キャプテン・ビーフハートのことを知ったのは音楽雑誌『Player』の1979年1月号からイラストレーター八木康夫(現ヤギヤスオ)が連載をはじめたコラム『PIPCO'S』だった。ザッパ・フリークとして知られた八木は第1回でFrank Zappaの『Studio Tan』を取り上げ、その中でビーフハートに言及している。5月号でThe Residents、9月号でThe Pop Groupと来て、10月号がCaptain Beefheart特集だった。当時高校2年生でレジデンツやポップ・グループにハマっていて、さらにアヴァンギャルドな音楽の深みへ足を踏み入れようとしていた筆者にとって、PIPCO'Sは最高の指南書のひとつだった。
まずはザッパの『Uncle Meat』を聴いて、そこいらのプログレよりも数万倍複雑怪奇な混沌ロックに感化された。当然ザッパの幼馴染のビーフハートにも興味を持ったが、当時は国内盤は出ておらず、輸入レコード店にはCaptain & Tennilleはあったが、Captain Beefheartのレコードは滅多になかった。80年10月に吉祥寺の中古盤店ジョージでやっと見つけたのがZappa/Beefheart/Mothersのライヴ盤『Bongo Fury』だった。ザッパとビーフハートの共演なら物凄いはず、と興奮しながら聴いたところ、ザッパの複雑な曲は面白いが、マザーズの演奏が達者すぎるせいか、ビーフハートのダミ声のシャウトが役柄を演じているように聴こえてしまって、牛心隊長の魅力がいまひとつわからなかった。しかし81年2月、京都大学受験の10日前に同じレコード店で見つけた鱒の仮面のジャケットが筆者の前衛精神を燃え上がらせた。
●Captain Beefheart & His Magic Band / Trout Mask Replica
1969 / US Reissue 1977: Reprise Records – 2MS 2027 / 1981.2.23 吉祥寺ジョージ ¥2,500
キャプテン・ビーフハート&マジック・バンドの3rdアルバムにして、世界の前衛ロック屈指の名盤とされる2枚組。上手い下手を超えて気紛れに鳴り続けるような演奏が、実際はすべてビーフハートが作曲したフレーズを書き起こした譜面を基に、過酷なリハーサルを重ねたうえでたった2日間で全曲レコーディングされた、というような逸話の数々は、今ならネットで検索すればいくらでも出てくる。しかし購入した当時(81年)はほとんど情報がなく、PIPCO'Sの記事を頼りに想像を膨らませて聴くしかなかった。2枚組なので聴くたびに好きな曲が変わるスルメのようなアルバムだが、いま全曲通して聴いてみると、当時18歳の筆者を本当に魅了したのは、ヴォーカルやギターではなくて、ソプラノサックスやバスクラリネットだったのではないかと感じる。80年代以降のポストパンクやオルタナティヴロックには過激なヴォーカルや轟音、神経を逆なでするノイズ、破壊的な構成を持つ音楽が多数登場しているので、牛心隊長の吠え声やマジックバンドの解体的な演奏はむしろ保守的に聴こえるかもしれない。しかし今聴いても輝きを失わないのは、フリージャズ精神を誤用したまま吹きまくるリード楽器のご乱行である。サックスの新しい使い方を提示した作品が『トラウト・マスク・レプリカ』であり、サックス・プレイヤーこそこのアルバムに学ぶべきだと断言したい。その意味ではA-5 Hair Pie: Bake 1、C-4 When Big Joan Sets Up、C-7 Ant Man Bee、D-2 Wild Lifeといったサックスをフィーチャーした曲が目下のフェイヴァリット・トラックである。
Captain Beefheart - When Big Joan Sets Up
●Captain Beefheart And The Magic Band / Shiny Beast (Bat Chain Puller)
1978 / JP Reissue 1981: ビクター音楽産業 – VIP-4105 / 1981.5.28 吉祥寺Disk Inn 2 ¥2,000
10作目のアルバム。レコード会社とのトラブルやマジック・バンドの解散(メンバー脱退)で、70年代半ばを不遇に過ごした隊長が心機一転、新生マジック・バンドを結成し制作した、いわばカムバック作。実は76年に制作されるもお蔵入りになったアルバム『But Chain Puller』のリメイク盤である。81年にヴァージン・レコードの廉価版シリーズの1枚としてヘンリー・カウやロバート・ワイアット等欧米のプログレと一緒にどさくさに紛れて日本発売された。新編成のマジックバンドの手腕のおかげか『Trout~』よりもずっと聴きやすく、筆者が<オーネット・コールマンmeetsハウリング・ウルフ>と呼ぶスタイルを最も顕著に感じさせるアルバムである。James Chance & The Contortionsを思わせるA-2 Tropical Hot Dog Nightやソプラノサックスが吠えるB-5 Suction Printsが気に入った。
Captain Beefheart and the Magic Band - Tropical Hot Dog Night
●Captain Beefheart And The Magic Band / Doc At The Radar Station
1980 / US: Virgin – VA 13148 /
11thアルバム。『シャイニー・ビースト』より前の80年に『美は乱調にあり』という邦題で日本盤がリリースされた。筆者は81年に吉祥寺レコード舎でアメリカ盤を購入したが、レコードに傷があったので良品と交換してもらおうと持っていったら、在庫がなかったため返金してもらった。そのお金で別のレコードを買ったかどうかは忘れたが、結局このレコードを再び買い直すことはなかった。一度ケチがつくとしらけてしまって興味を失う気持ちを、レコード蒐集家なら一度は経験したことがあるのでは? 今所有しているレコードは4,5年前に安く見つけて購入したもの。ニューウェイヴの影響でファンキーなダンス(とはいっても村祭り的)ナンバーが増え、ヌメヌメしたメロトロンが活躍する本作は、後期ビーフハートの最高傑作と言える。演劇的ポエトリーリーディングA-5 Sue Egyptからサックス&トロンボーン入プログレA-6 Brickbatsの流れがハイライト。しかし一日中隊長の灰汁の強いダミ声を聴いていると、さすがにお腹一杯でキツくなってくる。
CAPTAIN BEEFHEART & THE MAGIC BAND run paint run run 1980
●Captain Beefheart & The Magic Band / Ice Cream For Crow
1982 / UK: Virgin – OVED 121 / 2016.6.4 吉祥寺Disk Union ¥1,028
12作目のスタジオ・アルバムにして、ビーフハート現役時代最後のアルバム。『烏と案山子とアイスクリーム』という邦題で日本盤も発売された。ジャケットのポートレートは遺影にピッタリだが、”最後の作品”と意識して制作したわけではない。最近まで聴いたことがなかったので耳馴染むほど聴いていないが、全体を通して何となくソフト&メロウな雰囲気を感じる。サックス・インストA-3 Semi-Multicoloured Caucasian、お祭りビートB-1 The Past Sure Is Tenseがいい。
牛心隊長はこのアルバムを最後に、87年に画家に専念するために音楽活動から引退し、2010年12月17日69歳で亡くなるまで音楽シーンに復帰することはなかった。
Captain Beefheart - Ice Cream for Crow (HIgh Resolution)
隊長に
敬意を表して
鱒被れ