映画「The Electrical Life of Louis Wain」(邦題「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」)を観た。
原題は「The Electrical Life of Louis Wain」で、ルイス・ウェインの電気を使った生活というのか、電気的人生というのか、なんとも訳し難い。主人公の名前も英語の発音は「ルイス」だが、登場人物はみんな「ルイ」とだけ発音して「ルイス」とは言っていなかった。Louisはもともとフランスの名前だから、19世紀のイギリスでは、フランス風の発音が好まれたのかもしれない。この物語は事実ですと冒頭に謳っているくらいだから、時代考証もきちんとしている筈だ。当方も「ルイス」ではなく「ルイ」と書くことにする。
主人公のルイ・ウェインは天才肌だが、利に疎く、損ばかりしている。しかし本人はそんなことにまったく無頓着で、好きなように生きている。英国貴族の血筋だが、自分の血筋はもちろん、他人の血筋も気にしない。化学と物理に精通していて、血筋などに何の意味もないことを承知しているのだ。
なんとも魅力的なこの主人公を、ベネディクト・カンバーバッチはいとも自然に演じている。毎度この人の演技力には驚かされる。ルイが登場して間もなく、その人柄にすっかり感情移入してしまった。
奥手なルイの恋。一目惚れとはこういうことだとばかりに、カンバーバッチの純情な演技が冴える。飄々とした表情にもかかわらず、喜びや悲しみの感情が滲み出るのだ。母や妹たちと過ごしながら、そこにいない妻を思うシーンでは、無言の演技が、胸の内の淋しさを饒舌に語っていた。
ネコは愚かで可愛くて、独りぼっちで、怖がりで勇敢で、私たちみたいと妻エミリーは言う。顔を見るとどうしても濱田マリを思い出してしまうクレア・フォイの演技も秀逸。ネコとの出逢いは妻との出逢いの延長にあった。優しい妻。妻を癒してくれるネコ。いずれもルイの人生を豊かにしてくれた。
頭のいいルイに対して、妹たちの愚かさは呆れるほどだが、ルイは彼女たちを見捨てずにずっと面倒を見る。ドストエフスキーの「白痴」の主人公ムイシュキン公爵のように、純朴で気高い心の持ち主だ。おまけに真面目で働き者である。利に疎かったお陰で生活は苦しかったが、精神生活は豊かだった。
晩年のルイが幸せだったかどうかは本人にしかわからないが、美しい風景に溶け込むように夫婦で過ごした時間は、宝物のようにいつまでもルイの記憶にあったに違いない。