱と知識を持つトム・サーガル監督が描き出す映像作品は、その対象であるフリー・ジャズと同様に、美しさと団結の集合体として輝いている。」

『ファイアー・ミュージック』は、余りにも長い間映像記録化されること無く犯罪的に無視されてきた芸術形態フリー・ジャズの豊かな音楽性と貴重な歴史に関する決定的なアーティファクト(芸術遺産)となるだろう。


サーストン・ムーア/ネルス・クライン/トム・サーガル

脚本・監督のトム・サーガルは、ソニック・ユース、ペイヴメント、ブルース・エクスプロージョン等最先端のオルタナティヴ・バンドの音楽ビデオの監督として知られている。10代でブライアン・デパルマに認められ、デザイン、キャスティング、ライターとして幅広く映画製作に携わってきた。また、ミュージシャンとしてネルス・クラインやサーストン・ムーア、ジム・オルークやマイク・ワッツ(Minutemen, The Stooges)等と共演を重ねる一方、即興アンサンブルのWhite Outの共同リーダーでもある。さらにジョン・ゾーンが経営するザ・ストーンをはじめとするニューヨーク・ダウンタウンのライヴハウスでイベント企画のキュレイターとしても活躍している。
トムは世界有数のフリー・ジャズ・レコードの蒐集家であり前衛ジャズのオーソリティーとして認められている。

サブマリン・エンタテインメントの共同社長であるダン・ブラウンが製作を担当する、賞を受賞したドキュメンタリー『Kill Your Idols』やNo Waveのドキュメンタリー映画『Blank City』のエグゼクティブ・プロデューサーである。また現在進行中のアレックス・ギブニー監督『マイルス・デイヴィス・イン・パリ』や話題のドキュメンタリー『サンシャイン・スーパーマン』のエグゼクティブ・プロデューサーでもある。

サブマリン・エンタテインメントはオスカー賞受賞ドキュメンタリー『Searching for Sugar Man』『20 Feet from Stardom』『Man on Wire』『The Cove』等の他、多数のドキュメンタリー映画を製作するリーディング・カンパニーである。

.エグゼクティブ・プロデューサーのサーストン・ムーア(Sonic Youth)とネルス・クライン(Wilco)は「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」にランクインしている。

公式サイト(予告編視聴可)


セシル・テイラー


オーネット・コールマン


ファラオ・サンダース


アルバート・アイラー


ジョン・チカイ


アート・アンサンブル・オブ・シカゴ


ハン・ベニンク


ペーター・ブロッツマン


アーチー・シェップ


エヴァン・パーカー


ラシッド・アリ


エリック・ドルフィー

フリー・ジャズ
来るべきもの
今ここに

【特報】NAZORANAI(灰野敬二, Stephen O'Malley, Oren Ambarchi)2014年Big Ear Festivalでの50分に亘るドキュメンタリー映像期間限定公開中!

BIG BENT EARS
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