「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」 国立新美術館

国立新美術館
「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」
2019/1/18~4/1



国立新美術館で開催中の「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」を見てきました。

1951年に三重県で生まれ、70年代にスペインへ渡り、長らくヨーロッパで活動するイケムラレイコは、絵画に彫刻、水彩のほか、版画や写真など、多様なメディアを横断しては、作品を制作してきました。

冒頭は「ブロローグ」における、1970年代のエッチング、「生命の循環」の拡大版に目がとまりました。それは植物や生き物、またはイメージ言葉など、のちのイケムラの制作を特徴付ける要素を四季図として示した作品で、「どこへ向かうべきか」などといったテキストとともに、有機的なモチーフが円の中に描きこまれていました。

そして展示は、「プロローグ」以降、ラストの「エピローグ」に至るまで、全部で16のセクションに分かれていて、「生命の循環」が、最初と最後を繋ぐ1つの重要な作品となっていました。


「有機と無機」展示風景

イケムラが粘土による彫刻を手がけたのは、1980年代末になってからのことでした。一連の彫刻を紹介した「有機と無機」では、人間、あるいは生き物のような形をした作品が、緑色のステージの上に並んでいました。ただし人間をとっても、顔を持つ者や、そうでない者もいて、その姿を一様に括ることは出来ませんでした。


「有機と無機」展示風景

そもそもイケムラは、粘土をこね、不定形な塊を築いてから、イメージを生む作業をしていて、いずれの彫刻も、手の指で練った跡が生々しいまでに残されていました。一部はまるで古代の遺品のような雰囲気をたたえていて、プリミティブな印象も与えられました。

「アマゾン」のセクションに目がとまりました。暗がりの空間に、剣を持った女性を写した、おおよそ2メートル近くはあろうかいう版画が、天井より何点か吊るされていました。これらは、ギリシャ神話の武勇を誇る女性民族をモチーフとした近作で、さらに耳を澄ますと、ジャングルをイメージしたのか、虫の鳴き声も聞こえました。

こうした戦いも、イケムラが早くから取り組んできた主題の1つで、まさに「戦い」では、例えば神風特攻隊の写真に着想を得た「カミカゼ」など、戦争をテーマとした作品を展示していました。但し「カミカゼ」の一枚を撮っても、戦闘機や戦艦などのモチーフは判然とせず、終始、色彩は混じっていて、遠目からでは抽象画のようにも見えました。


「うさぎ観音」展示風景

1つのハイライトと化していたのが、「うさぎ観音」でした。兎の耳をした、高さ3メートルを超える人型の彫像で、中は空洞になっていました。彫像は両手を胸にあてながら、まさに観音のごとくに、慈悲深い面持ちで前を見据えていました。その造形には、2011年の東日本大震災で被災した人々への祈りが込められているそうです。


「庭」展示風景

また「庭」と題した屋外の展示場にも、もう一体の「うさぎ観音」がいました。先の観音と同様に、胸の前で両手を重ねながら立っていましたが、より悲しみに暮れているのか、涙を流しているかのような表情を伺えました。これは滋賀県立陶芸の森で、多くの人々の協力を得て作られた作品で、特別な釉薬がかけられました。私が出向いた際は曇天で、一面のグレーに染まっていましたが、天候や時間を変えると、また違って見えるかもしれません。

地平線や水平線も、イケムラの重要な主題でした。うち「オーシャン」は、暗がりの海辺の中、黄色の光とともに、まるで幽霊のように佇む少女の姿を捉えていました。その幻想的の光景はもとより、絵具が滲み、織り成して出来た、透明感のある色彩自体も魅力ではないでしょうか。


「コスミックスケープ」展示風景

イケムラは2010年代より、東洋の「アニミズム世界観」(解説より)を表した大画面の絵画を描くようになりました。それらが一堂に会したのが、「コスミックスケープ」のセクションで、会場内で最も広いスペースをぐるりと一周、取り囲むように作品が並んでいました。


「コスミックスケープ」展示風景

山や水辺、そして時折、木立のある山水の幽玄な光景が、どこか水墨を思わせるような淡い色彩にて描かれていて、中には、自然と一体化したかのような人物の姿が見られました。


「コスミックスケープ」より「うねりの春」 2018年

昨年の新作「うねりの春」も、「コスミックスケープ」に連なる作品で、オレンジや赤などの明るい色遣いにて、自然の景色や人間、そして何にも似つかない有機物を表していました。ほかの「コスミックスケープ」よりも、不思議な高揚感があり、何やら空間を祝福するかのような光が満ちていました。


「コスミックスケープ」展示風景

イケムラは「コスミックスケープ」の制作に際し、キャンバスを床に置き、その中に入るようにして描いていくそうです。一連の作品は全てが循環しては繋がるかのようで、そこに広がる夢幻的な光景に見入っていると、何やらまだ知らぬ別の星の大地を彷徨っているかのような錯覚に陥りました。

ラストの「エピローグ」には、冒頭に登場した「生命の循環」のオリジナルのエッチングがありました。そこから再び「プロローグ」へと戻ることは出来ませんが、循環、言い換えれば生命の転生も、1つの大きなテーマなのかもしれません。


「コスミックスケープ」より「うねりの春」(部分) 2018年

イケムラの大規模な個展として思い起こすのは、2011年の秋、東京国立近代美術館で行われた「イケムラレイコ うつりゆくもの」でした。生地である三重県立美術館にも巡回しました。

その時も、「イントロダクション」よりはじまる全15章立ての構成で、今回と同様、何ら時系列に作品が並んでいたわけではなく、「うみのけしき」や「成長」、それに「出現」など、各テーマの元にイケムラの制作が紹介されていました。もちろん私も見に行きました。


以来、約10年弱、イケムラは「社会に向き合う態度をより意識」(解説より)するようになったとしています。変わりゆくものと変わらないものについて考えながら、まるで人間や動物、神、そして宇宙に大地、さらに生と死を巡る一大叙情詩のように展開した、イケムラの作品世界に見入りました。



一部の展示室は撮影も可能でした。本エントリに掲載の写真も、全て撮影可コーナーで写しました。



4月1日まで開催されています。おすすめします。

「イケムラレイコ 土と星 Our Planet」 国立新美術館@NACT_PR
会期:2019年1月18日(金)~4月1日(月)
休館:火曜日。
時間:10:00~18:00
 *毎週金・土曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1000(800)円、大学生500(300)円、高校生以下無料。 
 *2月24日(日)は天皇陛下御在位30年を記念して無料。
住所:港区六本木7-22-2
交通:東京メトロ千代田線乃木坂駅出口6より直結。都営大江戸線六本木駅7出口から徒歩4分。東京メトロ日比谷線六本木駅4a出口から徒歩5分。
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