都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』 ポーラ美術館
ポーラ美術館
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』
2021/9/18~2022/3/30
ポーラ美術館で開催中の『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』を見てきました。
アメリカの現代美術家のロニ・ホーン(1955年〜)は、彫刻、写真、ドローイングを手がけ、とりわけたびたび訪問するアイスランドの自然を主題とした作品を発表してきました。
そのホーンの国内の美術館として初めての個展が『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』で、1980年代より約40年のキャリアにおいて制作された作品が公開されていました。
「ガラス彫刻」シリーズ
まず何よりも目を引くのがガラスの彫刻のシリーズで、窓から自然を取り込む展示室の中に、丸く平べったい8つの作品が置かれていました。
「ガラス彫刻」シリーズ
いずれの表面も水をたたえたようなすがたを見せていて、天井や鑑賞者、あるいは戸外の風景などを写し出していたものの、実際の水は一切なく、あくまでもガラスの表面に写り込んだものでした。
「ガラス彫刻」シリーズ
長い時間かけて鋳造されたはガラスの彫刻は、1つ1つが数百キログラムもの重量があり、それこそレンズのように光を拡散していました。まるで海の浮かぶ氷河の氷のようなイメージも連想するかもしれません。
『エミリのブーケ』 2006〜2007年
それに続く6本の角柱からなるのが『エミリのブーケ』と題した作品で、アメリカの詩人、エミリ・ディキンスンの書いた手紙の言葉から選ばれた一節が刻まれていました。
『エミリのブーケ』、『ゴールド・フィールド』
その『エミリのブーケ』の横の床には、1枚の薄い『ゴールド・フィールド』が敷かれていて、戸外の風景を取り込みつつ輝かしい光を放っていました。壁に立てかけられた『エミリのブーケ』とのシルバーとの色のコントラストや、垂直と平面の対比も興味深いかもしれません。
『トゥー・プレイス』 1989年〜
ホーンが初めてアイスランドを訪ねたのは1975年のことで、自然豊かな環境などに魅せられると、以来、定期的に滞在しながら制作を行ってきました。そのうち『トゥー・プレイス』は、アイスランドの灯台にて描いた水彩ドローイングや同地で撮影した風景や人物といった写真が収められていて、現在に至るまで休むことなく刊行されてきました。
またアイスランドの地図といった印刷物や島のかたちをドローイングになぞらえた作品も制作していて、まさに島の地誌そのものを自らの表現へと昇華させていました。
『円周率』 1997年/2004年
北アイスランドで7年間に渡り撮影された45点の写真から構成されたのが『円周率』と題した作品で、壁の少し高い位置に空間を取り囲むように展示されていました。
『円周率』 1997年/2004年
そこには羽毛を集めることを生業とするビョルンソン夫妻を中心に、彼らの家や窓の風景、また野生動物の剥製などが写されていて、中には夫妻が毎日見るというアメリカのメロドラマを映したテレビ画面も登場していました。アイスランドの土地とそこで生きる夫妻の日常そのものが、美しくも刹那的に捉えられていたのではないでしょうか。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
一見、何気ない川の水面を写したように思える、全15点の写真作品も面白いかもしれません。それらはすべてロンドンのテムズ川を写していたものの、天候や時間にもよるのか、水の色や表情は一様ではありませんでした。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
そして目を凝らすと水の面には点のような細かな数字が配置されていて、写真の下部に脚注のように示された文章と結びついていました。そこには波立つ水面が引き起こす感情をはじめ、ディキンスンの詩文などが引用されていて、ホーンのテキストが散文のように綴られていました。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
タイトルに『水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』とありましたが、水を前にしてこれほどさまざまな感興が引き起こされること自体が新しい体験として受け止められるかもしれません。
「大型ドローイング作品」
さて今回の個展で私が最も印象に深かったのが、ホーンが1982年から「日々呼吸するように」(解説よりう)にして描いているドローイングでした。
「大型ドローイング作品」
そのうち高さ三メートルにも及ぶドローイングは、抽象、あるいは地図とも島のかたちにも見えるような餅チーフをかたどっていて、まるでホーンの思考から手の運動の跡が残されているようでした。
「大型ドローイング作品」
そして細部へ目を転じると、小さな記号や印、また紙の切れ目が見て取れて、一度ばらばらに切られ、あらためて組み合わされたものであることが分かりました。それこそ千切り絵のようにホーンの膨大な手仕事がなし得た業といえるのではないでしょうか。
「犬のコーラス」
こうした分断し、再び繋ぐコラージュの手法は、鮮やかな色彩を伴いつつ言葉を引用した作品にも使われていて、たとえば『犬のコーラス』ではシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の台詞や慣用句が引用されていました。
『あなたは天気 パート2』 2010〜2011年
ラストを飾るのは、1人の女性を撮り続けた100枚ものポートレートのシリーズでした。これらはアイスランドの温泉にて女性の表情の変化を記録したもので、「曇った顔」や「気が晴れる」といった気象を顔の表情から見立てていました。
『鳥葬(箱根)』 2017〜2018年
さらにホーンは今回、展示室に加えて、屋外の森の遊歩道においても『鳥葬』と題した大型の彫刻作品を公開していました。ちょうど私が出向いた際は前日に降った雪が残っていて、彫刻の表面には氷と水がわずかに溜まっていました。
『鳥葬(箱根)』 2017〜2018年
おそらく晴れていれば森の緑や空の青などを映していたのかもしれませんが、水や氷、そして微かに映り込む樹木などが描く複雑なテクスチャーに見入りました。
何よりもガラスの彫刻が目立っていたのも事実ですが、アイスランドの地誌やアメリカのディキンスンの詩文の引用など、大変に引き出しと読み解きの多い展示といえるかもしれません。それに彫刻からコラージュ的なドローイング、また写真と多様なメディアを駆使しているのも深く印象に残りました。
会期末を迎え、会場内も盛況でした。3月30日まで開催されています。
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』 ポーラ美術館
会期:2021年9月18日(土)~2022年3月30日(水)
休館:会期中無休。
時間:9:00~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、65歳以上1600円、大学・高校生1300円、中学生以下無料。
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
交通:箱根登山鉄道強羅駅より観光施設めぐりバス「湿生花園」行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。小田急線・箱根登山鉄道箱根湯本駅より箱根登山バス「ポーラ美術館」(桃源台線)行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。(所要時間約40分)有料駐車場(1日500円)あり。
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』
2021/9/18~2022/3/30
ポーラ美術館で開催中の『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』を見てきました。
アメリカの現代美術家のロニ・ホーン(1955年〜)は、彫刻、写真、ドローイングを手がけ、とりわけたびたび訪問するアイスランドの自然を主題とした作品を発表してきました。
そのホーンの国内の美術館として初めての個展が『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』で、1980年代より約40年のキャリアにおいて制作された作品が公開されていました。
「ガラス彫刻」シリーズ
まず何よりも目を引くのがガラスの彫刻のシリーズで、窓から自然を取り込む展示室の中に、丸く平べったい8つの作品が置かれていました。
「ガラス彫刻」シリーズ
いずれの表面も水をたたえたようなすがたを見せていて、天井や鑑賞者、あるいは戸外の風景などを写し出していたものの、実際の水は一切なく、あくまでもガラスの表面に写り込んだものでした。
「ガラス彫刻」シリーズ
長い時間かけて鋳造されたはガラスの彫刻は、1つ1つが数百キログラムもの重量があり、それこそレンズのように光を拡散していました。まるで海の浮かぶ氷河の氷のようなイメージも連想するかもしれません。
『エミリのブーケ』 2006〜2007年
それに続く6本の角柱からなるのが『エミリのブーケ』と題した作品で、アメリカの詩人、エミリ・ディキンスンの書いた手紙の言葉から選ばれた一節が刻まれていました。
『エミリのブーケ』、『ゴールド・フィールド』
その『エミリのブーケ』の横の床には、1枚の薄い『ゴールド・フィールド』が敷かれていて、戸外の風景を取り込みつつ輝かしい光を放っていました。壁に立てかけられた『エミリのブーケ』とのシルバーとの色のコントラストや、垂直と平面の対比も興味深いかもしれません。
『トゥー・プレイス』 1989年〜
ホーンが初めてアイスランドを訪ねたのは1975年のことで、自然豊かな環境などに魅せられると、以来、定期的に滞在しながら制作を行ってきました。そのうち『トゥー・プレイス』は、アイスランドの灯台にて描いた水彩ドローイングや同地で撮影した風景や人物といった写真が収められていて、現在に至るまで休むことなく刊行されてきました。
またアイスランドの地図といった印刷物や島のかたちをドローイングになぞらえた作品も制作していて、まさに島の地誌そのものを自らの表現へと昇華させていました。
『円周率』 1997年/2004年
北アイスランドで7年間に渡り撮影された45点の写真から構成されたのが『円周率』と題した作品で、壁の少し高い位置に空間を取り囲むように展示されていました。
『円周率』 1997年/2004年
そこには羽毛を集めることを生業とするビョルンソン夫妻を中心に、彼らの家や窓の風景、また野生動物の剥製などが写されていて、中には夫妻が毎日見るというアメリカのメロドラマを映したテレビ画面も登場していました。アイスランドの土地とそこで生きる夫妻の日常そのものが、美しくも刹那的に捉えられていたのではないでしょうか。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
一見、何気ない川の水面を写したように思える、全15点の写真作品も面白いかもしれません。それらはすべてロンドンのテムズ川を写していたものの、天候や時間にもよるのか、水の色や表情は一様ではありませんでした。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
そして目を凝らすと水の面には点のような細かな数字が配置されていて、写真の下部に脚注のように示された文章と結びついていました。そこには波立つ水面が引き起こす感情をはじめ、ディキンスンの詩文などが引用されていて、ホーンのテキストが散文のように綴られていました。
『静かな水(テムズ川、例として)』 1999年
タイトルに『水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』とありましたが、水を前にしてこれほどさまざまな感興が引き起こされること自体が新しい体験として受け止められるかもしれません。
「大型ドローイング作品」
さて今回の個展で私が最も印象に深かったのが、ホーンが1982年から「日々呼吸するように」(解説よりう)にして描いているドローイングでした。
「大型ドローイング作品」
そのうち高さ三メートルにも及ぶドローイングは、抽象、あるいは地図とも島のかたちにも見えるような餅チーフをかたどっていて、まるでホーンの思考から手の運動の跡が残されているようでした。
「大型ドローイング作品」
そして細部へ目を転じると、小さな記号や印、また紙の切れ目が見て取れて、一度ばらばらに切られ、あらためて組み合わされたものであることが分かりました。それこそ千切り絵のようにホーンの膨大な手仕事がなし得た業といえるのではないでしょうか。
「犬のコーラス」
こうした分断し、再び繋ぐコラージュの手法は、鮮やかな色彩を伴いつつ言葉を引用した作品にも使われていて、たとえば『犬のコーラス』ではシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の台詞や慣用句が引用されていました。
『あなたは天気 パート2』 2010〜2011年
ラストを飾るのは、1人の女性を撮り続けた100枚ものポートレートのシリーズでした。これらはアイスランドの温泉にて女性の表情の変化を記録したもので、「曇った顔」や「気が晴れる」といった気象を顔の表情から見立てていました。
『鳥葬(箱根)』 2017〜2018年
さらにホーンは今回、展示室に加えて、屋外の森の遊歩道においても『鳥葬』と題した大型の彫刻作品を公開していました。ちょうど私が出向いた際は前日に降った雪が残っていて、彫刻の表面には氷と水がわずかに溜まっていました。
『鳥葬(箱根)』 2017〜2018年
おそらく晴れていれば森の緑や空の青などを映していたのかもしれませんが、水や氷、そして微かに映り込む樹木などが描く複雑なテクスチャーに見入りました。
何よりもガラスの彫刻が目立っていたのも事実ですが、アイスランドの地誌やアメリカのディキンスンの詩文の引用など、大変に引き出しと読み解きの多い展示といえるかもしれません。それに彫刻からコラージュ的なドローイング、また写真と多様なメディアを駆使しているのも深く印象に残りました。
会期末を迎え、会場内も盛況でした。3月30日まで開催されています。
『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』 ポーラ美術館
会期:2021年9月18日(土)~2022年3月30日(水)
休館:会期中無休。
時間:9:00~17:00 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1800円、65歳以上1600円、大学・高校生1300円、中学生以下無料。
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
交通:箱根登山鉄道強羅駅より観光施設めぐりバス「湿生花園」行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。小田急線・箱根登山鉄道箱根湯本駅より箱根登山バス「ポーラ美術館」(桃源台線)行きに乗車、「ポーラ美術館」下車すぐ。(所要時間約40分)有料駐車場(1日500円)あり。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 『千田泰広 ― ... | 『遠藤利克』... » |
コメント |
コメントはありません。 |
コメントを投稿する |
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません |