晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

硫黄島村(1) 8/15

2014-08-15 | 日記・エッセイ・コラム

2014.8.15(金)雨

 現在は東京都小笠原村硫黄島であり、自衛隊の航空基地はあるが住民はいない。八月十五日が近づくと各メディアは先の戦争関連の記事を発するが、讀賣新聞は「忘れられた島民」のタイトルで硫黄島から強制疎開させられた元島民の声を特集している。
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 硫黄島での戦闘は1944年に始まり1945年3月に終結する。日本軍の死者は二万人以上、生存者は1,000人のみ、米軍の死者も28,000人という激戦である。同時期に戦われた沖縄戦も熾烈であったが、硫黄島は小さな一つの島だけの戦いである。
 記事の内容は本土に強制疎開された島民1,000人と島に残された男子十五歳以上の100人以上のその後の問題である。島に残った島民は軍の後方支援にまわされ、多くが戦死し、生存者は十数人とされている。疎開した人びとは慣れない生活に苦労を重ねたが、終戦になっても島は米軍の占領地となり帰島は出来ない。1968年に返還され、父島母島など帰島が可能となったが、硫黄島だけは許されなかった。強制疎開された島民は帰島促進の運動を始めるが、国は1985年「今後の定住は困難」として結論づけ、現在も民間人の上陸を拒否している。その理由は不発弾や遺骨がまだ多く残っており、産業が成立しないというものである。
 しかし国は返還された68年から85年の間、いやそれ以後も不発弾の処理や遺骨の収集、生活基盤整備の策定を行ったのだろうか。そのことは記事には書かれていない。遺骨はまだ1万体以上が残されているという。島に帰りたいと願う疎開一世は高齢化が進み、亡くなる方も増加する。二世三世にいたっては、本土に生活基盤が出来上がっており帰島の意志はより減じていると思われる。国はそんな時間の経過を利用しているとしか思えない。
 今日読売テレビで「硫黄島からの手紙」を放映している。既に映画館で見ており、戦闘の悲惨さを伝えてはいるものの、栗林中将の美化とまでは言わないがそのストーリー性に嫌悪感をおぼえたので二度と見ることはなかった。というよりその時間にBSで放映していた「遠い祖国」(前編)のほうが終戦を考えるのに意味があった。(後編は明日22:00~)つづく

【今日のじょん】じょんの体重が、やっと目標にしていた18Kg台になった。夏になってほんの少し食欲が落ちたかなと思うが、運動量は減ってそうだし、こないだからの水分の減少が原因かなとか色々思ってしまう。まあ、とにかく減ったんだからいいか。P1030572



ぽんぽこぽんも途中で固まってしまうノダ。

コメント
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