晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

幻の道標を探す・大栗峠(考察編2) 6/15

2012-06-16 | 山・峠

2012.6.15(金)曇

 鍾乳石らしきものを見つけて、「すず」が俄然脚光を浴びてきた。ただ、鍾乳石=すずという図式はお目にかかったことはない、つまり本邦初公開の説である。
 もちろんそれは確信のあるものでなく、いつもの思いつきの延長と考えてもらって良いものなんだが、真実というものは意外なところに意外な形で存在するものでもあるし、またかっという気持で読んで頂いたらよろしい。
 府内唯一の本格的鍾乳洞は京丹波町(旧瑞穂町)の質志(しづし)にある。今でこそ料金を払ってライト、階段付の洞内に入るようだが、わたしたちが子供の頃はまるで探検であった。第一その入口を探すのが大変だった。山中には幾つもの鍾乳洞があり、試しに入ってみてもすぐに行き止まりになる。諦めかけた頃に本物にぶつかり、ずり落ちるように入ったら、もの凄いドームに驚いた憶えがある。これで終わりかと思ったら、上部に洞窟が続き、枝道がいくつか分かれていた。一つひとつ確かめながら本洞を行くと遂に縦穴となってしまった。現在階段が付けられている縦穴である。
 既に鍾乳石などは取られた後で何も無かったが、わたしの兄の時代にはまだまだ有ったようで、立派な鍾乳石が持ち帰られており、庭に転がっていたのを憶えている。話がそれてしまったが、「しづし」という奇妙な地名は一体何を表すのだろうか。シズが清水の意味があるというのだから清水の湧いているところという風に取れば、かつて鍾乳洞の近くに名水が出ていたことを思えばつじつまが合う。しかし何か鍾乳洞、石灰岩と関連があるのではないかと考えていた。Img_3169
 
大原神社の下にあるお釜と呼ばれる石灰岩の河辺、質志の鍾乳洞と繋がっているという伝説がある。


 そんな時小浜の帰り道、福井県道1号線に父子(ちちし)というこれまた妙な地名を見つけた。その隣の野尻は江戸時代に大規模な銅山があったというので興味があったのだが、父子は知らなかった。後に父子について調べてみると、江戸時代からの石灰岩の大産地で、窯場で焼いて石灰(いしばい)を生産していたそうだ。最盛期には佐分利川畔に軌道を走らせ河口まで運んでいたそうだ。そして興味あることは、かつては「静志」「静石」と書かれていたそうである。父子には静志神社(しずしじんじゃ)という古い神社もあり、質志=静志=父子といえよう。そうなるとこれ等に共通する事柄は石灰岩であり、「シズ、シヅ」という言葉が石灰岩、鍾乳石を指すのではと考えられる。Img_3611
 
福井県道1号線沿いに父子の入口がある。


 古代地名語源辞典では「シヅ」は「垂る(しだる)」の意味で地形としては傾斜地や崖と書いている。例えば雫(しづく)などは垂れるという意味をあてればぴたりだと思われる。
 質、静に垂れるという意味があれば、志、子は石と考えれば「垂れる石」という意味になり、それは鍾乳石そのものではないか。
 ちなみに小浜海浜公園は父子海岸と呼ばれ、地質を調べると石灰岩の層が存在する。
 京都近郊なら左京区静市静原(しずはら)町なんてのはどうだろう。シズのオンパレードなんだが、「北山を歩く」(澤潔著)では清水説で、静原=清水原というふうに書いている。まあこれが一般的な解釈なんだろうが、地質としてはレンズ状に石灰岩の帯があると言われている。鞍馬山のガイドなど見ていると石灰岩がかなり現れており、庭石などにも相当使われているようだ。つづく

今日のじょん:清和園さんで小犬が生まれたというので見に行く。五匹生まれたようで、声を掛けたら佃に一匹、福知山に一匹と嫁ぎ先が決まった。田中さんが新聞などに載せる段取りをされているようなのでおいおい行き先が決まるだろう。それまでに見とかなくちゃあってんでじょんの注射の行きしなに立ち寄る。いやはや小犬ってこんなに可愛いんだ。おとーちゃんもおかーちゃんも一緒に居て、おとーちゃんはサチのおとーちゃんらしい、柄も眼もそっくりだ。おかーちゃんはラブだろう、べっぴんさんである。わたしたちには吠えないが、じょんに吠えているようで、車の中に置いておく。
P1010985 P1010987 P1010986



動き回るのでうまく撮れない。P1010983 P1010988  

おとーとおかー。

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幻の道標を探す・大栗峠(考察編1) 6/14

2012-06-14 | 山・峠

2012.6.14(木)快晴

 梅雨の中休みというのは上林では一番良い季節かもしれない。結構気温は高いのだが、湿度が少ないのだ。
 さて今回の山行では多くの発見をしたわけだが、最も衝撃的だったのは「すずゆわ」の正体である。この件について詳しく考察してみたい。
 
 「すずゆわ」はかつて「シデの山地名考」(2011.7)ですず岩というシデ山直下の大岩のことだろうと解いた。このことは多分正解だと思うのだが、なぜその大岩がすず岩なのかについては解明出来ていない。色々と思いを巡らせたのだがこれといった案が見つからない状態であった。そういう行き詰まった状態を打開したのが、今回の山行で何気なく撮った一枚の写真である。それはシデ山から大栗峠に向かう尾根の木々の間からすず岩を撮ったものである。帰宅後に見た写真の中に岩壁の下部附近に妙なものが写っているのである。当初木の根っこかなと思ったのだが、形状、色ともにそのようには見えない。ズームアップして見ると実に不思議な形をしたその部分はどうも石灰岩のように見えるのだ。その曲線は鍾乳石といっていいように見える。実は現地を確認するために矢も盾もたまらない気持でいるのだが、ここはぐっと堪えて、これが石灰岩であると仮定してすず岩の考証をしてみたい。P1010939 P10109391
 
すず岩の遠望写真と不思議な部分のアップ写真。



 スズという言葉でこの岩に関連のありそうな語源は、清水、穂(地名の語源他)のようだ。清水の湧き出るところという意味では鳥垣渓谷右股の源頭となっているすず岩周辺を表す言葉としての「スズ」としてかなり有力だ。しかし「みと」から清涼な清水が湧き出ているのに比して、すず岩自体から清水が湧き出ているようには見えない。
 穂というのは稲叢(いなむら)のことでニホ、ニオのことらしい。といっても何のことか解らないだろうが、刈り取った稲を円錐形に積み上げたものの意味である。これは山名の語源となっている例が多くあり、北八ヶ岳の「にゅう」鈴鹿や赤城山の「鈴ヶ岳」などは山容からこの言葉が語源となっているようだ。
 鳥垣のすず岩がこのような形状をしているか否か判断に苦しむが、裾が拡がった感はあり、どこからかの見方によっては円錐形の稲穂を立てかけた形に見えるのかも知れない。とにかく現在では展望のきかない岩ではあるが、かつて茅かきが行われていた頃は完全にその全貌を現していた訳だから、その形状は「にゅう」であり、「すず」であったかも知れない。
 「すず」の語源はこの他に数多くあるのだがこの二つが有力であろうと考えていた。つづく

【作業日誌 6/14】
じょんのび谷整備
ニンニク収穫P1010971

秋に植えつけるのを残しても沢山あるので、欲しい人にあげる。


 
 今日のじょん:身近にあった櫓(やぐら)ネギ
6月7日の記事で紹介した櫓ネギについて、「いやあこんなネギ珍しいね」という声があったが、朝の散歩でよく観察していたらすぐ近所の畑に植わっていた。なんだ身近にあるんだなあと思いつつ、それにしても硬くてまずそうなネギだなあと思うのである。P1010959

 
 
 

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幻の道標を探す・大栗峠(6) 6/13

2012-06-14 | 山・峠

2012.6.13(水)晴れ

 弓削に降りるだろう広い街道を見送って尾根を忠実に下ることにした。広い道は消え、人が歩けるだけの道となる。この道が保たれているのはイノシシの街道となっているからだ。少しでも湿気のあるところはヌタ場状になっており、周囲の木々は肌を擦りつけられて皮はむけ泥で磨かれている。周囲にはおそろしいばかりの剛毛が散らばり、この尾根はイノシシの独壇場となっている。かつては松茸や山菜など山の幸にあふれ、薪や堆肥を取りに入った山なのだろう。志古田の村から大きなくしゃみの音が聞こえる。将に里山なのだ。それなのにこの地に分け入った村人は何人居るだろう、少なくとも今年はわたしたちが初の訪問者なのでは無いだろうか。
 尾根の両側の村々では例のワイヤメッシュのフェンスを張り巡らし、獣害対策はこれで万全と、まるで「原発の安全性は確保された」と言ってはばからない現政府のように居直っているのだろう。この尾根の猪たちの痕跡を見ればそんな考えは一挙に吹き飛んでしまうと思うのだが、、、。
 変わりばえしない獣の道をお借りして、弓削城のコルに出る。P1010948
P1010949P1010950



左:コルから弓削に下る道、良い道だ。
中:弓削城趾、南側の郭。
右:イノシシの落とし穴、この尾根にはいくつか見られた。尾根上にあるので炭焼窯とはすぐに判別出来る。


志古田から弓削 に向かう道は確実にあったようだし、今も歩くことができる。志古田からコルまでの道は植林の中で面白くも無い道だが、弓削に降りる短い広葉樹林の道は往古の峠道を彷彿させる気持ちの良い道だ。ただしその出口は例のフェンスで出られるか解らない。わたしが歩いた昨秋にはまだフェンスが完成していなかったからだ。志古田側は問題ない、弓削が村中を囲んだ事に対し、志古田では耕地のみを囲んだようだから。
 せっかくこのコルまで降りてきたのだから弓削城趾を見てこようと、急坂を登る。
 二つのピークに山城があったようだが、下調べもしていないので山頂の平坦部しか解らない、本当は堀切や曲輪など城らしい構造が残されているようだ。
 天気も怪しいので早々に志古田に降りる。昨秋発見した志古田の古い地蔵さまは実は二体ある。一体がまるきり後ろを向いていたのだ、風化の様子ではかなり古いもののようだ。P1010951_2

左端と右から二番めが地蔵さま、下の台状の石は新しそう。


 この道はお城に行く通路、志古田と弓削を結ぶ道といっただけの道では無く、上林川左岸の街道として存在していたのではないかと想像する。つまり近世には上林川の橋もかなりあったようだが、中世古代となると怪しげなものだろうし、増水すれば右岸と左岸は完全に分断されていただろう。そう考えると村々をつなぐ道路は右岸左岸の両方共、上林川に沿ってあるいは尾根を越えて存在しただろうと考えるのである。そういう意味で上林街道、つまり府道1号線の走っていない側の街道を探ることは興味深いことであるし、意義のあることだろう。それにしても例の獣害フェンスは隠れた街道を発掘するに大きな障害となるだろう。獣だけを分断出来れば良かったのだが、人間の行動や発想まで分断してしまった。
 佐々木さんちのはなちゃんの鳴き声に歓迎され、桜井さんに迎えに来て貰って今日の山行が終わった。P1010952 道標は見つけられなかったけどそれ以外の沢山の発見をした。大栗峠は昨年から五回の訪問をしている。歩くだけの山行から、発見する山行、考える山行と進化している。おわり(考察編はつづく)

今日のじょん:キクしに勝るきくちゃんがやってきた。奥さんは免許取っての練習というのでレンタバイクで現れた。いやはや聞きしに勝る夫婦である。
 喜び勇んで飛び出したじょんはえらい剣幕で吠えられてしょげかえっている。わたしが近づいても歯をむき出して吠えるのだが、それが妙に笑えてしまうのは何なのだろう?P1010966

 きくちゃん。

 

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幻の道標を探す・大栗峠(5) 6/12

2012-06-13 | 山・峠

2012.6.12(火)曇、雨

 弓削道から分かれた細い道は最初斜面をトラバース気味に下って行き、やがて尾根状となってくる。道標の候補の一つはこのあたりである。右に行けば弓削だし、左に行けば京道である。もちろんこの道を使って弓削に行く者は無いのだけれど、道標というものはそういうものだということは峠の道標をみても解る。しかしこのあたりにはそれらしいものは見当たらない。
 尾根状となったところで道は右に大きく曲がり、またしても斜面を下って行く。予想した道もそのとおりで、やがて志古田谷に向かって下るのだが、この場合余りにも早く下りすぎだ。そして452mの小ピークを越えてから志古田谷に降りるはずなのにピークを越えた憶えが無い。道は急激に志古田谷に向かい、踏み跡から獣道に変わってくる。志古田谷の水音まで聞こえてきて、道を誤ったことに気付く。どうやら志古田谷に向かう支尾根を下ったようだ。 大体この道の降りがけに目の前の枝を払おうとして、70cmほどの青大将のような蛇を掴みかけた。相手が動いて気付いたのだが、地上を這うのならともかく樹上にいたのには驚いた。ケチのつき始めである。
 冷静に元来た道を弓削道まで戻る。弓削道はこの地点から左の斜面を下って行き、弓削の西側の尾根に乗る。そうすると、弓削道に入らず、尾根を真っ直ぐ進めば弓削東側の尾根となるはずだ。P1010944
 
右に下ると道が無くなる、左は弓削道、真ん中の尾根が弓削東尾根。


 予想は当たり、かなり踏まれた道が続いており、ご丁寧にテープによる案内までしてある。誰が何のためにテープを貼っているのか、よく山林作業に使われる標識とは違うようなのだ。しかも新しいもの、古いもの取り混ぜて貼ってある。周囲に赤松が多く、松茸山の標識だろうか。
 やがてテープも無くなるが、道はつづいている。しかも弓削道同様の広くて掘られた跡のある街道なのだ。やがて452mのピークに到着する。測量点があるはずだと探すが見つからなかった。この道が弓削道と同様に街道として存在していたら、それは大発見である。この道のことは誰もどこにも書いていないからだ。
 又しても尾根が二つに分かれるあたりに志古田に降りる道があるはずなのだが、注意しても解らなかった。P1010945 P1010946
 



弓削東尾根の道は弓削道同様の広くて整備されただろう道だった。


 しかもこの街道らしき道はある地点で弓削に向かって降り始めるのだ。どうすべきか迷ったのだが、尾根道を真っ直ぐ辿ることにする。真っ直ぐ行けばやがて弓削城址のコルに出て志古田に降りることができるからだ。P1010947
 いつかこの弓削に降りるだろう広い道を下ってみたいと思うのだが、もし弓削に降りるのが確実なら、この道は一体何だろう。
 前回弓削道本道を下った際にかなり大きな土砂崩れが起きていて、一部大変細い道となっていた。この細い道は荷車の通行は困難だが、かなり歩かれている感じなので、土砂崩れはまだ峠道が一般に利用されている時に起きたものだろう。さすれば弓削東道は本道の迂回路して整備されたのかもしてない。つづく

【作業日誌 6/12】
タマネギ吊るしP1010962

車庫中タマネギの臭いでプンプン


仙台長なす植えつけ
椎茸、なめ茸の床造りP1010964

風通しが良くて日陰のベッド、きもちえ~わ~。



今日のじょん:オオサンショウウオ発見!といっても以前から居るのだけど、まだ見たことが無かったので今日は写真に収めて満足。じょんは付き合わされて迷惑みたい。P1010957

水中にいるので上手く写らない。


じょんはめーわくそー。P1010958  

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幻の道標を探す・大栗峠(4) 

2012-06-12 | 歴史・民俗

2012.6.11(月)曇

 「大栗峠にはお堂があったんやで」という話はどこで聞いたのだろう。たぶん小林時計店のおばあちゃんに聞いたのだと思う。小林さんは峠に行かれたことがあるかどうか解らないのだけれど、峠の石柱や山田道の石碑のことは知っておられた。大栗峠のお堂のことは丹波志などでも見当たらない。どうもこの言い伝えは眉唾物かと思いきや、峠の東側には5,6m四方の四角い平らな部分があるのだ。どう見ても人工的な平地であり、方向も位置もお堂にぴったりである。P1010940

峠東側の平地。


 わたしは上粟野(かみあわの)道のとりつきの所にある地蔵堂のような建物があったのではと想像する。あのような地蔵堂は大岩や古屋、洞峠の登り道にもあり、地蔵を祀る以外に旅人の休憩場所であり、避難小屋的な意味もあったのでは無いだろうか。また峠にある場合は、麓の村からの荷物の受け渡し場所、デポ地となっていた可能性もある。Img_3098
 
大岩の地蔵堂内部(2009.9)


 ただそういった地蔵堂があったとして、峠の二体の地蔵さまが堂内に祀ってあったとは思えない。二体とも施主や道案内の彫られた立派な台座があり、堂内の鴨居の上に乗ったような地蔵とは思えないからである。
 今回この平地の調査が目的では無かったので先を急いだが、次回はあの落ち葉の下に礎石など探してみたいと思っている。
 さてこれからが今回の山行の目的である、幻の道標探しである。幻の道標とは奥上林村誌に載っている「右弓削、左京道」の道標で、どこにあるか解明されていない道標である。ヒントは志古田の山中ということだけである。いくつか候補地が想定され訪れたが、未だ発見されていない。そして今回は最も期待出来る場所であり、前回の山行の際発見した新たな道を訪ねるものでもある。
 弓削道は大栗峠から北西に大栗峠の頭(681m)の北側を捲いて「南無遍照金剛」石碑の山田道分岐に至る。そこから弓削に向かう顕著な尾根を下って行くわけだが、地形図を見ると標高500mあたりで弓削と志古田の間の尾根が分かれる。弓削道は弓削と瀬尾谷(しょうだに)の間の尾根を下るもので、破線で表されている。この尾根の分岐あたりに右手、志古田方面に降りて行く道を前回発見した。P1010944

弓削道本道は左に下って行き、右に細いがしっかりした道が下っている。


  この道が陸地測量部作製の地図にある道だとしたら、それは志古田道の迂回路的な道だろうと予想するのである。つまり地滑り地帯で崩壊の多い志古田道の迂回路として使われたのでは無いかと思うのだ。つづく

【作業日誌 6/11】
タマネギ収穫P1010955

 


上段が追肥無群、下段が追肥群(週一回の液肥)苗数が違うので比べにくいがあまり差は無さそうだ。

今日のじょん:鮎の解禁が近づくと釣り人が入れるよう河原の草が刈り取られる。新たな散歩ルートができるのだが、切り株は痛いし刈った後の草は気味悪いしどうもお気に入りでは無さそうだ。P1010954

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幻の道標を探す・大栗峠(3) 6/10

2012-06-10 | 山・峠

2012.6.10(日)曇

 やすみと右股を少し行ったところに石の積んだ跡がある。炭焼窯の土が流れて積石が残ったのかとも思われるが、妙に四角いのが気にかかる。実はこの時あまり気にしなかったので詳しく観察することも写真に撮ることも無かった。どこかの本に石風呂のことが書いてあった。山間地で冬期に山で作業する人たちが暖をとるために、石で囲って焚き火をしたりしたというものである。一種の休憩所と言うべきものだろうか。
 果たしてこのようなものが実査に存在したのか疑問なのだが、あるとしたらその石風呂の跡かもしれない。次回訪れたときには詳しく観察してみたい。
 おおだんからみとに至る広葉樹の林は元々は茅畑だったところだが気分のいい林になっている。一応テープ等で道案内はしてあるのだが、決まった道があるわけでは無い。各自のペースに従って直登したりジグザクに登ったりすれば良い。ただし、敷き詰められた落ち葉の下は蛇に格好の環境である。これまでジムグリだかヤマカガシだか割合小さな蛇をよく見かけたが、今回初めてマムシと遭遇した。なかなか立派なマムシで、こんなのを知らずに踏んでしまったらなんて考えるとぞっとする。いずれにしても足下だけはしっかり保護をして歩いて欲しい。P1010928
P1010929
いい林なんだがこいつはいけない。


 林道を少し歩くと左にシデ山に向かう道に出合う。ここもわかりやすい道標が着けられているので間違うことは無い。但し稜線までの斜面の一部にシダ類が繁茂している。夏期の間だけだろうが、先程のマムシを見ているだけに気味悪い。稜線はまばらな広葉樹と白い岩稜ですこぶる気持ちいい。小さなピークをぽこぽこと越えていくと731mのピークに着く。ここには小さな測量点があるのですぐに解る。その少し先に岩稜のピークがある。この岩のピークをシデ山としている。隣の731mピークと同等の高さがありそうだが、岩の分だけ高いかなとも思う。もともとこのあたり一帯がシデ山と言われていたようで、個別のピークを指していたわけでは無さそうだ。P1010930
P1010933みとの広場から丹丹、若丹国境の山々。
このような道標が随所に完備されている。


 私たちはわかりやすいようにこのピークをシデ山と呼んでいる。繁茂している枝などを切り払い、長老ヶ岳(916m)方面の展望が素晴らしい。
 シデ山で弁当を食べているとポツリときた。予報通りだがチト早いなと思いつつ腰を上げる。P1010937
 
シデ山から長老ヶ岳をのぞむ。曇り空だが良い景色だ。


 ここからのルートは要注意である。大栗峠、鳥垣林道に向かうには上林側の斜面を下る。稜線を辿ると上粟野に下りてしまう。地図を見れば一目瞭然なのだが、騙されやすい地点なので、念のため。
 斜面を下ると、右にすずゆわ(すず岩)が見える。その先に右に鳥垣林道に降りるルートがある。わかりにくいところだが、しっかり道標が着けられたので大丈夫。ここで桜井さんと別れ、わたしと村上さんは大栗峠へ向かう。P1010939

何気なく撮ったすずゆわ、わたしはその名の由来を探しているが未だ解らない。アップにしてみて頂きたい、その下部に写っている妙な形状は何だろう。これは鍾乳石では無いだろうか。


  大栗峠まではシデ山から丁度30分、広葉樹林の優しい尾根だ。そして大栗峠では地蔵さまに再会することとなる。いつみてもいいお顔だ。つづくP1010941

今日のおじぞうさま。


【作業日誌 6/10】
一区元気にしよ会の堤防草刈り

今日のじょん:じょんに着くダニはすっかり見なくなった。やはり暑くなりはじめが圧倒的に多いのかと思うが、散歩コースに草が生い茂りじょんも人間も入りたがらないのが最大の理由だろう。ところがその油断がたたって草刈りをしたわたしに初ダニを発見した。左ふとももにチクリと感じていたのだが、風呂でよく見るとしっかりくっついている。マムシ、ムカデ、マダニの夏の3Mは頂けない。P1010917
 

じょんのび村はダニが着かないよう草刈りを徹底している。 

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幻の道標を探す・大栗峠(2) 6/9 

2012-06-10 | 山・峠

2012.6.9(土)雨

 やすみとは鳥垣渓谷が二股に分かれる部分にできた島のようなところで、地形的に何というのか知らないが特徴的な場所である。鳥垣集落の茅かき作業にとっては往路復路共に重要なポイントであっただろうし、茅かきをした人たちにとっては最も思い出深い地点なのでは無いかと思う。背にくい込む重い茅に喘ぎながらも、やすみとに着けば一服出来るという思いはきっと励みになっただろうし、やすみとでの時間は苦役から解放された至福の時間でもあったと思うのです。冊子「シデの思い出」にもやすみとでの写真は多くあります。モンペ姿のご婦人方、乗馬ズボン風作業ズボンの男衆も実に良い顔をされている。各地の地名などを見ていると、やすみとというのは普通名詞的に使われているようだが、実に含蓄のある地名だと思う。Img_3186 
 
やすみと(2011.6.26)現在はもっと刈り払われ、すっきりしている。


 さてその二股の左股の左岸に古い炭焼き窯の跡がある。上林で見かける窯跡では大きいものと言える。実はそこで炭を焼いていたのは岐阜県の大久保さんという方だそうだ。驚くべきは谷の対岸に小屋があり、子供さんが学校、多分奥上林小学校だろうと思うのだが、に通っていたというのだ。距離的に見ると古屋から通うのと同じように思われるが、おそらく一人でこの山道を通ったのだと思うと何とも感慨深くなる。ある冬のこと、例年に無い大雪が降り、大久保さんが孤立してしまった。案じた村人が救出に向かったという。これが食糧の救援なのか身柄の救援なのか、はたまたどのような事態なのか解らないのだけど、その際救援に向かった村人の一人がご健在だということだ。またご本人も居所が解りそうな状況なので、できれば当時の生活の様子、
岐阜県の方がどのような経緯で上林に来られたのか聴いてみたいと思うのである。Img_3369
 
炭焼窯跡の写真が在ったと思ったら草で解らなくなっている。
(2011.7.24)


 木地師をはじめとして山林に従事する職の民は基本的に定住にはなじまない。農耕のように毎年種を蒔いて収穫するという性格のものではないからだ。樹木を伐採したら次に利用可能となるのは何十年先となる。流浪を繰り返す民を定住農耕民は侮蔑的な感覚で見ていると思われがちだが、実際はそうでは無かったのではという風に考え始めた。彼らは古代から近世まで庶民の文化の伝搬者だったのでは無いだろうか。
 小説「月山」に出てくる、十王峠を越えてくる怪しげな押し売りや密造酒売買人が世間では悪者なのだが、村人にとっては外界から文化や情報を運んでくる大切な人と見られている。山深い寒村であればこそ余計そういう感があるのではないかとこの炭焼窯跡を見ると思うのである。つづく

【作業日誌 6/8】
草刈り(3-3)

今日のじょん:6月5日の記事にコメントを頂き、鳥の名前が判明した。イソヒヨドリの雄だって。以前に鳥の好きな方にポケットサイズの図鑑を戴き、店に置いておいたのだが紛失して探しているところだった。いやはや珍しい鳥が居たものだ。そういえばイカルも最初に出て来たきりで見つからない。やはり常に注意力を持って見てなくてはいけないようだ。P1010860


 
 

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幻の道標を探す・大栗峠(1) 6/8

2012-06-09 | 山・峠

2012.6.8(金)曇、雨

 鳥垣渓谷を整備する会主催のシデ山山行の下見として鳥垣渓谷からシデ山への山行をする。参加者は桜井(克)さん、村上さんとわたしの三人だったので、後半を大栗峠から弓削道を辿り、志古田に下りる間道を探し、幻の道標を見つけようという楽しい山行を計画した。

 なお桜井さんはシデ山先の分岐で本番の準備のため鳥垣に下山された。

タイム:
  9:00  小野田橋集合 軽トラで獅子鼻へ
  9:15  獅子鼻出発
  9:41  F3到着
 10:01  F6到着      10:11 出発
 10:30  やすみと着    10:45 出発
 11:10  みと広場着    11:25 出発
 11:30  シデ山登り口 
 12:00  シデ山       12:30出発
 13:00  大栗峠着
 13:15  山田道分岐
 13:35  支尾根分岐    道標を探して彷徨う。
 14:17  弓削志古田間尾根の452mピーク
 15:05  弓削志古田峠  弓削城趾を尋ねる。
 15:30  佐々木さん宅到着

 天気は下り坂という予報だが、朝の内は晴れて暑い。鳥垣渓谷は今年初めてだが、桜井さんの尽力でずいぶん整備され、道標なども完璧に着けられた。獅子鼻周辺から上のおりとあたりまで杉林も整備中で、鳥垣林道分岐のあたりは公園風に仕上げたいと桜井さんの夢が進行中だ。獅子鼻から本来の茅刈道は左岸を通っており、丸木橋を含めて復元出来れば、林道を歩くより風情があろうかと思われる。
P1010919
看板仮設置  



 今回人数的にも余裕山行なので、観察を深めて新しい発見をしたいと思う。
 おりとの滝は流木など片付けられてずいぶんきれいになっている。やはり鳥垣渓谷の第一印象だからここが一番大切だ。初めて来た際に見つけた鏨の痕のあるこめ石を探しているのだが見つからない。ユンボでならしたときに埋まってしまったかな。第三の滝までも流木倒木が片づけられて気持ちよくなっている。こめ石らしき表面の平な石が転がっている。P1010920 P1010918

とったら叱られます。


 第三の滝からは登山道が尾根に上がってしまって連続する滝を見ることができなかったのだが、ずいぶん整備されていくつかの滝に降りて見られるようになっている。これは桜井さん達のすごい功績だ。これ等の滝を登って正確にフォールナンバーを着け写真を撮って滝名を着けたいものだ。P1010922 P1010923
 
以前は見られなかった滝が見られるようになった。
簾の滝、廊下の滝なんて名はどうだろう。


 滝の周囲や登山道の傍らに岩が沢山ある。アシ谷のマンガン坑へ行ったときもこのような岩があったなあと思いつつ観察をしていると、ある岩に妙な洞穴がある。直系が5,60cmだろうか、スプーンですくったような跡だ。近づいてよく見ると人工的に掘られたような感じだ。マンガン鉱の試掘の跡ではあるまいか。マンガンの鉱脈はこういった所に黒くしみ出ており、マンガンの花というそうだ。マンガンの花が咲いていたのだが、掘ってみたらすぐに脈が途絶えてしまったというような感じだ。P1010924 P1010927
 



マンガン鉱試掘跡か。石の観音さん。

 大きな桂の木を楽しみながら登って行くと、気になっていた石の仏さんがある。自然石のままなのだが上手く仏さまの形になっている。これもこめ石だろうか。なんてことは無い、桜井さんが形の良い石だと思いその場所に置いたとのこと、観音様とおっしゃってるがなかなか粋なことだ。
 やすみとも雑木が取り払われ、気持ちの良い休憩場所となっている。左股に在る炭焼き窯の跡について驚くべきことを聴く。つづく
 
 今日のじょん:オオサンショウウオの大家族がいるというので、じょんとウオッチング行く。残念見つからない。P1010913_2
  

 
 
 

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じょんのびクリーン作戦進行中 6/7

2012-06-08 | 日記・エッセイ・コラム

2012.6.7(木)曇

 じょんのびクリーン作戦を展開中である。
 府道の溝掃除、じょんのび谷アシ苅り
、じょんのび谷岸の伐採、北側保安林下刈りという念願のクリーン作戦は少しずつ取り組んでいるが、草木の成長はわたしの処理能力をはるかに超えている。しかも上記作業地は総て他人様の土地である。府道以外は持ち主の了解を得て行っている次第だ。
 府道の溝掃除は既に2回行っており、泥が流れないよう木片も作製したが、既に溝の中に数センチの草が生えてきている。実はこれが怖ろしく成長する草で、伸びてしまったら二度と刈り取ることが不可能な草である。常に観察をして、生えたらすぐに刈り取らなければならない。なぜってその草むらが蛇の巣になっていたからだ。
 じょんのび谷アシ刈りは、四年来の課題なのだが根を起こさない限り根本的解決にはならない。この谷の工法は両岸がコンクリートにもかかわらず川底は泥で、水は泥混じりとなり草は繁茂し救いがたい状況だ。谷の中は生育環境が良いみたいで、野菜苗など余ったものを捨てるとぐんぐん育って畑より結果が良いこともある。野生のワサビ、ミョウガ、セリ、ミツバ、フキなどが生えており、山で採ってきたワサビを植えつけたらしっかり増えてきた。アシを片づけたらこれら有用植物の谷にしたいと思うのだが数年かかりそうだ。今のままではここも蛇の巣だし、マムシも一度確認されている。P1010855
P1010785 



アシを刈ってワサビを植えつけたが、もうアシが伸びてきた。右のように根から起こさねばならないのだが。

 じょんのび谷の岸はウルシ科の木々や竹、イタドリ、雑草でえらいことになっている。ここを片付けない限り谷の整理もままならない。しかしまあ少し取りかかっただけだがあっという間に元の通りになってがっかりしている。ここが最大の課題になりそうだ。P1010912

このジャングルをどうするかだ。


 北側保安林は隣地の所有なのだが、椎茸やなめ茸の保管地として最適なのでお借りしている。もちろんきのこが出てくるまでの期間なのだが、草木を整理しないと使用出来ない。まあ、ぼちぼちやるか。
てなわけで今日はアジサイとミョウガの下草整理、これだけで半日費やす。P1010910
   

アジサイもミョウガもすっきり。


【作業日誌】
アジサイ下草刈り
ネギ植えつけ
P1010905_2 P1010906




 櫓(やぐら)ネギと言うらしい。ネギ坊主の代わりに子ネギができる変なネギ。どうやって植えるか解らないので、子ネギの部分、根の部分、茎の部分を植えつけた。

 今日のじょん:食物アレルギーの疑いで食事制限され、好物のジャーキーが姿を消して久しくなる。たいして好きでも無かった竹輪が唯一の美味しいものになったようだが、これとて食塩が多いからといって2cmぐらいに制限されている。P1010903

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山椒のレシピ 6/6

2012-06-07 | 食・レシピ

2012.6.6(水)晴れ

  朝倉山椒が四年目にしてまともに採れ、1Kg弱の収穫となった。しかし木が若いためかまだ実が小さい。育ちがまだなのかと思うが時期を逸したら硬くなるので収穫してしまう。
P1010885 P1010886




左が苗を買った朝倉山椒、右は家の敷地に生えていた野生の山椒。20cmぐらいだったが今や背丈を超える。実も昨年あたりから着きだした。色が赤っぽくて硬そうなので調理しない。熟れてきたら粉山椒を作ってみよう。


 例年通りちりめん山椒と醤油炊きをして、残りは冷凍保存をすることにする。
 毎年これらの保存食を作製しているのだが、いつも不満が残っている。塩辛くてこくが無い、殻がやたら硬い、妙にべちゃべちゃしているなど様々でいまひとつ納得がいかない。そこでインターネットでレシピを探ってみる。無数にレシピがあるのだが、ゆで時間、あく抜き時間、炊きあげ時間、調味料の種類、調味料の量など千差万別である。調理というのはそういうものなのかも知れないし、材料の山椒の収穫時期や状態なども違ってくるので、出来具合も変わってくるのだろう。それにしても出来上がった後の出来具合については余り詳しく書いてない。プロの場合はともかく、結果が美味かったのか、そうでなかったのか書いて欲しいものだ。わたしのレシピでは結果も書いてあるので、採用すべきか否かがよく解る。P1010898

山椒はへた取りが大変、冷凍してもむ方法は以前やってみたがうまくいかないので、やはりコツコツ手で取る方が良いようだ。



ちりめん山椒
 ちりめんじゃこがやたら高いのでしらすを使う。どちらもカタクチイワシの稚魚が主みたいでまあ良いかという感じで使っているが、京の老舗に言わせるととんでもないことなのだろう。じょんのび流は単に経済的な理由だけである。高くて美味いもんなら誰でもできる、安くて美味いものこそ真の究極のメニューだろう。なーんて貧乏人のひがみ根性みたいなもんだが、工夫次第で安くて美味いものは出来ると思う。
 実山椒   160g
 しらす    100g
 塩      ひとつまみ
 醤油     大さじ3
 みりん    大さじ2
 酒      大さじ3
 昆布だし  少し
 山椒の葉  3枚

 本来のちりめん山椒は山椒の風味でちりめんを食うもののようだが、じょんのび風は山椒を食べるものである。
①よく水洗いした山椒を6分ゆでる。その際ひとつまみ塩を入れる。理由は解らないが、多分山椒の緑を活かすためではないか。(枝豆なんかはそのとおりだ)山椒の場合色が冴えるということはなさそうだ。

②水で一気に冷まして、氷水につける。一度水替えをして4時間浸す。これはあく抜きのためだそうだ。P1010900




水にさらす時間で辛さが変わると聴いたが、真偽の方は定かで無い。


③じゃこはサッと湯通しして塩気を取る。よく水気を切り置いておく。P1010901




お金持ちになったら本来のちりめんじゃこで作りたい。


④酒を鍋に入れてじゃこを煮きる。醤油と出汁を入れて弱火で炊き、水気が少なくなってきたらみりんを入れ、最後に山椒を入れて炊く。じゃこの姿がばらばらにならないようそっと混ぜる。香りづけに山椒の葉を入れたが、効果の程は解らない。

⑤水気が無くなったらキッチンペーパーに拡げて、天日で干す。時々かき混ぜて好みの乾燥度に仕上げる。

 味は上々だが山椒が軟らかく炊きあがらない、皮が硬いのだ。これは収穫時期の問題だろうか。来年は収穫時期と湯がき方を工夫してみよう。

 今日のじょん:朝の散歩後はぽんぽこぽんなどの運動の後、けーとくちんをしてハウスとなるのだが、運動後に固まってしまってけーとくちんに進まない。なにしろノーリードなので引っ張ってくるわけにいかない。じっと待ってるといつまでも動かないし、怒ると緊張してカイカイを始める。この態度だけは理解ができないP1010883P1010884


固まりじょんにカイカイじょん。えーかげんにせーよ

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発見 虫・花・鳥(続々編) 6/5

2012-06-06 | 日記・エッセイ・コラム

2012.6.5(火)曇

 先日紹介したツマグロヒョウモンのサナギが孵った。店側の庇の高いところにあったので取れなかったものだ。サナギから出て来た直後に見つけたもので、まだサナギにへばりついている、南国らしい柄の蝶だ。P1010888 P1010891
 



 木小屋の屋根には沢山のサナギがぶら下がっている、この冬は雪が多く記録的な低温であったのに関わらず旺盛な繁殖は一体何なのだ。とりあえず取れる場所のサナギは取って焼却処分する。
 先程の成虫が孵った場所に行くと、床に赤い雫が点々と落ちている。もちろん血液では無いが、サナギの中に赤色の液体が存在するということだろう。毒々しいのでデッキブラシで掃除することとなる。P1010895
P1010899 
サナギは瓶の中でもぷるぷる動いている。
血のような赤い斑点。




 つづいて鳥なんだが、報道でもツバメの飛来が減っているという。確かにツバメの姿は減っている。例年だと巣を作らせないための作業というのが何回かあるのだが、今年はその心配も無さそうだ。
 しかしまあその他の鳥類は相変わらず元気で、森がすぐそばにある我が家では四六時中、つまり深夜でも鳥の声が絶えない。夜と言えばフクロウやコノハズクということになるのだが、ピーピーと澄んだ声で鳴く鳥もいる。
 フクロウは「ホウホウ ゴロクトカエセ」と鳴き、コノハズクは「ブッポウソウ」と鳴く。これらはわかりやすい。わからないのがあのピーピーである。というより「ヒイーン、ヒイーン」と金属的な声と言った方がいいようだ。実はこの鳴き声この上林に来た夏にこのブログに書いているのだ。(2008.8.2)四年間毎年聞きながらも、何か調べることも無かった。そろそろその真相を探ってみようかと検索してみる。
 いやー驚いた。それは鵺(ぬえ)だった。「鵺の鳴く夜は怖ろしい~」なーんてキャッチフレーズの映画があったが、その鵺である。夜の鳥と書くのはイカニモという感じだが、古代の天皇や貴族が大変怖れたというのは、多分にそのとりまきによる作戦かなと思うのだが、とにかくその鵺が上林でも鳴いているのだ。
 定説ではトラツグミという鳥だそうだ。YouTubeで確認してみるとなるほどこいつだなと納得する。あの気味悪い鳴き声も、なんとなく可愛いものに聞こえてくる。終わり

【作業日誌 6/5】
フウセンカズラ種蒔き(クールビズ作戦)
朝倉山椒収穫、ちりめん山椒作製P1010885


今年は山椒なり年みたい、でも若い木なので粒が小さい。



 今日のじょん:じょんも鳥に対しては敏感だ。「こりゃなんじゃ?」「わからん、調べてみよう」P1010859 P1010860
 

コメント (2)
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発見 虫・花・鳥(続編) 6/4

2012-06-05 | 日記・エッセイ・コラム

2012.6.4(木)晴れ

  新発見ではないのだけど、改めて感心する甲虫がおるのです。それはじょんのうんPを取り忘れて2,3日後に片付けにいくと怖ろしいほどたかっておりおぞましい光景となっている。ところがよく観察すると糞が分解して乾いたおが屑のようになっている。もちろん臭いは完全に無くなっている。このまま置いていたら1,2日で完全に姿を消してしまうだろう。P1010874
 
うじゃうじゃいたのだがすぐに土にもぐってしまう。
うんPは八割方分解している。


 これは優れた自然のクリーニングだ。一体糞をどのように分解しているのだろう。  調べるとこういう類の虫は糞虫といわれ8科30属145種もいるそうで(塚本珪一氏)我が庭にいるのがどういう種なのか特定出来そうに無い。塚本氏は京都の岳人でお名前は聞いていたが、この分野の研究者とは知らなかった。「日本糞虫記」なる著書もあるそうで機会があれば読んでみたい。 そういえばファーブル昆虫記のフンコロガシも糞虫だなあ。
 糞を食べるものや土中に運び込むものもあり、いずれにしても糞を分解して浄化し、肥料になったり土壌改良になったりで大変有用な虫だそうだ。糞尿の処理に困った牧場が飼育導入したりしているそうだ。こういう甲虫がドッグラン予定地にいるということは実は喜ばしいことなんだ。
 さて次は花のことだが、ジャガイモの花を取りあげよう。今季はジャガイモの栽培に力を入れ、ニシユタカ、キタアカリ、シンシア、アンデスレッドと植えている。順調に育って花がつき始めたのだが、その花が総て違っている。種類が違うのだから当然なんだけど、着き方がまるで違うのが不思議である。

市販のキタアカリ    花無し
市販のシンシア     ピンクの花
市販のアンデスレッド 花が咲く前に切り取られたように落ちる
自前の種芋キタアカリ 白の花が咲く
自前の種芋ニシユタカ 花無し
 
というような状況で、最も変なのがアンデスレッドの花である。花が蕾の段階で総て虫に切られたようになり落ちているのだ。P1010821

手前から市販の種芋でキタアカリ、シンシア、アンデスレッド。


P1010822
アンデスレッドの花は刃物で切られたように総てが落ちている。(どちらも5.27の写真)


 本当に虫に切られているのなら、その隣で咲き誇っているシンシアの花はどうなんだろう、全然被害は無いわけだ。
 地元ではジャガイモの花について諸説あるようだ。花が着いたら切り落とす説とそのまま咲かせておく説だ。切り落とし説は、芋の生育のためだそうだがそのまま説は花は生育に関係ないということなのだろう。花が咲いていると猿に見つかって被害に遭うという説もあるそうだ。P1010897
 
市販のキタアカリは花が咲かないのに、自前の種芋では白い花が咲いている。???


 はたしてどれが正解か判断に困るところだが、実験的に花を摘む群と残す群に分けてみた。結果収量がどうなるかだが、個体数が余りに少ないので差が現れるとは思えない。つづく

今日のじょん:きょうは久々にマーブルが遊びに来た。少しダイエット出来たようだが、やはり大きい、じょんが小さく細く見えるから面白い。P1010877

マーブルは相変わらず写真写りがよろしい。


  夕方にはマーブルの家族でもあるリズムちゃんに出合った。今度はじょんの方がでかいので、やたら吠えられていた。P1010882

じょんもたじたじ。

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発見 虫、花、鳥 6/3

2012-06-04 | 日記・エッセイ・コラム

2012.6.3(日)曇、夕立あり

 田舎暮らしも当初は何かと物珍しいが、何年かたってくるとさしたる興味も無くなってくると言うようなことを吉右衛門が言っていた。わたしはなるほど自分自身もそうかなあと思って危機感を感じていた。つまり物事に関心を持たなくなると言うことはそれは老化そのものだと思うからである。
 老人は周囲にいくらでも居る、しかし歳は同じでも何事かに夢中になって取り組んでいる人と、何事にも無関心でとりあえず日々をおくっているというような人が居る。もちろん他人の目には表面的なものしか見えないから一概にどうこう言えないが、自然に直接接して生きている現在、少なくとも自然の物体、現象には最大の注意を払って、関心を持って生きたいと思うのである。
 そして現在は情報が豊かにある。新たなものを発見したら、それが何であるか、どういう性質を持っているかすぐに調べることができる。ブリタニカの百科事典を持っていなくてもパソコン一台で図書館数個分の知識が得られるわけだ。そういう意味ではインターネットは偉大である。
 そんなわけで新しい発見を求めて目を凝らしているわけだが、先日紹介したマムシ草には参った。よく注意しているとどこにでもあるものだ。つまり今までの注意力が無かったと言うことだ。P1010653
 
よくみたらそこいら中にあるマムシ草(5.8)


 それではこれはどうだ。これも以前から見ているものなのだろうけど注意力が無くて意識としては今回が新発見なのだ。
 玄関の庇や小屋の天井、積んだ材木などにぶら下がっている。なんとも変なサナギなのだが、先日サナギになりかけの毛虫がいた。なんとも不気味な毛虫で、こりゃあやばそうだなあというしろものである。
 サナギも嫌な感じなので箒で取ろうとするとこれが実にしっかりくっついていて取れない。しかもだ触ったとたんにプルプルプルと揺れるのだ。何じゃこりゃ、てんで箒で無理矢理はたき落とすと、赤い血ならぬ汁が出て壁がべっとり、とんでもない生き物だ。P1010794 P1010793 P1010795
 



さなぎなりかけ、幼虫の殻、さなぎ

どうせろくでもない生き物だろうと、あちこちのサナギを取りまくると数匹のお腹に金とも銀ともいえないキラキラとしたボタンのような点が着いているのだ。ひょっとしたらこれは玉虫のサナギじゃないだろうか、榎の下に沢山いるのも気になる。
 ここにきてやっと正体を調べる。P1010871 P1010872
 
キラキラボタンのさなぎ。


 ツマグロヒョウモンという蝶でもともと熱帯のものらしい。温暖化で生息域が北に拡がっているとのこと。成虫はなんとも熱帯的な柄の蝶で、幼虫も毒々しいが毒があるということでは無いそうだ。ところがパンジーやビオラが大好物ということで我が家のビオラが全滅したのもこいつのせいかもしれない。
 さなぎのプルプルもキラキラボタンも身を守るためのものらしい。

今日のじょん:今日は奥上林最大のイベント仁王公園まつりで早朝から府道は車がひっきりなしで、じょんの横断も大変。マラソンには2千人もの参加があったとか、、、。P1010869
 
 

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上林の鋳物師(考察編1) 6/2

2012-06-03 | 歴史・民俗

2012.6.2(土)曇

 上林の鋳物師(いもじ)について長くなりそうなので、考察編として述べることとする。
 清水村の鋳物師について、木炭、砂などの原材料については解決と考えてよいだろう。次に粘土の問題である。
 粘土はこしき炉、鞴(ふいご)の羽口、作業場地下構造などの施設に利用されるがなんといっても鋳物の型枠に使われ、その量は相当なものになる。原料の地金が出雲などの大量生産地から入っていたとしても、粘土は地元で調達していたのではないだろうか。
 古代の製鉄遺跡や近世の鋳物師に関する書物や論文を見ていても、材料の砂鉄の分析や炉や羽口の構造等には詳しい分析がなされているが、重要なファクターとなっている粘土については取りあげられている例が少ない。このことは裏を返せば、単にその遺跡や作業場の近くに粘土を入手出来て、わざわざ他所から搬入する必要が無いと言うことなのかもしれない。
 「古代日本の鉄と社会」(東工大製鉄史研究会)の中で古代製鉄遺跡である尾崎前山遺跡についてあらゆる面で科学的に分析追究されている。その中で、羽口や炉の材料について組成分析をされ、近隣の白粘土を利用しているという結果が出ている。
 ここで考えるのが白垣という地名である。しらがきと呼ぶようだが、江戸時代には白屋垣(しれがき)と呼ばれていた。かつて上林地名考で、白垣は白掛で土砂崩れでむき出しになった崖という風に書いたことがある。それらしいものが無さそうなので、後日訂正しており結局何を意味するのか解らない状態である。P1010805
 
江戸時代の清水村は白屋垣、清水、片瀬からなっていたという。
白垣は小字名にも残らず、停留所として残っている。


 白粘土を採取した崖、井関家の白塀など鋳物師に関連する地名かと考えたのだが、井関家が清水村に来住した年、
元和三年(綾部史談97号)の80数年前の天文二年(上林風土記)に白屋垣の地名や苗字があったとすると、この地名は鋳物師井関家とは無関係のものといえよう。
 しかし粘土を採取した所は近辺にあると予想している。井関家のご主人に、近隣に粘土を採取した所がないか聞いたところ、子供時分に辻と水梨の境あたりの谷で粘土を採ったという話を聞いた。
 水梨出身の方に聞いたところでは、その谷ではなく水梨の奥の方で採取したということであった。
 わたしは上林の出身では無いが、子供時分に粘土の取れるところを知っていた。それは近所の者も知らないプライベートな場所であり、白粘土も採れていた。その場所は2m程度だが取り崩されており、家のものが壁土などに使用していたのだろう。P1010806_2
 
白垣バス停前、正面の樹木の向こうが井関家たたら跡である。


 そのようにあちこちで粘土は採取出来たようだ。しかし鋳物師が使用した量は生半可な量では無いだろう。粘土採取地はなんらかの形で残っていようと思う。
つづく

【作業日誌 6/2】
草刈り(3-1)

今日のじょん:カイカイじょんが止まらない。
 ファーミネーターによる連日の抜け毛対策でずいぶんすっきりしてきたと思うんだが、カイカイが止まらない。どうもカイカイが癖になっている気がする。あるいはブラッシングのしすぎで、肌が荒れているのかも知れない。てなわけでファーミネーターの回数を減らすことにした。自然に近い方が良いだろうから。P1010867               

いつでもどこでもカイカイカイ。

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4th Anniversary 6/1

2012-06-01 | 日記・エッセイ・コラム

2012.6.1(金)曇

 じょんのび4周年記念日

 
4周年を記念してコーヒーチケット(11枚つづり)
 平常4,000円を3,700円でご奉仕します。(18日まで)
 アイスコーヒー(420円)にも使用出来ますので大変お得


 あっという間の四年間でした。おっかなびっくりで開店したじょんのびが今日まで続けてこられたのはひとえにじょんのびに行くことを楽しみにして頂けるお客さまの賜です。これからもどうぞよろしくお願いします。Img_0690


2008.6.1オープンの朝


今月の行事
 鳥垣渓谷からシデの山山行
 6月17日(日) 9:00小野田橋集合
 雨天の場合は24日(日)に延期Img_3178
 
 
第三の滝下部(2011.6)


 わたしは当日は参加出来ないので、8日(金)に下見を兼ねて行きます。
 どちらもじょんのびに案内があります。

 第31回ほたるまつり
 6月16日(土) 上林山荘周辺
 じょんのびは模擬店を出します。コーヒー、アイスコーヒーなど
 もちろん本店も営業しますのでこちらもよろしく。Img_3100

去年はガラクタも置きました。(2011.6.18)




【作業日誌 6/1】
ベランダペンキ塗りP1010865
ゴーヤ植えつけ



上から塗っているので、違いが判ると思う。一日かかってしまった。

 今日のじょん:オウンゴール。ぽんぽこぽんのボールキャッチは林選手よりうまいかなと思わせるが、たまにミスってボールを蹴ってしまう。これがまた自分で取れない苦手なところに入ってしまうのだ。オウンゴールの情けない顔。

P1010861

 

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