映画「ラスト・フル・メジャー 知られざる英雄の真実」を観た。
いつも思うことだが、先進国の外国人は話が上手だ。政治家はたいていスピーチが上手いし、一般人の街頭インタビューでもきちんと自分の考えを話す。いきなりマイクを向けられても、自分の考えをまとめながら率直に意見を言う。日本人はどうかというと、当たり障りのないことを言う人が多い気がする。もしかしたら本当は本質を突くような鋭い意見を述べている人もいるのにテレビ局がボツにしているのかもしれない。接待漬けらしい総務省に牛耳られた日本のテレビ局なら不思議ではない。
本作品では官僚は上手に話をしたりスピーチをするが、ベトナム戦争の帰還兵たちは、他のことは別にして、こと戦争の話となると上手に話せない。あの戦争は何だったのかという包括的な考えや、地獄のようだった戦場における個々の戦闘の意味は何だったのかという各論が、いずれもまとめきれないまま情緒不安定に陥る。
アメリカの将軍というと軍服に数多くの勲章を付けた人を思い浮かべるが、アメリカの兵士というと偽装網のついたヘルメットをかぶってジャングルを進んだり、ハマーで走りながら機関銃を連射したり、沖に停泊した輸送船から浜辺に向かって走っていったりするイメージで、いずれも泥や埃にまみれながら死と隣り合わせの戦場にいる感じである。本部や本国にいて命令を下す将軍と、戦場で命がけで任務を遂行する兵士。勲章をもらうのはいつも後方の本部にいる高級将校たちである。
名誉勲章と言われても、アメリカ人ではないのでピンとこないが、軍功よりも他の兵士たちや将校から推薦され、多くの人間から信頼され尊敬される行動をした軍人に贈られる勲章らしく、陸海空のそれぞれにあるそうだ。授与の決定にあたっては、本来の基準よりも政治的な力関係によって決まるところが多分にあり、誰が見ても授与されるべき人物が授与されず、大したことのない将軍が授与されることがあると、本作品は指摘している。
将校でない一兵卒でも、一緒に戦った兵士たちの尊敬を受けながらも戦死した戦友が名誉勲章を受勲することがあれば、ベトナム戦争のPTSDに悩む戦友たちの魂が少しは救われるかもしれない。主人公である軍官僚のハフマンは考えた。
アメリカ映画らしく予定調和のラストではあるが、ベトナム帰還兵たちが想い出す戦場のシーンは恐ろしくリアルで、戦争がいかに理不尽な場所に若者を追いやったかを思い知らされる。ベトナム戦争の反省をすれば、アメリカ軍は店じまいするはずだ。しかしアメリカは未だに世界各地に軍を派遣し続けている。
本土が戦争による被害を受けていないアメリカは、軍需産業が政治を動かしている。はじめてのアメリカ本土攻撃となった9.11同時多発テロ以降は、ブッシュの政治的な人気取りの活動も加わって、イラク戦争へと突き進んだ。またしても兵士が地獄のような戦場に送り込まれ、PTSDを量産したのだ。アメリカは殺人国である。刃物にされた兵士は心を病んで帰還する。こんなことをいつまで続けるのか。しかしアメリカ軍はいまだに多くの国に兵士を駐留させている。そして軍服を着た我が子を「誇りに思う」親がたくさんいる。アメリカの病巣はどこまでも深い。