晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

飯盛山(1) 4/14

2013-04-15 | 飯盛山

2013.4.14(日)曇り

 老富町の丸山(イモリガ嶽、生守山、三俵山、サントウ山)とまぼろしのイモリ村について調べて行くにつれて驚くべき説が現れた。またその説の主唱者の岩田女史が老富のイモリガ嶽をみたいと訪ねてこられた。
 飯盛山については様々な表記があり、飯森山、飯守山、猪森山、生守山などいくつにも書かれるがすべて同じもので、最も多いのが飯盛山なので一般的には代表してこの表記を使うが固有の山名、地名を表す場合は固有のものを使うことにする。
 岩田女史の飯盛山に関する説については順次ご紹介することとするが、わたしが飯盛山に関心を持ち始めた理由から述べていきたい。
 老富町、若丹国境の丸山(545m)は文献によるとイモリガ嶽、生守山などとも呼ばれており、同じく国境稜線上に生守村がかつて存在したという伝説がある。ところがその真東、小浜市にも飯盛山(584m)があり、南川を下ったところに生守(いごもり)というところがあるのだ。これは単なる偶然とは思えないのだが、さりとてどういう意味があるのかもわからない。P1010836

 


雨のイモリガ嶽、坪坂峠付近から(2012.5.29)

 そもそも飯盛山については北山、大森の奥に飯森山(798m)があるのは知っていたし、各地に存在することも知っていた。しかしそれ以上深く追求しなかった理由は、その多くがいわゆる飯を盛った形であり、そのために付いた山名ぐらいにしか考えなかったからだ。
 ところが引地、別所、ユリなどの地名の探索や金属、鉱山の探索を地図上でしていると飯盛山に突き当たってしまうことがよくあった。特に最近では盃状穴に関する探求で播磨地方を調べているとこれでもかとばかりに飯盛山が出てくるのだ。
 古代祭祀の山、金属に関連する山という方向で調べていこうとするが、いったいどうすればいいのか解らない、そして老富のイモリガ嶽に結びつきそうにもなくて困っていたところだ。つづく

【晴徨雨読】200日目(2007.4.14)津和野~山口
津和野は西の京都とか言われて人気の観光の町だが、どうもそういうところは苦手だ。それらしいところへ行ってはみるが印象に残らない。津和野と云えば何だと聞かれたら、乙女峠、津和野城址、幻の大間欠泉と答える。
再度山口に戻って、明日から自転車の旅が始まる。Img_4233



乙女峠資料館

【作業日誌 4/14】
たんぽぽ撲滅作戦P1040296



みてくれこのタンポポの量

【今日のじょん】先日ヘイヘイが脱走してそこいら中おしっこかけまくったので、朝はひとしきりチェックが大変である。チコがいなくなって、闖入犬もいなくなったと思いきや、時たまヘイヘイが飛び込んで大騒ぎとなる。P1040291



   

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする