晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

大栗峠考(23) 12/22

2011-12-23 | 山・峠

2011.12.22(木)曇

 小字大栗の位置が判って展開が変わってきたが、大栗の峠名について話を進めます。大栗が大きな栗の木に由来している訳でないという件です。
 志古田の古老が若い時分に大栗方面から大きな栗の木を伐採、搬出したということを書きました。売却代金を村中で分配出来るぐらいだから相当大きな栗だったのでしょう、大きな栗の木があったから大栗峠というのは一見もっともらしい話ですが、少なくともその栗の木が峠名の由来とはならないと思います。P1000388
 
大栗峠附近には同じブナ科の木は沢山ありますが、栗は見当たらないようです。


  寛政十一年の丹波国大絵図には峠の上粟野側に「大国、、」とあります。地図が複写なもので読みづらいのだが多分「大国峠」と書いてあるのでしょう。
 そして文明二年の川北家文書に、「一 弓削村 大国より今年から 立せ申筈也」という一文があります。(綾部市史資料編)大国というのは上林側にも和知側にもそれらしい地名は見当たらず、大栗の訛化であろうと思われます。前者が1799年発行、後者の文書が1470年に書かれた文書です。古老の憶えにある大栗の木の伐採が仮に60年前として1951年となります。丹波大絵図から152年、川北文書からだと481年の年月がたっています。いくら栗の木の寿命が長いといっても大栗峠あるいは大栗地名が既に存在したしたときに、1951年に伐採された栗の木が大きな栗の木として存在していたとは考えられないのです。
 地名、特に古い地名の場合桜、杉、栃というような植物や獣や魚の名前は付けたがらないように思えます。それは動植物はその地にとって不変ではないからでしょう。逆に地形はある程度不変です、その地名をみればどのような所なのか理解できるわけです。
 例えば大きな杉の木があったから大杉と名付けたとしましょう。やがてその杉の木が枯れて無くなってしまったら、大杉と聞いてもその地名を特定できないこととなります。今日のように地図情報が完備していれば問題ありませんが、過去の人々にはそのようなものはありませんから、地名を聞くだけでその地を特定できなければなりません。そういう意味で変化のあるものは地名として付けにくいと言うことなのでしょう。それでも動植物、とりわけ身近な動植物の名前が地名に現れています。
 それはあて字が多くを占めています。特に地名には好字をあてるということもあり、身近な動植物を選ぶ例が多くあります。例えばサクラは狭いところを表し、スギは砂地を、トチは両方から狭まったところ等を表します。
 これは地名を研究しながら経験的に感じていることで、100%そうだと言うことではありません。また、アイヌ地名などは直接的に動植物を表しているものが多くあります。つづく

【作業日誌 12/22】
杉皮むき
オリーブ雪囲い

今日のじょん:昨日さりーちゃんがきたので朝は大変、そこいら中嗅ぎたおしておしっこかけまくり。これは自分のテリトリーを主張しているといわれるが、本当はそれ以外の理由があるんじゃないか。P1000605 P1000606
 
 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする